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特許翻訳トランスプライムコラム

違いが分かる技術用語・特許用語(12)

18. weighとweight
 

 この2つの語は似ているが、意味は異なる。まず、weighは「の重さがある」(自動詞)と「の重さを量る」(他動詞)という意味を持つ動詞である。これに対して、weightは「を重くする」、「に重みをつける」という意味を持つ他動詞である。なお、weightは名詞の用例の方が多いが、ここでは述べない。
 

 まず、weighの自動詞の用例を掲げる。

用例1.The distillate weighs 684.2 g, 97.74% of the starting weight. (WO2014/149816)
公表公報の訳:蒸留物の重量は出発重量の97.74%の684.2gである。(特表2016-514128)

用例2.In brief, the V50 value represents the speed at which one half of the 17 grain FSP projectiles penetrate a test laminate that weighs one pound per square foot.(WO2013/130160)
公表公報の訳:簡単に説明すると、V50値とは、複数の17グレインFSP発射体の半数が1平方フィート当たり1ポンドの重量の試験積層体を貫通する速度を表す。(特表2015-505756)

 上記の用例で分かるように、動詞weighを日本語にする場合、「重量」という名詞に変えて訳すと自然になる。用例1では、weighをbe動詞に置きかえて訳しても日本語は不自然ではない。

 

 次に、weighの他動詞の用例を挙げる。特許や技術文献ではweighは実験の手順の記述に使用されるので、受動態で使用され、時制は通常過去形である。

用例3.The heart was weighed, frozen, and cut into 2. 5-mm-thick slices. (WO03/039528)
公表公報の訳:心臓を秤量し、凍結して2.5 mm厚の切片に切断した。(特表2005-511590)

用例4.The coupons were then reweighed. (USP 4,511,480)
訳例:腐食試験用の金属片を再秤量した

用例5.To obtain a solution of testosterone of 1 mM, 2.88 mg of "unlabelled" testosterone were weighed and dissolved in 10 ml of ethanol. (US 5,827,887)
訳例:1mMのテストステロンの溶液を得るために、2.88mgの「非標識」テストステロンを秤量し、10mlのエタノールに溶解した。

 上記の用例で分かるように、実験操作は発明者が行うが、英語では主語を隠して受動態表現がとられる。これに対して、日本語は受動態よりは主語なしの能動態表現の方が読みやすい。

 

 次はweightの用例である。

用例6.In addition to term weighting, web pages can be weighted using other strategies.
訳例:用語の重み付けに加えて、他の方法を用いてウェブページに重みを付けることができる。

 用例6は、インターネット検索の際のノイズを減らすために用語やウェブページに重み付けをしていることを述べている。

用例7.Many microwave dielectric materials can be classified as perovskites, which have the general structure ABO3, where the weighted sum of the oxidation states of metal ions A and B is equal to +6. (USP No. 6,900,150)
訳例:多くのマイクロ波誘電材料はペロブスカイトとして分類することができる。このペロブスカイト構造はABOの一般構造を持ち、金属イオンAとBの酸化状態の加重和は+6に等しい。

用例8.By varying the rules of composition, and the weighting applied to elements of interest, the crop boundaries produced may be varied.WO03/005702
公表公報の訳:構図規則及び対象となる要素にかけられる重み付け(weightingを変えることにより、生成されるトリミング枠を変更することができる。(特表2004-534334改)

 

 次に、日本語明細書の英訳例を示す。

用例1.ペン48の重量は数十グラムと極めて軽量である(特開2016-187689)
訳例:The pen 48 weighs several tens of grams, which is extremely light.

 用例1に示すように、英日翻訳と逆で、日英翻訳では「重量」を自動詞のweighに置き変え可能な場合がある。

用例2.雄性Hartley系モルモット(日本エスエルシー、静岡)を3日間以上予備飼育した後、体重300-500gの個体を試験に用いた。
訳例:Individuals of Hartley male guinea pigs (Japan SLC, Inc., Shizuoka) that were preliminarily breed for three or more days and weighed 300 to 500g were used for testing.

 用例2は日本語の体重を、他動詞のweighに置きかえて表現している。

用例3.炭酸カルシウム102グラムと硝酸ナトリウム45グラムを秤量しボールミルを用いて混合した。
訳例:Calcium carbonate (102 grams) and sodium nitrate (45 grams) were mixed in/with a ball mill.

 用例3では、102グラムや45グラムという数値自体に秤量するという動作が暗黙のうちに含まれているのでこの語を翻訳しないほうがすっきりする。

用例4.2つの評価指標に係数により重みをつけて合算することで1つの評価指標として用いることもできる。これにより、複数の評価指標であっても1次元的にルート候補を限定することができる。
訳例:Two evaluation indexes may be weighted with weighting factors and summed into a single evaluation index.  In this way, multiple evaluation indexes can one-dimensionally narrow the route candidates.

 用例4ではindexの複数形がindexesとなっている。本来、indexはラテン語起源の語で複数形はindicesであったが、英語の複数形の法則に馴染めないため、いつの間にかindexesも辞書に登録された。

用例5.また、WO2013/187150号に記載のように、微分位相画像と吸収画像を微分した微分吸収画像に重みをかけて差分する、または微分位相画像を積分した位相画像と吸収画像に重みをかけて差分することで、骨や金属などを除去した画像を生成する処理がある。
訳例:WO2013-187150 discloses another process of generating an image from which bones and metals are removed.  In the process, a differential phase image and an absorption image are weighted and a difference between the weighted images are determined.  Alternatively, a phase image formed by integration of the differential image and the absorption image are weighted and a difference between the weighted images are determined.

 

【まとめ】

1.weighは「の重さがある」という意味の自動詞と「を計る」という意味の他動詞の両方で使用される。

2.自動詞のweighは日本語では名詞の「重量」表現が自然である。

3.他動詞のweighは英語では受動態表現が、日本語では主語を隠した能動態表現が自然である。

4.weightは「重みをつける」という意味の他動詞である。

 

技術翻訳としての特許翻訳 第12回

第12回 二重ダマシン
 

米国公開特許20040029494号(対応日本特許:特開2004-79992)はchemical mechanical polishing(CMP = 化学機械研磨)に関するものであるが、その中に、dual damascene integration(デュアルダマシン集積)という半導体プロセスに特有の語が出てくる。

The use of low k dielectric films such as carbon-doped oxides or organic films in dual damascene integration has added a further challenge to the post-CMP cleaning in which only aqueous-based chemistries are used.(デュアルダマシン集積における炭素ドープ酸化物フィルムまたは有機フィルムのような低誘電率誘電体フィルムを用いると、水系化学反応のみを用いるCMPの洗浄がさらに困難になる。[注]公開公報の訳は若干精度に欠けるので、適宜修正を加えてある。)

これら2つの語には技術的に関連がある。特に、「デュアルダマシン(二重ダマシン)」は、今でこそ半導体プロセスでは一般的に使用されているが、それ以外の分野では使用されない特殊な語である。これらの技術を正しく理解しておくと、半導体プロセスの特許を翻訳する場合に、その特許の本質を素早く理解できる。そこで、今月はこれらの語の技術的意味について説明する。

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化学機械研磨(chemical mechanical polishing)は、化学機械平坦化(chemical mechanical planarization)とも呼ばれるが、研磨剤(砥粒)自体が有する表面化学作用または研磨液に含まれる化学成分の作用により、研磨剤と研磨対象物の相対運動による機械的研磨(表面除去)効果を増大させ、高速かつ平滑な研磨面を得る技術である(ウィキペディア)。例えば、特開2001-203178には、右に示す図で化学機械研磨が説明されている。この中で、銀イオンが化学研磨に寄与し、スラリーの中に含まれる微粒子が機械研磨に寄与している。

半導体の集積化(微細化)が進むにつれて、従来の方法で形成した薄膜を直接パターニングする方法は限界に来ていた。さらに、配線層を多層化するために、形成した薄膜表面を平坦化する必要が生じた。そこで開発されたのがCMP技術である。

ウィキペディアによると、「CMPが製造工程に取り入れられた当初は、LSIはアルミとシリコン酸化膜で製造されていたため、製造上の歩留まり向上に有効である先端LSIデバイス(CPUやASIC)などの一部分への応用に限られていたが、高クロック化に伴って配線間遅延が問題となり、銅ダマシンプロセスが利用されるようになってからは、不可欠なプロセスの一つとなっている。」とある。つまり、銅ダマシンプロセスの開発によって、CMPの用途が広がったことになる。

そこで、次にダマシンプロセスについて説明する。ダマシンは、絶縁膜面の配線予定部分に溝及び穴を掘って、その溝に電気メッキあるいは物理蒸着法などで金属銅を埋め込む技術である。金属銅を埋め込む際に溝や穴以外の部分にも銅が付着するが、これを先ほどのCMPによって除去する。銅はエッチングなどの旧来の技術ではうまく除去できなかったのだが、ダマシン法の開発とCMPの組み合わせで配線層の形成が可能になった。ちなみに、ダマシン法は1997年にIBMで開発された比較的新しい技術であるが、瞬く間に半導体プロセスに応用されて現在に至っている。

デュアルダマシン(dual damascene)法は加工対象の層間絶縁膜にコンタクトホールとトレンチパターンを含むデュアルダマシンパターンを形成し、このパターンに一度に銅などの配線を埋め込む方法である。通常は、1回目のリソグラフィ工程とドライエッチング工程で、加工対象膜にコンタクトホールを形成し、2回目のリソグラフィ工程で加工対象膜にトレンチパターンを形成する。工程短縮とコスト削減のために、2回のリソグラフィ工程でレジストパターンに段差構造を形成し、1回のドライエッチングでデュアルダマシンパターンを形成する方法もある。

デュアルダマシン法をより詳しく理解するために、その一例を特表2001-516146 (WO99/09593の対応特許)から紹介する。

パターン化された導電性領域46の表面44の上方に誘電体層42を従来法で形成する。(FIG. 2A)

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バイア48/ワイヤ50輪郭内の表面を含む露出表面上にバリヤ層54を堆積する。(FIG. 2B)

バイア48が銅プラグ60によって完全に充填されるまでバリヤ層54上に銅層55をCVDで形成する。(FIG. 2C)

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CVD銅層の上方に銅層62を物理的気相堆積し、ワイヤ輪郭50を充填する。(FIG. 2D)

CMPで銅62、バリヤ材料54および誘電体42が構造体の頂部から除去し、頂部を平坦化する。(FIG. 2E)

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気になるのは「ダマシン」という用語である。
半導体用語辞典https://ten-navi.com/semiconductor/dictionary/ta/103.htmlには、ダマシン法の説明の中で、「絶縁層に微細な金属配線層を埋め込む象嵌(damascene)的手法からこの名前がつきました」とある。もう少し詳しく説明すると、昔ダマスカスでは金属・象牙・木材などに模様や文字を刻み込み、そこに金や銀などの他の材料をはめ込む、象嵌(ぞうがん)と称される技術が行われていた。この技術はシルクロード経由で飛鳥時代に日本に伝わり、日本の工芸技術に活かされて現在に至っている。上記の半導体プロセスで、ビアホールやトレンチ(溝)を刻み、銅で埋める手法はこの象嵌とそっくりなのでdamascene法と名付けられた。インターネットでdamasceneあるいは象嵌で画像検索するとそれぞれ西洋と日本の工芸技術に触れることができる。特殊な世界の技術だと思っていたら、実は身近にあるものにも使われていた技術なのである。

FIG. 2Cの説明で銅プラグ60(copper plug 60)とある。名詞のplugはここでは穴の詰め物を意味する。FIG. 2Bではこの箇所はバイア48(via 48)となっている。これはビアホール(via hole)と同義だが、ここを埋めるとプラグという名称に変わる。日本の特許明細書ではバイアとプラグの区別が付いていないものが多いので注意が必要である[参考文献2]。具体的には、既に金属が埋め込まれた状態を「ビアホール」あるいは「バイア」と呼んでいるので、これを「プラグ」と読み替えて翻訳しなければならない。

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半導体の特許にはビアホール以外にスルーホール(through-hole)という用語も存在する。スルーホールは最上層から最下層まで完全に貫通する穴のことで、それ以外の穴はビアホールという。ビアホールには片方が表面にでているblind viaと層内に埋め込まれたburied viaの2種類がある。

 

<参考文献>

1.Muhammad Khan, Min Sung Kim, "Damascene Process and Chemical Mechanical Planarization"
   https://www.ece.umd.edu/class/enee416/GroupActivities/Damascene%20Presentation.pdf

2.鈴木壯兵衛「日米欧三極共通出願時代の特許クレームドラフティング」森北出版株式会社

技術翻訳としての特許翻訳 第11回

第11回 米国特許訴訟の実例から技術の本質を学ぶ
 

訴訟社会における米国では、毎年1000件を超える特許侵害訴訟が連邦地方裁判所に提起され、このうち約100件が事実審理にかけられるといわれている。残りの案件は、様々な理由から却下されるか、和解に持ち込まれる。地裁の判決の相当数が連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit = CAFC)に控訴される。CAFCは日本の知財高裁のような役割を果たす専門裁判所である。毎年、連邦巡回控訴裁判所は、地方裁判所からの100 件を超える控訴に決定を下す。CAFCで下された判決のうち、50%以上が最終的に特許権を有効とする、すなわち侵害を認定しているといわれている。この数値をどう読むかは意見の分かれるところだが、半数未満とはいえ相当数の権利が非侵害と認定されていることに注目すべきである。判決に持ち込まれた事例は、いずれもどちらに転んでも仕方のないようなきわどいケースが非常に多い。さらに、判決文を読んでも、なぜそのような判決に至ったのかが必ずしも明確でないものもある。

今回は、過去に話題となった事件の経緯を通じて、技術の本質を追究することにする。不明確な文章から技術の本質を探り出す技術は翻訳者にとって不可欠だからである。


《事件の経緯》

Chef Americaはパン生地製品の製法に関する米国特許4,761,290号 ('290 patent")を所有していた。Chef America(原告) はLamb-Weston, Inc.(被告)を特許侵害で訴えた。
争点となったクレームは下記の通りである。

1. A process for producing a dough product which is convertible upon finish cooking by baking or exposure to microwaves in the presence of a microwave susceptor into a cooked dough product having a light, flaky, crispy texture, which comprises the steps of:
     providing a dough;
     applying a layer of shortening flakes to at least one side of said dough;
     coating a light batter to a thickness in the range of about 0.001 inch to 0.125 inch over said at least one side of said dough to which said shortening flakes have been applied;
      heating the resulting batter-coated dough to a temperature in the range of about 400°F to 850°F for a period of time ranging from about 10 seconds to 5 minutes to first set said batter and then subsequently melt said shortening flakes, whereby air cells are formed in said batter and the surface of said dough; and
      cooling the resulting dough product.

このクレームの下線で示した部分、特に前置詞の"to" の部分が問題となった。そこで、この部分の日本語訳を示す。

その結果得られた衣塗布生地を約200から約450の範囲の温度10秒から約5分の範囲の時間加熱し、まず前記衣を固定し、次いで前記ショートニング顆粒を溶かす工程
(注:温度は、読者の便宜を図って摂氏に換算してある)

Lamb-Westonは、"heating" という限定が、オーブンの設定温度ではなくて、パン生地(the dough)の温度にかかっているので、自社製品はこの特許を侵害していないと主張した。Lamb-Westonの言い分によれば、パン生地をこの温度に加熱すると生地は黒焦げになるという。地裁は被告の言い分を認め非侵害の判決を下した。

原告のChef Americaは連邦巡回裁判所に控訴した。控訴審で原告(控訴人)は、上記クレームは"heating the resulting batter-coated dough at a temperature in the range of about 400°F to 850°F " と解釈されるべきであると主張した。すなわち、加熱要件は、熱が発生する場所(oven)に対して適用されるべきであって、加熱される物(dough)自体に適用されるべきではないというものである。

つまり、Chef America は、“to”が“at”を意味すると解釈されるべき点を争点とした。なぜなら、このように解釈しなければ、特許発明に係るプロセスは特許権者が意図する機能を果たさないからである。パン生地がクレームされた温度まで加熱されたと仮定したら、パン生地は燃えてしまうことになる。
 

これに対して連邦巡回裁判所は次のような判断を下した。実施可能となるようにするためであっても、有効性を維持するためであっても、裁判所はクレームを改訂してはならない。クレームが一つの構成のみに影響を受け易い場合、裁判所は、特許権者が規定したクレームに基づいてクレームを解釈しなければならない。本件の場合、クレームは、明らかにパン生地が規定温度まで加熱されることを必要としている。加熱対象が、パン生地ではなくて、熱が発生するオーブン内の空気であることを示唆する記載は皆無である。事実、クレームは、オーブンを文言していない。本件においてクレームの意味するところは明白である。特許権者は、クレーム補正において"at"ではなくて"to" を選択したが、この"to" が "at"を意味することをサポートするものは何もない。それゆえ、Lamb-Westonが本件特許を侵害していないとの地裁の判決を支持する。

つまり、この判決文には2つのことが含まれている。まず、権利侵害の裁判の席でクレームの文言を補正することはできないということと、"to"がオーブン温度を支持する記載がないのでパン生地の温度であると認定していることにある。

なお、明細書には次のような記述が見られる。

The baking step, which is the next step in the process, takes place in a suitable oven, preferably a convection oven in which heated air is circulated. Baking results first in setting the batter and then melting the shortening flakes. This sequence of steps can be accomplished by quickly heating to a temperature in the range of about 400 degrees F. to 850 degrees F. for a period of time ranging from about 10 seconds to 5 minutes depending upon the type of dough product being processed and the temperature at which the dough is introduced into the oven. Typically, the dough, when introduced into the oven, may be at a temperature within the range of about 65.degree. F. to 90.degree. F. depending on whether yeast raised dough, chemically leavened dough or unleavened dough is employed.

裁判所が問題にしたのはこのパラグラフにおける "at"と"to" の使い分けにある。オーブンに生地を導入するところでは"at"を使用しており、これはオーブンの温度という解釈で、"to" のところは生地の加熱温度と解釈した。「同じ用語には同じ意味」、「異なる用語には異なる意味」を徹底した解釈と言える。

なお、本判決に関しては、日本語のウェブページにも論評がある1)

ところで、このクレームにおいて、"to" が最初から "at"であったとしてもオーブン温度であると言い切れるかどうか疑義が残る、というのは、 "at"はdoughにかかっていてオーブンの温度を直接表現していないからである。判決も述べているように、クレームにはovenという語は一度も出ていないことが大問題でなのである。こういう場合は、at an oven temperatureと書くのが技術的に正しい書き方である。at an oven temperatureとすればまったく問題なかったし、to an oven temperatureであっても恐らく問題にならなかったと思われる。

しかし、技術的には、特許されたクレームのheating the resulting batter-coated dough to a temperature in the range of about 400°F to 850°F for a period of time ranging from about 10 seconds to 5 minutesは非論理的な表現である。生地かオーブンかのいずれであっても「約200℃から約450℃の範囲の温度10秒から5分間加熱する」は解釈に苦しむ表現である。次のように、技術的に正確な表現にすれば、この問題を解決することができる。

heating the resulting batter-coated dough in an oven maintained at a temperature in the range of about 400°F to 850°F for a period of time ranging from about 10 seconds to 5 minutes

この訳で、heatingはmaintainingあるいはkeepingでもよい。

私たちが、日常トースターやオーブンでパンを焼くときに、マニュアルに書かれている設定温度がどこの温度かを意識することはないのではなかろうか?そのような状態で、このようなクレームが起草され、発明者や代理人、さらには審査官も何ら疑問を持つことなく権利化されてしまったのが実情である。特許が成立して、権利者は意気揚々として、提訴したところ、有能な被告弁護士により、思いも掛けない強烈なカウンターパンチを食らって、無残にも敗訴となった。この事件は、権利行使に耐えるクレーム表現は何かを、技術の本質と絡めて思考する力が英文クレームの作成に不可欠であることを物語っている。翻訳者は、書かれている言葉を盲目的に信じるのではなく、そこに隠された技術の本質を知ることが重要である。
 

=参考文献=

  1. 「特許英語の難しさ・怖さ-“たかが前置詞、されど前置詞”」(木村進一)
      https://skimura21.exblog.jp/8316586

違いが分かる技術用語・特許用語(11)

17. doseとdosage
 

 これらの語は医薬分野では投薬に関する用語として頻繁に使用されている。

 一口に言うと、doseは医薬の一回の投与量を意味し、dosageは投与の量、頻度、あるいは継続期間を決定することを意味する。これら2つの語の違いは分かりにくいが、https://www.enago.jp/academy/dosage-dose/では、違いを次のような用例で区別してる。

The patient has two more doses remaining in the prescribed dosage.(患者は処方された服用量内であと2回分残っている。)

 これら2つの用語に対応する日本語は錯綜している。例えば、英辞郎では、dose薬の一服一回分となっている。さらに、熟語を見ると、dosage adjustmentを「用量(投与量)の調節」、dose dependenceを「用量依存性」というぐあいに「用量」という語が広く使用されている。これに対してdosage薬などの用量投薬量調剤となっている。熟語にはdosage dependence用量依存性)、optimal dosage最適用量)など、やはり「用量」となっているものが多くある。これらの事実から、特に日本語の「用量」は文脈に応じてdoseとdosageのどちらを選択すべきかを判断する必要がある。

 以下に、英日翻訳におけるdosedosageの訳し分けがどのようになっているかを検討する。

【用例1】In the case in which the ultrarapid acting insulin is provided in form that does not allow an exact match to the current dosage one can round down or round to the nearest (that is up or down) dose of the ultrarapid acting insulin to use as the initial dose. (WO2010/021879)

公表公報の訳:超速効型インスリンが現行の用量と完全な一致ができない形で供給される場合には、初回用量として用いる超速効型インスリンの用量に最も近くなるように切捨てまたは四捨五入(つまり増減)する。(特表2012-500201)

 用例1では、dosedosageも「用量」と訳されているが、current dosageを「現行の投与量」として区別した方がよい。


【用例2】The dosage forms provide a substantially immediate dose of methylphenidate upon ingestion, followed by one or more additional doses at predetermined times. By providing such a drug release profile, the dosage forms eliminate the need for a patient to carry and additional dose for ingestion during the day. The dosage forms and methods provided are useful in administering methylphenidate and pharmaceutically acceptable salts thereof, which generally require one or more doses throughout the day. (WO1999/003471)

公表公報の訳:それらの投薬剤形は摂取時に実質的に即時の服用量のメチルフェニデートを提供し、続いて、前もって決定された時間に1回以上の追加服用量を提供する。そのような薬物放出特性を提供することにより、それらの投薬剤形は患者が1日の間に摂取のための追加服用量を携帯する必要を省く。提供される投薬剤形及び方法は通例1日を通して1回以上の服用量を必要とするメチルフェニデート及びその製薬学的に許容しうる塩類の投与に有用である。(特表2002-510318改)
 

【用例3】The dosage regimen in carrying out the method of this invention is that which insures maximum therapeutic response until improvement is obtained and thereafter the minimum effective level which gives relief. (WO2003/039528)

公表公報の訳:本発明の方法を実施するための投与計画は、改善が得られるまでは最大限の治療応答を保証するものであり、ついで緩解を与える最低限の有効レベルである。(特表2005-511590改)]


【用例4】The containers employed can depend on the exact dosage form involved, for example a conventional cardboard box would not generally be used to hold a liquid suspension. (WO2003/011282)

公表公報の訳:使用される容器はそれと関連する正確な投与形態により決めることができる。例えば、在来型の段ボール箱は一般に液体懸濁物を入れるのには使用されない。(特表2005-504032改)]

 放射線の分野ではdosedosageは「線量」と呼ばれており、前者は「一回の線量」、後者は放射線の「被曝量」あるいは「吸収量」の意味で使用される。


【用例5】A dosage of radiation sufficient to ensure sterilization without damaging the object is determined by determining the bioburden upon one or more samples of the objects, determining an estimate of the dose that results in a probability of 0.01 of a surviving microorganism by testing a quantity of samples of the objects at varying dosage levels of radiation, confirming the estimate by testing a quantity of samples of the objects at the dose that was estimated; and calculating a dosage for the sterility assurance level of 10-6 by adding a factor to the dose that was confirmed to result in a probability of 0.01 of a surviving microorganism and wherein the factor is proportional to the dose that yields a probability of 0.01 of a surviving microorganism and inversely proportional to a log of the bioburden. (WO2008/154209)

公表公報の訳:対象物に損傷を与えずに殺菌を確実にするのに十分な放射線線量は、対象物の1つ以上の試料に関するバイオバーデンを決定する工程と、異なる放射線量水準で前記対象物のある量の試料を試験することで残存微生物の確率が0.01になる線量の推定値を決定する工程と、推定された前記線量で対象物のある量の試料を試験することで推定値を確認する工程と、残存微生物の確率が0.01になることが確認された線量に係数を加えることにより、10-6の無菌性保証レベルに対する放射線量を計算する工程により決定され、前記係数は、残存微生物の確率が0.01になる線量に比例し、かつバイオバーデンのlogに反比例する。(特表2010-528771改)

 用例5では、doseは「線量」、dosageは「放射線量」と訳し分けられているが、doseは「一回あたりの線量」、dosageは「総線量」の意味で使用されている。なおbioburdenは試料に混入している汚染微生物の数を意味する技術用語である。
 

 次に、日本語明細書の英訳例を示す。

【課題1】好ましい用量プロトコルは、重大な望まれない副作用を避ける最大用量または投薬頻度を含むものである。
訳例:A preferred dosage protocol involves a maximum dosage or administration frequency to avoid serious adverse side effects.

【課題2】全体の週用量は少なくとも約0.05μg/kg体重である。
訳例:The total dosage per body weight is at least about 0.05 μg/kg.

課題1と2は、投薬の頻度あるいは割合を述べているのでdoseではなくdosageが正しい。

【課題3】医薬組成物は、その投与経路に応じて適宜剤形することができる
訳例:The pharmaceutical composition may be provided in any dosage form depending on the administration route.

 

=まとめ=

  1. doseは1回の投与量を表す語である。
  2. dosageは投薬の頻度を表す語である。
  3. 日英翻訳ではdosageの方が使用頻度が高い。

技術翻訳としての特許翻訳 第10回

第10回 技術を意識した翻訳

 私の仕事は主に他の人の行った特許翻訳をチェックすることである。チェックをしていて非常に気になることは、原語の技術的意味を理解せずにただ字面で目的語に訳す翻訳が多いということである。以下に、「レーザーアブレーション」に関する特許の原文(日本語)と対応する英文を示し、問題点とその改善策について説明する。

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【例1】:容器11は上面が開口された、断面が略矩形の容器である。容器11の開口部には平板状の蓋体12が

装着される。容器11の上端面と蓋体12の周縁部との間には、リング状パッキン(図示省略)が介装されており、
両者を密着できる構造になっている。

《目にした訳例》:The vessel 11 has an opening portion at an upper surface thereof, and has an approximately rectangular-shape in section. The opening portion of the vessel 11 is equipped with the plate-shaped cover
body (lid) 12. A ring-shaped packing (illustration abbreviation) is interposed between the upper end surface
of the vessel 11 and the peripheral portion of the cover body 12, thereby to form a structure in which both the
cover body 12 and the vessel 11 are closely contact to each other. (82 words)

 

 この訳例は非常にまずいが、その原因は日本語の不正確さにある。まず第1文で、「上面が開口された」とあるが、図から明らかなように、容器には上面自体が存在しない。「上部(または頂部)が開口された」とすべきである。容器は、底部、側部、および上部(頂部)で構成されるが、この例のように「上部」の存在しないものもある。存在しない上部に、上面はあり得ないので、訳例の表現"an opening portion at an upper surface thereof"は意味不明である。 従って、読者はこの図でupper surfaceの位置を特定することができない。間違った日本語がそのまま訳されているので、結果的に意味が通じないことになる。第2文は意味が通じるがthe plate-shaped cover body (lid) 12が冗長の極みである。単に"a flat lid 12"でよい。第3文も非常に冗長である。日本語のすべての単語を逐一訳していることが原因である。全体として、単語を拾って並べただけの翻訳で、読者に何を訴えたいかがこの英文から伝わってこない。 

 筆者はこの事例を目にしたときに、容器の上面図が見たくなったが、残念ながらこの特許には上面図が掲載されていない。「リング状パッキン」と言う表現は、この容器は箱形ではなく円筒形であることを示唆しているので、それを確かめたかったからである。以上を踏まえて、修正訳例を下に示す。

《日本語の書き換え》:(円筒形の)容器11は実質的に矩形の断面を持っており、その上部は開口されている。容器11は平板状の蓋12で覆われている。容器11の上端面と蓋12の周縁部との間には、リング状パッキン(図示省略)が配置されており、両者を密着している。

《修正訳例》:The (cylindrical) vessel 11 has a substantially rectangular cross-section and its top is open.  The vessel 11 is covered with a flat lid 12.  An annular sealant (not shown in the drawing) is disposed between the top end of the vessel 11 and periphery of the lid 12.  The vessel 11 can thereby be in tight contact with the lid 12. (60/61 words)

 

【例2】:容器11内には液体31が貯留され、液体31中にはターゲット32が浸漬されている。容器11及び蓋体12の材質等は特に制限されず、ポリプロピレン等の合成樹脂製で構成できるし、ガラス製でも良い。

《目にした訳例》:The liquid 31 is stored in the vessel 11 and the target is immersed into the liquid 31. A material for constituting the vessel 11 and the cover body 12 is not particularly limited. However, a synthetic resin such as polypropylene or the like can be used. Further, glass may also be sufficiently used as the material.
(57 words)

 この例では、第1文の主語と動詞の選定が間違っている。古い情報を主語にするという原則からはvessel 11を主語にすべきである。日本語の「貯留」は「貯めること」を意味するが、この技術では水を「貯める」のではなく「水が入っている」のである。日本語の2文目が英語では3文に分けられているが、必然性がない。最後の文の "sufficiently used" は何が言いたいのか全く伝わってこない。successfullyにすれば意味は通じるが、この文自体独立させる意義がない。

《日本語の書き換え》:容器11の底にはターゲット32が置かれ、液体31が入っている。容器11及び蓋体12は任意の材料、例えば、ポリプロピレンのような合成樹脂あるいはガラスでできている。

《修正訳例》:The vessel 11 contains a target 32 on the bottom and is filled with liquid 31.  The vessel 11 and the lid 12 may be made of any material, for example, a synthetic resin, such as polypropylene, or glass. (39 words)

 

【例3】:集光レンズ31によって集束されたレーザー光Lは、ほぼその焦点位置で液体31中のターゲット32の表面に照射されるように構成している。

《目にした訳例》:The laser light L which is focused by the focusing lens 23 is configured so as to be irradiated to a surface of the target 32 arranged in the liquid 31 at almost a focal point position of the laser light L. (42 words)

 ここも、日本語のくどさがそのまま英語に置き換えられているが、irradiatedの主語がlightになっているという致命的な間違いを犯している。The target is irradiated with the laser lightは正しいが、The laser light is irradiated to the targetは誤用である。この翻訳者は基本的なことが理解できていない。

《日本語の書き換え》:レーザー光Lは集光レンズ31によって液体31中のターゲット32の表面に実質的に集光させる。

《修正訳例》:The laser light L is substantially focused by a collective lens 23 onto a surface of the target 32 in the liquid 31. (23 words)

 

【例4】:なお、図1に示す液相レーザーアブレーション装置では、ターゲット32を容器11の底面に水平に配置しているが、照射されたレーザー光Lがターゲット32の平面に対して略垂直に照射されるように、ターゲット32を傾斜させて配置しても良い。

《目にした訳例》:In this connection, in the liquid phase laser ablation apparatus shown in FIG. 1, although the target 32 is horizontally positioned on a bottom surface of the vessel 11, the target 32 may also be obliquely arranged so that the irradiated laser light L is perpendicularly irradiated to a plane surface of the target 32 from an almost vertical direction with respect to the plane surface of the target 32. (70 words)

 文頭の「なお」がin this connectionと訳されているが、特に意味を持つ語でないので訳す必要はない。Although構文を使用しているが、独立した文にする方が読みやすい。日本語は「水平に配置」、「傾斜させて配置」となっており、英文でもpositionやarrangeが使用されているが、これらの語を使用しない表現の工夫が求められる。

《日本語の書き換え》:図1に示す液相レーザーアブレーション装置では、ターゲット32を容器11の底面に水平に配置しているが、レーザー光Lがターゲット32の面に対して実質的に垂直にあたるように、ターゲット32を傾斜させてもよい。

《修正訳例》:In the liquid-phase laser ablation device shown in FIG. 1, the target 32 lies on a bottom face of the vessel 11.  Alternatively, the target 32 may be tilted such that the laser light L substantially perpendiculaly impinges on the surface of the target 32. (45 words)
 

 以上のように、技術内容を正しく理解すると正確・簡潔・明瞭な英文に仕上げることができる。

 ここで、光の進行に関する基本的表現をまとめておく。

The light is incident on a medium.(光は媒体に入射する)
The light impinges on a mirror. (光は鏡に当たる)
The light travels/propagates/passes through the midium(光は媒体中を進む)
The light exits the slab. (光は薄板から出る/出射する)
Glass transmits light. (ガラスは光を通す)

光に関する技術翻訳では、これらの基本的表現が欠かせない。

技術翻訳としての特許翻訳 第9回

第9回 確立されていない技術用語の翻訳

特許は最新の技術を権利化するための書面であるから、技術用語も未だ辞書に登録されていないものがよく使用される。最新の技術ではなくとも、特殊な技術用語の訳語を決める作業は骨の折れることが多い。

ケース1-scalemic

英文例:Optionally, the biodegradable biocompatible polyal conjugates of the present invention can be scalemic.

目にした訳例:任意で本発明の生分解性生体適合性ポリアール複合体はスケールミック(scalemic)であってもよい。

 この例題に出てくる、scalemicは新しい語で、「英辞郎」、「LIFE SCIENCE DICTIONARY」、「Wikipedia」のいずれにも未だ登録されていない。このような場合に、翻訳者がなすべきことは、まずscalemicの持つ技術的意味を理解することである。読者もよく承知していることだが、このような場合にGoogle検索が有効である。

 直接"scalemic"で検索すると、Wiktionaryにこの語がnonracemicの意味を持つとの記載を見いだすことができる。Racemicは光学異性体(鏡像異性体)の1:1混合物を意味するので、nonracemicはそれ以外の比率の混合物であることが推測される。

 さらに、https://www.ochempal.org/index.php/alphabetical/s-t/scalemic-mixture/ (Utah Valley UniversityのGamini Gunawardena教授の編集した有機化学に関する用語集)には、次のような詳細な説明が見られる。

Scalemic mixture is a mixture of enantiomers at a ratio other than 1:1. (スケールミック混合物は1:1以外の比の鏡像異性体を含む混合物である。)

eg:  Lactic acid exists as a pair of enantiomers, (R)-lactic acid and (S)-lactic acid.(乳酸は、一対の鏡像異性体、すなわち(R)-乳酸と(S)-乳酸として存在する。)

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A mixture of (R)-lactic acid and (S)-lactic acid at, say, 2:3 ratio is a scalemic mixture of lactic acid.(たとえば(R)-乳酸と(S)-乳酸の2:3混合物は乳酸のスケールミック混合物である。)

 ちなみに、構造式から明らかなように、乳酸は中心炭素に4つの異なる基が結合しているが、この組み合わせは、光学異性体を発生させる最小単位である。言い換えれば、他の光学異性体はすべてこれより複雑な構造を持っている。

 念のため、「スケールミック」で検索すると、次のような公表公報の記述を見つけることができる。

かくして、本発明は、等しく、全ての光学異性体及びそれらのラセミ混合物又はスケールミック混合物(用語「スケールミック(scalemic)」は、異なった比率のエナンチオマーの混合物を意味する)、並びに、可能な全ての立体異性体の全ての比率における混合物に関する。(特表2015-517480)

 この基礎となった国際特許出願明細書の記載は次の通りである。

The invention thus relates equally to all the optical isomers and to their racemic or scalemic mixtures (the term "scalemic" denotes a mixture of enantiomers in different proportions) and to the mixtures of all the possible stereoisomers, in all proportions. (WO2013/167551)

 これで、scalemicの意味は理解できるので、そのことを翻訳文にどのように織り込むかがキイポイントとなる。その前に、英文例中の"polyal"も見慣れない語である。これを英辞郎で直接検索すると"polyol"と"polyal"の識別ができていない結果が多く表示されるので注意が必要である。語尾のalはアルデヒドを指している。典型的な例がetanal(エタナール)でこれはacetoaldehyde(アセトアルデヒド)のIUPAC名称である。従って、この部分の読解には化合物命名法の基礎を知っておく必要がある。次の英文はその理解を助ける。

Polyaldehyde (polyal) dendrimers were synthesized by a divergent iterative method using 1,3,5-triethynylbenzene (1) as the core unit and 2-bromo-5-tert-butyl-1,3-benzenedicarbaldehyde (2) as the building block. (ポリアルデヒド(ポリアール)は1,3,5-トリエチニルベンゼン(1)を中心単位とし、2-ブロモ-5-tert-ブチル-1,3-ベンゼンジカルバルデヒド(2)を樹枝構成分として用いる分岐反復法によって合成された。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ejoc.200500055/abstract

 以上をふまえて、修正訳例を次に示す。

修正訳例:必要なら本発明の生分解性生体適合性ポリアール(アルデヒド重合体)複合体はスケールミック混合物(scalemic=異なる比率のエナンチオマーの混合物)であってもよい。

 このように、未だ定着していない用語や比較的新しい用語は必ず意味を添えた翻訳にすることで、すべての読者の理解を助けるし、翻訳者自身も新しい技術を確実に自分のものにすることができる。

 

ケース2-「エバネッセント光」と「しみ出し深さ」

和文例:凹部41aの底部と透光性電極22の表面との距離Dはエバネッセント光Leのしみ出し深さd以下である。(左下図参照)

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この和文を翻訳する前に、「エバネッセント光」を理解し、次に「しみ出し深さ」を理解する必要がある。「しみ出し深さ」に対応する英語を辞書から探し出すのは容易ではないからである。

 「エバネッセント光」をGoogle検索すると、たとえば公益社団法人精密工学会のページに、「エバネッセント光( evanescent light)は,全反射条件(total internal reflection condition)下において,低屈折率媒質側にしみ出る特殊な光である.一般的な光のように自由空間を伝搬することはなく,全反射界面から波長程度の領域に局在する特性を有する.(右上図参照)」とある。これで、「エバネッセント光」の発生原理と意味は理解できる。問題は「しみ出る」という語の英語を見つけ出すことである。こういう特殊な語は普通の辞書には載っていないので、"evanescent"に関する英文ページから適切な語を見いだす工夫が必要となる。Wikipediaの「エバネッセント場」の項には、「屈折率の高い媒質から低い媒質に電磁波が入射する場合、入射角をある臨界角以上にすると電磁波は全反射するが、その際には波数の(境界面に対する)垂直成分が虚数になっている為に1波長程度まで低媒質側の内部に電磁波が浸透することになる。」との記載がある。この「浸透する」は「しみ出る」と同義のようなので、後は「浸透する」に対応する英語で検証すればよい。Google検索の結果は次の通りである。

evanescent penetration    228,000件

evanescent permeation     828,000件

evanescent infiltration     702,000件(ただしノイズが多い)

evanescent interfusion     314,000件

 これらの結果から、penetration, permeation, interfusionなどが使用されていることが分かる。結論に至る前に、ヒットしたページの記述をきちんと読んで検証しなければならないことは言うまでもない。たとえば、下記ウェブページにはpenetration depth(浸透深さ)について丁寧な説明が見られる。

https://www.olympus-lifescience.com/en/microscope-resource/primer/java/tirf/penetration/

 以上をふまえた訳例は次の通りである。

訳例:The distance D between the bottom of the dent 41a and the surface of transparent electrode 22 is not more than the penetration depth d of the evanescent light Le.

技術翻訳としての特許翻訳 第8回

第8回 技術の理解と法律的観点(2)-数の表現

今回は、英文明細書でよく使用されるa plurality ofとa number ofの関係について考察する。

 

【ケース1】日本語クレーム中の「多くのセル」

 私がかつて翻訳会社の品質管理を担当していたとき、ある翻訳者から「native checkerの修正が間違っている」という苦情の電話があった。「日本語クレームの中の『多くのセル』をa number of cellsと訳したところ、そのcheckerはa plurality of cellsと修正したのでけしからん」、というのがその翻訳者の苦情の内容だった。私の回答は、「native checkerの修正は間違っていない」というものだった。その理由、皆さん理解できますか?

【ケース2】PCT翻訳文中のクレームに見られる「多数の量子井戸熱電パネル」

 ある英語によるPCT出願の翻訳文に次のような記述を発見した。

 「マイクロ発電機は、マイクロ燃焼器及び、多数の量子井戸熱電パネルで構成される熱電モジュールを有する。その量子井戸熱電パネルは、間隔を空けて設けられているヒートスプレッダの間で接続し、そのうちの1つはマイクロ燃焼器と熱的にやり取りできるように設けられている。」 

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もとの英文は次の通りである。

The micro-generator includes a micro-combustor (20) and a thermoelectric module (22) consisting of a number of quantum well thermoelectric panels (44) connected between spaced heat spreaders (40), one of which is mounted in thermocommunication with the micro-combustor.

 

 

この特許の他の箇所の関連する記述を訳文および原文のペアで以下に示す。 

 前記第1端部と前記第2端部との間で接続する多数の熱電パネルを有し(請求項1)«a number of thermoelectric panels connected between said first and second ends

 前記バッテリー充電器が、多数のリチウムポリマーバッテリーと接続し(請求項2)«said battery charger is a lithium polymer battery charger connected to a number of lithium polymer batteries arranged is series

 前記第1ヒートスプレッダと前記第2ヒートスプレッダとの間で接続する多数の量子井戸熱電パネル(請求項5、明細書段落0005)«a number of quantum well thermoelectric panels connected between said first and second panels

 

これらの訳文の中で「多数の」が極めて問題の多い翻訳であることが、皆さん理解できますか?

これらの質問に答える前に、以下に、数に関する特有の英語表現をまとめておく。

a pair of:一対の、一組の(同じものが2つで組)(動詞はpairに呼応)

a couple of:一対の、一組の(2つの異なるもので組)(動詞はcoupleに対応)

a set of, a suit of:一組の、一連の、~一式(動詞はset, suitに呼応)

a group of, a family of:一団の、一群の(動詞はgroup, familyに呼応)

a series of:一連の、一続きの(動詞はseriesに呼応)

a plurality of:複数の(動詞はpluralityに呼応)

a multitude of:多数の、いくつかの

a number of:いくつかの、多数の(単数形が正式だが、現在ではしばしば複数扱い)

a batch of:一束の、一群の、一団の、一組の(動詞はbatchに呼応)

an array of:一連の(動詞はarrayに呼応)

a matrix of:マトリクス状の(動詞はmatrixに呼応)

 上記以外にもこの種の表現は多くあるが、いずれも複数のものを1つの単位に集約した表現と考えればよい。したがって、これらは文法的には単数形とされているが、最近はa number of、a plurality of、a multitude ofなどを複数形とみなす書き方も多くなってきている。しかし、特別な場合を除き、これらを単数として処理する方が合理的である。というのは、two pairs of glassesやthree groups of chemicals等の言い方があり、これらの複数の表現と区別する必要が出てくるからである。

 事実、次のような例がある。

The device (10) also includes a distal plurality (20) of fibers having an average distal fiber length, associated with and extending away from the distal end (18) of the member (12), as well as a proximal plurality (24) of fibers having an average proximal fiber length, associated with and extending away from the proximal end (16) of the member (12).(中略)The distal and proximal pluralities (20, 24) of fibers each preferably include 8 to 10 individual fibers composed of polyester, nylon or silk of about 40 denier. The vasoocclusive device (10) is particularly advantageous in that it can be used in vessels which are significantly narrower than those in which prior devices could be used, yet its asymmetric arrangement of the distal and proximal pluralities (20, 24) of fibers allows it to enjoy significantly improved lodging in such narrow vessels. (WO1999/051151)

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[装置10は平均遠位繊維長を有し、部材12の遠位端18に繋がり、かつそこから遠ざかる方向に延在する複数の遠位ファイバ20および平均近位繊維長を有し、部材12の近位端16に 繋がり、かつそこから遠ざかる方向に延在する複数の近位ファイバ24をも含んでいる。(中略)遠位ファイバ20及び近位ファイバ24それぞれ約40デニールのポリエステル、ナイロン、あるいは絹製の8本から10本の個々の繊維を含むことが好ましい。この血管閉塞装置10は従来装置が使用されているかも知れない血管よりはずっと狭い血管中で使用でき、遠位ファイバ20と近位ファイバ24の非対称配置によりこのように狭い血管内に留まる状態が非常に改善されるという特筆すべき利点を備えている。]

 2つの繊維束20と24をそれぞれa distal plurality (20) of fibersa proximal plurality (24) of fibersと呼んでいる。この部分を日本語にするのは少し技術を要する。「遠位複数の繊維」や「近位複数の繊維」はぎこちないので「上記訳例のように、「複数の遠位ファイバ20」、「複数の近位ファイバ24」と訳すと日本語らしくなる。さらに、The distal and proximal pluralities (20, 24) of fibers each preferably include 8 to 10 individual fibersの部分のeachはpluralitiesにかかっている。言い換えるとEach of the distal and proximal pluralities of fibers preferably includes 8 to 10 individual fibersとなる。

 日英翻訳だけをやっていると、このようにpluralityを形容詞で識別する手法を見いだすのは困難だが、英文特許ではさほど珍しいことではない。A plurality of ~sは単数扱いですか、それとも複数扱いですか?という質問をよく受けるが、この例が示すように単数扱いである。逆の言い方をすれば、もしかするとpluralities ofという表現があるのかもしれない、と見当を付けてインターネットでフレーズ検索すると、簡単に複数表現を見つけることができる。

 話を少し元に戻す。先ほどの例示の中で、a pair ofとa couple ofを除けば、すべて複数(2つ以上あるいは2種以上)のものを一つにまとめる表現であると述べた。従って、日本人には信じがたいことだが、a plurality ofとa number ofは同じ意味である。A number of を「多数の」と思い込んでいる日本人が極めて多いが、必ずしも多数ではないことは次のような表現からも明白である。

a number of:いくつかの

a large/great/huge number of:多数の、おびただしい数の

a fair/considerable number of:かなりの数の

a small number of:少数の

a constant/fixed number of:一定数の、固定数の

a specified/particular number of:特定数の

a given number of:所定数の

a variable number of:可変数の

a finite number of:有限数の

a maximum/minimum number of:最大・最少数の

a known number of:既知数の

a reasonable number of:妥当な数の

 技術論文や特許に出てくる頻度は極めて低いと思われるが、a good number ofやa surprising number ofという表現もあるのには驚かざるを得ない。

 以上の例を見れば、a number ofを「多数の」と訳すのは間違いであることは明白である。請求項でこれを「多数の」と訳すことは致命傷と言い切れる。なぜなら、いくつ以上が多数であるかは誰も客観的に判断を下すことができないからである。従って、この特許は、権利行使できるかどうかは定かではない。「複数の」であれば2つ以上あるいは2種以上のいずれの数でも良いので、堂々と権利行使できる。

 a number ofを「多数の」と思い込んでいる日本人が極めて多いのは、英和辞典に原因がある。手元にある『ジーニアス英和辞典』(大修館)には、a number ofを『多数の』、『若干の』のいずれの意味かは前後の文脈によるが、現在では『いくらかの』の意ではa certain number ofを用い、a number ofを『多くの』の意に用いるのが普通」、とあるが、これは信じてはいけない。他の英和辞典も大同小異である。

 従って、a number ofとa plurality ofの間には実質的な意味の違いがないと言うことになる。ケース1の修正が必要か否かは別として、修正が間違いではなく、翻訳者の認識が間違っているに過ぎない。ついでに言うと、a large plurality ofやa small plurality ofといった表現も希にあるので、両者の区別はないことになる。

 英語を母国語とする人たちにとっては、a plurality ofとa number ofは同義だが、日本人は先ほどの理由で異なる意味を持っていると思い込んでいる。従って、「多くの細孔」という日本語に対しては、非常に多くの翻訳者が"a number of micropores"としてしまう可能性がある。従って、「前記多くの」は"the number of micropores"となる。しかし、この文は日本語に戻すと分かるように、「細孔の数」という意味に化けている。これが"the plurality of micropores"なら「前記複数の細孔」ということで問題が起こらない。「複数」ではなくどうしても「多数」を英文に入れたいというのなら、"the large plurality of micropores"とすればよい。

 では、「多数の細孔」をa number of microporesとしてしまった場合、「前記多数の細孔」をどう訳せばよいかという問題が発生する。この解決方法は"said number of micropores"である。現在は、クレームでもsaidを使用しない傾向にあるが、この場合はtheではなくsaidを使用すべきである。

 複数のものをまとめる表現については次号に続きを述べる。

【まとめ】

(1)  a number ofは「多数の」ではなく「複数の」の意味を持つ。従って、a plurality ofと同義である。

(2)  the number ofは「~の数」という意味を持つ。従って「前記複数の」を表現するためにはthe plurality ofあるいはsaid number ofを使用する。

技術翻訳としての特許翻訳 第7回

第7回 技術の理解と法律的観点

 今回は、化合物半導体特許のクレームの翻訳について、技術的見地と法律的観点の両方から考察する。

 その前に、化合物半導体(compound semiconductor)について簡単に説明する。化合物半導体は2つ以上の原子が弱い静電引力で結合したものである。典型的な化合物半導体は、周期律表のIII族とV族の組み合わせ(GaAs、GaP、InP等)である。ほかにもII族とVI族の組み合わせ(CdTe、ZnSe等)や、IV族同士の組み合わせ(SiC)があり、それぞれ異なった機能を発揮する。

 III族とV族の組み合わせの代表的な化合物半導体のうち、窒化物半導体は窒化アルミニウム(AlN)、窒化ガリウム(GaN)、および窒化インジウム(InN)である。ただし、窒化アルミニウムは実際には絶縁体だが、このカテゴリーに含まれている。リン化物半導体には、リン化インジウム(InP)やリン化ガリウム(GaP)がある。ヒ化半導体には、ヒ化ガリウム(GaAs)のような2元素系とヒ化アルミニウムガリウム(AlGaAs)のような3元素系のものがある。

 化合物半導体の日英翻訳で注意すべきことがある。例えば、「ヒ化ガリウム」は、日本語では「ガリウムヒ素半導体」と化合物名ではなく、単に元素名を並べただけの表記がまかり通っていることである。化学の分野ではGaAsはgallium arsenideという化合物名を持っているが、元素名をそのまま訳すとgallium arsenicになってしまい、これでは化合物にならない。「リン化インジウム」も「インジウム燐」などの表記が見られるが、これは正しくないのでindium phosphide(phosphorusではない)と、きちんと訳さないといけない。

 今回は、III族とⅤ族の組み合わせに関する化合物半導体特許のクレームの翻訳を試みる。

【請求項1】 互いに導電型の異なるIII-V族窒化物半導体(InXAlYGa1-X-YN、0≦X、0≦Y、X+Y≦1)が積層されて発光層を備えるIII-V族窒化物半導体発光素子において、前記発光層を構成するIII-V族窒化物半導体層よりもバンドギャップの小さい層が、発光層ではない層に少なくとも一層以上形成されていることを特徴とするIII-V族窒化物半導体発光素子。

【請求項2】 前記発光層がインジウムを含むIII-V窒化物半導体よりなることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。

【請求項3】 前記発光層よりもバンドギャップの小さい層に電極が形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の発光素子。

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【符号の説明】

1・・基板、2・・nコンタクト層、3・・nクラッド層、4・・活性層、5・・pクラッド層、6・・pコンタクト層、88、88’・・小バンドギャップ層

 各層の材料についての明細書の記述をまとめると下記のようになる。

材料

基板

サファイア他【0012】

n型コンタクト層2

n型クラッド層3

Si、Ge、Sn等のn型ドーパントを含むInX AlY Ga1-X-Y N(0≦X、0≦Y、X+Y≦1)。好適例はGaN、GaAlN【0013】【0014】

活性層4(発光層)

インジウムを含むIII-V窒化物半導体。より好適には前記n型ドーパントおよび/またはZn、Mg等のII族元素であるp型ドーパントを含んで低抵抗にしたInX AlY Ga1-X-Y N(0<X、0≦Y、X+Y≦1)【0015】

p型クラッド層5

p型コンタクト層6

Zn、Mg等のp型ドーパントを含むInXAlY Ga1-X-Y N(0≦X、0≦Y、X+Y≦1)。好適例はMgをドープしたGaN、またはGaAlN【0016】

小バンドギャップ層 
 88、88’

活性層4よりもバンドギャップの小さいInXAlYGa1-X-YN層。活性層よりもインジウム含有率(X)を高くすることで達成できる。【0018】

 

 翻訳に先立って、請求項1で理解すべきことはつぎのとおりである。

(1)    この化合物半導体のV族元素が窒素に限られていることである。一方III族元素は、インジウム、アルミニウム、および/またはガリウムで構成されている。このうちガリウムは必須成分である。言い換えれば、GaN半導体に、第3成分と場合によっては第4成分が入り得ることを表している。

(2)    「発光層」の定義を明細書と図面から読みとる必要がある。図面のnコンタクト層2からpコンタクト層6までの5層で発光層が構成されていることが理解できるまで明細書を丁寧に読む必要がある。ただし、この明細書では「発光層」は実は二重定義になっている。請求項1を読む限り、発光層は積層体であるから5層であると理解しないとつじつまが合わないが、段落【0015】では発光層があたかも活性層4であるかのような書き方になっている。しかし、【0013】から【0018】までの記述を見ると、すべての層がインジウム(In)を含むことが好ましいことが記載されているので、発光層は活性層に限定すべきでないと判断すべきである。

(3)    「互いに導電型の異なる」は、III族元素の割合が異なると導電型も異なることを意味している。

(4)    「バンドギャップの小さい層が、発光層ではない層に少なくとも一層以上形成されている」の意味を正確に把握する必要がある。ここが本発明のポイントなので、技術的理解と同時に法律的にどうカバーするか表現に工夫を要するところである。逆に言えば、この部分をうまく表現できれば、残りの部分は何とかなる。図面を見ると小バンドギャップ層88、88’と2つあるが、明細書の記述によれば88’が必須で88は必須ではない。

(5)    物の発明なので、「積層されて」や「形成されて」などの流し書き表現を無視して、純粋に構造的な記述に修正して翻訳する。

(6)    【請求項3】における「バンドギャップの小さい層に電極が形成されている」が言葉足らずである。図面を見るとp電極のことで有ることが明らかなので、「p電極」と補強して訳す必要がある。

 以上の考察を踏まえて、訳例を以下に示す。

1.   A group III-V nitride semiconductor light-emitting device comprising:
      a luminous layer comprising a stack of semiconductor layers (InXAlYGa1-X-YN、0≦X、0≦Y、X+Y≦1) having different conductivity types;
      one or more small-band-gap layers outside the luminous layer, the small-band-gap layer having a band gap smaller than the band gaps of the semiconductor layers.

2.   The group III-V nitride semiconductor light-emitting device of claim 1, where the luminous layer comprises group III-V semiconductors containing indium.

3.   The group III-V nitride semiconductor light-emitting device of claim 1 or 2, further comprising a positive electrode on one of the small-band-gap layers.

 上記の訳で「少なくとも一層以上」をat least oneではなく、one or moreとしたのは、請求項3では一層のみの記述になっているので、整合性を取るためである。仮に、請求項1でat least one small-band-gap layerとすると、請求項3ではa positive electrode on the at least one small-band-gap layerとなり、論理的につじつまが合わないし、a positive electrode on one of the at least one small-band-gap layerも奇妙である。

 実は、日本語の「少なくとも一つ」や英文のat least oneは、実際は複数あるのが一般的だが、単数のケースも担保するという場合に使用されている。ネイティブライターの英文でも、at least oneの単複の取り扱いに苦慮しているケースがよく見られる。数の概念の厳密な英語の問題点の一つである。

 いずれにしても、日本語の字句をそのまま訳すのではなく、技術的意味をよく理解し、法律的な観点も考慮して最適な英文にする技術が求められる。

技術翻訳としての特許翻訳 第6回

第6回 技術用語の選択

電池には()と表示された極と()と表示された極の2つの電極があることは誰でも知っている。前者を「陽極」、後者を「陰極」と呼び、対応する英語はそれぞれcathodeとanodeである。一方、電気分解では「陽極」をanodeと呼び、「陰極」をcathodeと呼ぶ。つまり、電池と電気分解では「陽極」と「陰極」に対する英語が逆になっている。この原因は,英語と日本語の極の定義が異なっていることにある。

英語では、電池と電気分解のどちらも電極から電解質に正電荷が移動する電極、すなわち電解質から電子(e-)が流入する電極をanode(アノード)と呼び、電解質から電極に向かって正電荷が移動する電極、すなわち電解質に向かって電子(e-)が放出される電極をcathode(カソード)と呼ぶ。このメカニズムは下記URLに図説されている。

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https://chemistry.stackexchange.com/questions/16785/positive-or-negative-anode-cathode-in-electrolytic-galvanic-cell

前掲の図において、(+)は電位の高い方の極、(-)は電位の低い方の極を意味する。左側の電池(galvanic cell)ではcathodeの電位が高いが、右側の電気分解ではanodeの電位が高い。この違いは、電池は自らエネルギーを発生し、電子の流れ(電流の逆)を作り出しているが、電気分解は外からエネルギーの供給を受けて電子の流れ(電流の逆)を作り出していることにある。

日本語では、電位の高い方の極を陽極、電位の低い方を陰極と定義したために、電池と電気分解では同じcathodeとanodeに対して全く逆の日本語が対応することになってしまった。従って、電気化学(電気分解・電池など)に関する翻訳の際にはこのことをよく理解しておかないと致命的な間違いを犯すことになるので、細心の注意が必要である。なお、電池では、電位の高い側を「正極」(positive electrode)、低い側を「負極」(negative electrode)と呼ぶ別の定義もある。この呼び方は、一次電池の電位を基準にする定義である。従って、一次電池では、「陽極」=「正極」、「陰極」=「負極」が成り立つ。

ところが、二次電池の普及に伴って、新たな問題が発生した。二次電池は古くは自動車の鉛蓄電池から最近のリチウムイオン電池まで多くの産業分野で利用されているが、下図に示すとおり、充電時(charge mode)と放電時(discharge mode)では電流(電子)の流れは全く逆である。充電時(左図)には電子はanionの形でanode(陰極:-で示す)から電解質(electrolyte)に放出されるが、放電時(右図)には、電子はcathode(陽極:+で示す)から電解質に放出されている。つまり、充電時には、cathodeとanodeは本来の定義とは逆の働きをしていることになる。

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電位に関しても、充電時はanodeの方がcathodeより電位が高いが、充電時は逆にcathodeの方がanodeより電位が高くなる。従って、放電時の「陽極」あるいは「正極」は、本当なら充電時は「陰極」あるいは「負極」になるはずだが、そうすると同じ電池で、放電時と充電時で電極の名称を変えないといけなくなる。この混乱を避けるため、実際には(+)の記号のある極を「正極」、(-)の記号のある極を「負極」と呼んでいる。つまり、「正極」と「負極」は使用時を基準に決められていて、本来の定義とは異なるが、この方が実際的である。

 

次の例はリチウム二次電池の特許請求の範囲とそれに対応する英訳文である。

例1.  リチウムイオンを吸蔵放出する正極と、リチウムイオンを吸蔵放出する負極と、が電解質とセパレータを介して形成されるリチウムイオン二次電池において、
 前記正極が、正極活物質を有し、
 前記負極が、負極活物質と、バインダーと、を有し、
 前記負極活物質が、少なくとも炭素材料を含み、
 前記バインダーが、スチレンブタジエン共重合体ラテックスと、セルロース系増粘材とからなり、前記炭素材料の黒鉛層間距離d002が0.345nm以上0.370nm以下であって、真密度ρが1.7g/cc以上2.1g/cc以下であって、前記正極に含まれる単位面積あたりの前記負極活物質量に対する前記正極に含まれる単位面積あたりの前記正極活物質量の重量比が、1.3以上1.7以下であることを特徴とするリチウムイオン二次電池。

対応する英文:    A lithium ion secondary battery in which a cathode for intercalating and deintercalating lithium ions, and an anode for intercalating and deintercalating lithium ions are formed by way of an electrolyte and a separator, the cathode having a cathode active material, the anode having an anode active material and a binder, the anode active material containing at least a carbon material, wherein the binder comprises a styrene-butadiene copolymer rubber latex and a cellulosic viscosity improver, the carbon material has an inter layer distance d002 of 0.345 nm or more and 0.370 nm or less and an intrinsic viscosity ρ of 1.7 g/cc or more and 2.1 g/cc or less, and the weight ratio for the amount of the cathode active material per unit area contained in the cathode to the amount of the anode active material per unit area contained in the anode is 1.3 or more and 1.7 or less.

日本語の下線を施した「正極」は負極の誤りである。英文は誤りのまま翻訳されている。さらに、英文のcathodeはpositive electrodeに、anodeはnegative electrodeにすべきであり、さらに下線で示した部分に誤訳あるいは不適格な訳が含まれている。致命的なのは「真密度」を「固有粘度」と読み違えていることである。以下に修正訳を示す。

修正訳例:A lithium ion secondary battery comprising:
              a positive electrode for intercalating and deintercalating lithium ions, the positive electrode comprising a positive electrode active material;
              a negative electrode for intercalating and deintercalating lithium ions, the positive electrode and the negative electrode being separated by an electrolyte and a separator, the negative electrode comprising an negative-electrode active material and a binder, the negative-electrode active material comprising at least a carbonaceous material, the binder comprising a styrene-butadiene copolymer latex and a cellulosic thickener,
              wherein the carbonaceous material has an interlayer distance d002 in a range of 0.345 nm to 0.370 nm and a true density ρ in a range of 1.7 g/cc to 2.1 g/cc, and the weight ratio of the positive-electrode active material per unit area contained in the positive electrode to the negative-electrode active material per unit area contained in the negative electrode is in a range of 1.3 to 1.7.

技術翻訳としての特許翻訳 第5回

第5回 原文の技術的誤りの対処

 微粒子に関する特許は、染料、磁性粉、二次電池、トナー、樹脂やゴム組成物、電子部品など、ありとあらゆる分野で出願されている。これらの特許の中では微粒子の大きさやその分布を規定したものが多く見られる。

<例1>   前記蛍光体の平均粒径が0.5~6.0mmの範囲であり、中央粒径が2.0~10.0mmの範囲であることを特徴とする請求項1に記載の希土類燐バナジン酸塩蛍光体。

 これはある特許の1従属クレームであるが、これ自体の翻訳は難しくない。

【訳例】The rare earth vanadate phosphor of claim 1, having an average particle diameter in a range of 0.5 to 6.0 μm and a median particle diameter in a range of 2.0 to 10.0 μm.

 厳密に言うと、蛍光体は微粒子なので、発明の主題(subject matter)はparticulate rare earth vanadate phosphorとした方がよいが、例2の文との調和を考えて上記のように訳した。この例のように、構成要素の数値限定が入っている場合、明細書でその測定方法が明記されていないと、その特許は権利行使できない可能性が高い。なぜならば、第3者がその数値を客観的に決めることができないからである。

 この例では、明細書中に次のような記載がある。

<例2>   本発明の希土類燐バナジン酸塩蛍光体は、粒子形状が多面体であって、平均粒径が0.5~6.0mmの範囲であり、中央粒径が2.0~10.0mmの範囲であり、且つ分散度が0.35~0.80の範囲にある。ここで、平均粒径は空気透過法によるフィッシャー・サブ・シーブ・サイザー(F.S.S.S)を用いて測定した値であり、一次粒子の大きさを示す。中央粒径は電気抵抗法のコールターマルチサイザーII(コールター社製)を用いて測定し、50%粒子径(体積基準)を示す。この場合、粒子が強く凝集していると一次粒子にまで分散させることは難しく、凝集した二次粒子が測定にかかる。

【訳例】The inventive rare earth vanadate phosphor consists of polygonal particles having an average particle diameter in a range of 0.5 to 6.0 μm, a median particle diameter in a range of 2.0 to 10.0 μm, and a variance in a range of 0.35 to 0.80. The average particle diameter indicates the size of primary particles and is determined by an air permeability technique with a Fisher Sub Siever Sizer (F.S.S.S). The median particle diameter indicates 50% particle size on the volumetric basis and is determined by electrical resistivity with the Multisizer 3 COULTER COUNTER®. In the case of strong aggregation of primary particles, the aggregated or secondary particles are served for measurement without disintegration of the aggregates into primary particles.

 

 例2の中の「分散度」は粒子径のばらつきの尺度の一つなのでvarianceが使用される。「分散(variance)」の平方根が「標準偏差(standard deviation)」である。統計学の基本を理解していないと適切な用語を見いだせないかもしれないので注意が必要である。標準偏差と分散の定義については、インターネットで簡単に見つけることができる。

 この特許では、平均粒径と中央粒径は定義されているので問題ないが、翻訳者はこの2つの違いを理解しておく必要がある。

 一般に集合体としての粒子の大きさは、多数個の粒子の大きさを測定して、その分布で表すのが一般的である(粒度分布という)。粒度分布は頻度で表す場合と累積として表す場合がある。

2019712144210.png

 しかし、粒度分布を常にこのようなグラフで表すのは不便なために、次のような指標がよく使用される。  

201971214454.png

      ●   モード径:出現比率が最大の粒子径。または分布の極大値。

    ●   メジアン径(d50):粉体をある粒子径から2つに分けたとき、大きい側と小さい側が等量となる

      径のこと。この他に、d10、d90などもよく使われる。

    ●   算術平均径:粒子径分布の算術平均径。

 平均径には算術平均径以外にも右に示すようなものがあるので、特許ではどの平均径を使用しているのかを正しく理解する必要がある。

<例3>   「平均粒径D50」は以下の方法で測定した。即ち、イオン交換水により固形分5%に希釈したバインダー樹脂を、室温で30分間、500rpmの条件で攪拌後、粒度分布計(日機装(株)社製「マイクロトラックUPA150」)にて3回測定した粒度分布におけるD50(50%の粒子がこの粒子径以下の大きさであることを示す)の平均値を、平均粒径D50とした。

【訳例】The “averaged median diameter D50” was determined as follows: a dispersion of 5% binder resin particles in deionized water was agitated at 500 rpm at room temperature for 30 minutes, the particle diameter was measured three times with an ultrafine particle analyzer Mirotrac UPA 150 (NIKKISO), and the three median diameters D50 were averaged where D50 indicates that 50% particles have diameters less than the median diameter.

 例3における「平均粒径D50」は3回の平均値を意味するので、正確には「メジアン径D50の平均値」と書くべきところである。

<例4>   前記無機充填材粒子の平均粒径D50が0.1~100μmであることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。

 例4の明細書には「平均粒径D50」の定義も測定法も書かれていない。従って、鋭い審査官ならそれを理由に拒絶するところだが、仮に特許になっても権利行使できるか微妙である。というのも、上に説明したとおり、D50はメジアン径であって平均粒径ではないからである。このような場合の訳例Aを示す。

【訳例A】(パリ条約に基づく出願):The method of claim 1, wherein the inorganic filler particles have a median diameter D50 in a range of 0.1 to 100 μm.

パリ条約に基づく外国出願の場合の翻訳では、日本語の不備は可能な限り是正して翻訳するのがよい。もちろん、「平均粒径D50」を「メジアン径D50」と読みとった旨のコメント(依頼主宛)を記す必要がある。

【訳例B】(PCT出願の翻訳):The method of claim 1, wherein the inorganic filler particles have an average diameter D50 in a range of 0.1 to 100 μm.

PCT出願の翻訳文は原語の意味範囲を超えない翻訳が求められる。仮に「平均粒径D50」が誤りとしても、その通りに訳しておいて、後に補正書でこの部分を正しい表現に改める方が無難である。このような翻訳の場合でも技術的におかしいところはコメントした方がよい。

 

【教訓】

①    特許翻訳は技術翻訳のひとつ

②    粒子径に関する翻訳は、粒度分布とその専門用語の定義を正しく理解してから翻訳にかかる

      ③    定義がおかしいときは、必ず依頼主にコメントする

 

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