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実戦コラム

違いが分かる技術用語・特許用語(15)

20.  pointとdot(点)
 
 これらの語は、日本語ではどちらも「点」と呼ばれるが、英語では定義が異なる。

 pointは幾何学では、大きさ(dimensions)を持たないが、座標によって規定される位置を持つと定義されている。これが転じて、精密に示された位置を持つ狭い場所を意味する語として一般的に使用されている。この場合は、実際には大きさを持っているが、通常は、その大きさはあまり意識されていない。目盛上のある点もpointで表現する。化学や物理ではmelting point(融点)、boiling point(沸点)など、多くの点に関する表現がある。
 時間的にはpointあるいはtime pointは瞬時を表している。時間に幅があるときはtime intervalあるいはtime zoneなど、幅を意味する語が加えられる。

 dotは「小さな領域」という意味を持つ語で、pointと異なり、それ自体大きさや形状を持っているが、幾何学的座標を持っていない。すなわち、記号としての点を意味する。インターネットのドメインの表示に使用されるフルストップ(.)はdotと呼ばれ、掛け算を意味するいわゆる中黒(·)もmiddle dotと呼ばれる。なお、文の最後のフルストップはperiod(ピリオド、終止符)と呼ばれる。

 小数点は数学ではdecimal pointあるいはpointと呼ぶが、記号として読むときはdotが使用される。なお、ドイツでは小数点にはコンマ(,)が使用されるので、全世界に通用する「小数点」の英語はdecimal separatorあるいはdecimal characterである。ついでに、英語では、コンマは三桁の区切りに使用されるが、ドイツでは、三桁の区切りはスペースが使用される。

【用例1】A set of thinned halftone dot patterns (42) useful in inkjet printing comprises a plurality of halftone cells (40) corresponding to respective shade values. Each of the halftone cells includes a plurality of addressable points (12, 14), with at least some of the points being turned 'on' (14) to define a halftone dot pattern (46), and at least some of the 'on' points (14) defining a core component of the halftone dot pattern being selectively turned 'off' (44), thereby producing a thinned halftone dot pattern (42). The thinned halftone dot patterns enable the use of higher addressability in an inkjet printing system to achieve a wider range of shade values while avoiding undesirable over-inking of printed halftone dot patterns due to excessive overlap (26) between printed ink spots (24). (WO1996/005967)

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 インクジェットプリントに有効な、一組の低濃度ハーフトーンドットパターン(42)は、それぞれのシェード値に対応する複数のハーフトーンセル(40)を有する。各ハーフトーンセルは複数のアドレス可能なポイント(12、14)を含み、これらのポイントの少なくとも幾つかが“オン”(14)されてハーフトーンドットパターン(46)が形成され、ハーフトーンドットパターンのコアコンポーネントを形成する“オン”ポイント(14)の少なくとも幾つかが選択的に“オフ”(44)され、これにより低濃度ハーフトーンドットパターン(42)が作成される。低濃度ハーフトーンドットパターンによれば、インクジェットプリントシステムに高アドレス性を付与して、印刷されたインクスポット(24)の過剰な重なり(2b)による印刷されたハーフトーンドットパターンの望ましくないインクの過剰付着を防止すると共に、広範囲なシェード値を達成できる。(特表平10-504505改)


 この例では、point(ポイント)はアドレス可能(座標に相当する)な位置を示し、dot(ドット)はそのポイント内の小さな点を示している。このpointはpixel(ピクセル)と言い換え可能である。
 さらに、「点」を表すもう一つの語、spot(スポット)が使用されている。spotは小さな領域あるいは点を意味し、通常円形である。周りと異なるところ、表面に付いた染み、汚点、ある特徴を持つ点・場所を意味する。
 これ以外にも、点を表す語に傷や汚れなどの点を表すmarkや、医学の分野では極小領域や突起部尖端などに使用されるpunctum(複数形はpuncta)などがある。


21.  axisとaxle(軸)

 どちらも日本語では「軸」であるが、英語では厳密な使い分けがある。まず、axisは回転する物体の仮想の軸(線)、回転軸、対称軸、座標系の軸、光軸、結晶軸を意味する語なので、実際に人がその軸を見たり触れたりすることはできない。一方のaxleは自動車などの車軸、回転する構造体の軸・心棒を意味する語で、こちらは人が認識できる形状と大きさを持っている。同義語はshaft, spindle, pivot(旋回軸)などである。

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【用例2】Each axle 74 is supported for rotation about an axle axis 82 by a respective bearing 78 adjacent each of the left and right wheels 70 and 72 respectively.(WO2010/148495)


 各車軸74は、それぞれ左及び右車輪70,72のそれぞれに隣接する各ベアリング78により車軸の軸線82周りに回転可能に支持される。(特表2012-530638)

 図から明らかなように、車軸(axle)74は目に見えるが、軸線(axis)82は回転中心を示す線で、目には見えない。この例のaxle axis(車軸の軸線)は言葉の遊びとしてはおもしろいが紛らわしいので、shaft axisとした方がよい。

 なお、押出機(extruder)に、一軸押出機(single-screw extruder)と二軸押出機(double-screw extruder、またはtwin-screw extruder)があるが、この場合の「軸」はaxleではなくscrewと呼ばれる。

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http://ptfe-machinery.com/polymer-screw-extrusion/


 翻訳者の中には、「一軸押出機」を「一軸」と「押出機」に分解してそれぞれを辞書で引いてuniaxial extruderとする人がいるが、適格な訳を見つけ出すには「一軸押出機」で探さないといけない。Google検索で「一軸押出機 英語」と入れるとsingle-screw extruderがすぐに見つかる。

違いが分かる技術用語・特許用語(14)

19. timeとtiming(続き)
 

 先月は英文明細書におけるtimeとtimingの用例について考察した。今月は日本語明細書における「タイミング」の意味とその訳について考察する。

【課題1】図5は、ヒータ装置180のトライアック181の制御動作と電流の発生を示すタイミングチャートである。図5では、インバータ装置200の出力電圧、ヒータ装置180のトライアック181の駆動信号、インバータ装置200の出力電流、の各タイミングについて示している。(特開2018-014821)

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タイミングチャートは電子工学における複数の信号の挙動を時間軸に表した図を意味する専門用語である。後半の「各タイミング」の部分は図面から分かるように全体をtimingと捉えると表現が簡潔になる。

訳例:Figure 5 is a timing chart illustrating the control operation and the generation of current at a triac 181 in a heater 180.  The drawing illustrates the timing between the output voltage from an inverter 200, the drive signal for the triac 181 of the heater 180, and the output current from the inverter 200.

 なお、この例の「トリアック(triac)」はtriode(三極管)とA.C.(交流)の合成語で、三端子を持つ半導体スイッチング素子を意味する。双方向に電流を流せるので交流スイッチとして広く用いられている。


【課題2】ロータリーバルブ36は、逆転可能モータ38が正転するとき冷却用バルブタイミングに従って動作し、逆転可能モータ38が逆転するとき加熱用バルブタイミングに従って動作するよう構成される。(特開2018-151128)

「バルブタイミング(valve timing)」はバルブの開閉の精密なタイミングを意味する専門用語である。

訳例:The rotary valve 36 operates in response to the cooling valve timing during the normal rotation of the reversible motor 38 or the heating valve timing during the reverse rotation of the reversible motor 38.
 

【課題3】検出部92は、被搬送物Xの通過が通過検知センサによって検知された後、所定のタイミングで、光源30に対し、励起光の照射及びその停止を指令する。(特開2018-163568)

この例では、「検知された後の所定の時間間隔で」と読み替えると表現が簡潔になる。

訳例:The detector 92 instructs the light source 30 to start or stop the irradiation of the excitation light at predetermined time intervals after the object sensor detects the transit of the object X.


【課題4】逆止弁4は、気液置換室21と外部の水Waとの圧力差で受動的に弁の開閉動作を行うばかりでなく、制御部80が間欠的に出力する制御信号に基づく適切なタイミングで能動的に開閉動作するシャッタ(不図示)を採用しても構わない。(特開2018-103948)

「適切なタイミングで」はいくつかの表現がある。

訳例:The check valve 4 may include a shutter (not shown) that not only passively gates the valve by a difference in pressure between the gas-liquid substitution chamber 21 and the exterior water Wa but also actively gates the valve at just the right moment based on the control signals intermittently output from the controller 80.


【課題5】この結果、図3のGW202や、GW202とセンサ203とを結ぶネットワークの負荷が増加した場合でも過負荷を抑制することと適切なタイミングでのデータ取得の両立が可能となる。(特開2018-174448)

訳例:Even if the load of the gateway 202 and the load of the network linking the gateway 202 and the sensor 203 in Fig. 3 increase, the suppressed overload is compatible with the data acquisition at an appropriate time.


【課題6】その結果、供給フィーダ24から搬送ドラム31へ、タイミングよく錠剤9の受け渡しが行われる。(特開2018-080049)

「タイミングよく」は副詞のtimelyで表現することができる。

訳例:As a result, the tablets 9 can be timely transferred from the feeder 24 to the transfer drum 31.


【課題7】また、ヘルスチェック結果を表示するタイミングは、ユーザがMFP2に近接したタイミングで表示する。(特開2018-156639)

この例の「タイミング」はどちらも無視できる。すなわち、次のように書き換えることができる。

日本語の書き換え:ヘルスチェックの結果は、ユーザがMFP2に近づいたときに表示される。

訳例:The results of the health checking appears when the user approaches the multifunction peripheral 2.


【課題8】後幕のメカニカルシャッタ200の走行方向に瞳分割された単位画素1を用いて、PD11dの露光開始時刻を時刻差Δt(n)分タイミングを遅らせて露光時間を短縮することができる。(特開2018-121196)

この例の「タイミング」も訳す必要がない。

訳例:The start of the exposure can be delayed by a time difference Δt(n) using a unit pixel 1 after the pupil division in the running direction of the mechanical shutter 200 of the rear curtain to compress the exposure time.

 この例で、「後幕(あとまく)」はストロボ撮影でシャッター幕が閉じるときに発光する設定を意味する。反対語は「先幕(先幕)」で、シャッター幕が完全に開いたときにストロボを発光させる設定を意味する。先幕シンクロと後幕シンクロの違いを説明した写真がキヤノンの写真用語集に記載されている。https://ptl.imagegateway.net/contents/original/glossary/index.html


【課題9】このようなワイパシステム1では、ウォッシャ液噴射動作のタイムラグを考慮し、ワイパ動作に対する噴射タイミングの遅れを防止するため、次のような制御形態が実施される。(特開2017-170961)

ここでも、「噴射タイミングの遅れ」は単に「噴射の遅れ」とすればことが足りる。

訳例:Such a wiper system 1 involves the following control mode to prevent the delay of spraying relative to the wiping operation in view of the time lag of the spraying operation of the washer solution.


以上のように日本語の「タイミング」はかなり広い意味を持っているので、一律にtimingにするのではなく、状況によって適切な語を選択して表現することが好ましい。全く無視してもよいケースも少なくない。

技術翻訳としての特許翻訳 第14回

第14回 「被処理基板」の意味

日英特許翻訳で気をつけるべきことのひとつに訳語選定がある。次の例で、訳語選定の問題について述べる。
 

【例1】被処理基板を処理室に入れ加熱する。次に被処理基板の上に半導体層を積層し、処理室から取り出して熱処理室に移す。
<ある訳例> The substrate to be treated is placed to be heated in a treating room.  Then, a semiconductor layer is laminated on the substrate to be treated and is removed from the treating room to transfer the heat-treating room.

最初の「被処理基板」は日本語自体が間違っている。これから処理される基板なので「処理対象基板」とでもいうべき語である。訳例はthe substrate to be treatedとなっているので、この部分は正しい。2番目の「被処理基板」は既に加熱処理されて次の処理中なので、正しくは「処理中の基板」でなければならない。従って、訳例のthe substrate to be treatedは正しくない。つまり、「被処理」という語自体が二重定義になっている。上記の訳例はこのような実情を無視して一律に訳語を割り当てたためにちぐはぐになってしまったのである。

この訳例には別の問題がある。処理室から半導体層が取り出されたことになっているが、実際には積層体が取り出されている。つまり、半導体層が積層された後に基板が取り出されている。このように、日本語は文の途中で主語が変わっていることがあるので、英訳に当たっては細心の注意を払う必要がある。

さらに、日本語は「処理室」と「熱処理室」と2つの室を区別しているが、不完全である。そこで、この日本語は次のように書き換えると論理的になる。

<日本語の書き換え> 処理対象基板反応室で加熱し、この基板の上に半導体層を積層する。次いで、この基板を反応室から熱処理室に移す。

<修正訳例> The substrate of interest is heated and a semiconductor layer is deposited on the substrate in a reaction chamberThe resulting substrate is then transferred from the reaction chamber to an annealing chamber.

以上のように、プロセスを翻訳する場合は、機械的に訳語を選択して翻訳するのではなく、何処で何が行われているのかを頭の中に浮かべながら翻訳することが重要である。

「被処理基板」は明細書でしばしば使用される問題の語である。次の特許請求の範囲の記載でその問題点を考える。
 

【例2】処理室内の被処理基板に対して所定のプラズマ処理を実行するプラズマ処理方法であって,
前記処理室の排気口に設けられた圧力制御弁の開度を調整しながら真空ポンプで排気することによって前記処理室内を所定の第1設定圧力に減圧し,前記処理室内にエッチングガスを導入してプラズマを励起することによって,前記被処理基板上に形成された被エッチング膜をパターニングされたレジスト膜をマスクとしてエッチングするエッチングステップと,
前記圧力制御弁の開度を調整しながら前記真空ポンプで排気することによって前記処理室内を所定の第2設定圧力に減圧し,前記処理室内にアッシングガスを導入してプラズマを励起することによって,前記レジスト膜をアッシングするアッシングステップと,
前記エッチングステップが終了すると,前記アッシングステップ実行前に,前記圧力制御弁を全開にして前記処理室内を所定時間だけ前記真空ポンプで真空引きすることによって,前記処理室内に残留したエッチングガスを排出する残留ガス除去ステップと,を有し,
前記各ステップを同一処理室内で前記被処理基板を搬出せずに連続して実行することを特徴とするプラズマ処理方法。

ここでも、「被処理基板」が二重定義になっている。最初は「これから処理される基板」だが、二度目以降は「処理中の基板」の意味で使用されている。次に、「被エッチング膜をパターニングされたレジスト膜をマスクとして」が分かりにくい。さらに、この方法クレームは前の工程を引用しているため表現が煩雑になっており、しかも工程の順序が時系列になっていないので、理解が困難である。これらの問題点を解消するために、次のように請求項を書き換える。

<書き換えた請求項> 同一処理室内の基板に対して所定のプラズマ処理を実行するプラズマ処理方法であって、
a)前記処理室の排気口に設けられた圧力制御弁の開度を調整しながら真空ポンプで排気して前記処理室内を第1設定圧力に減圧し,前記処理室内にエッチングガスを導入してプラズマを励起してレジストマスクパターンを経て前記基板上に形成された対象膜をエッチングするステップ
b)前記圧力制御弁を全開にして前記処理室内を所定時間だけ前記真空ポンプで真空引きして,前記処理室内に残留したエッチングガスを排出するステップ、および
c)前記圧力制御弁の開度を調整しながら前記真空ポンプで排気することで前記処理室内を所定の第2設定圧力に減圧し,前記処理室内にアッシングガスを導入してプラズマを励起して,前記レジスト膜をアッシングするステップを含み、
前記各ステップを前記処理室内で前記基板を搬出せずに連続して実行するプラズマ処理方法。

<書き換えた日本語に基づく訳例A> A method of plasma-processing a substrate in a single processing chamber, comprising:

              a) etching a target film on the substrate through a patterned resist mask in an excited plasma field generated by evacuating the chamber with a vacuum pump up to a first pressure while controlling the extent of opening of a pressure valve provided at an outlet of the chamber and then introducing an etching gas into the chamber;

              b) discharging the etching gas remaining in the chamber by evacuating the chamber with the vacuum pump for a predetermined time while fully opening the pressure valve; and

              c) ashing the resist mask in an excited plasma field by evacuating the chamber with the vacuum pump to a second pressure while controlling the extent of opening of the pressure valve and then introducing an ashing gas into the chamber,

              steps a) to c) being continuously performed in the chamber without discharge of the substrate from the chamber.
 

<書き換えた日本語に基づく訳例B> A method of continuously plasma-processing a substrate in a single processing chamber without discharge of the substrate therefrom, comprising the steps of:

              a) etching a target film on the substrate through a patterned resist mask in an excited plasma field generated by evacuating the chamber with a vacuum pump to a first reduced pressure while controlling the extent of opening of a pressure valve provided at an outlet of the chamber and then introducing an etching gas into the chamber;

              b) discharging the etching gas remaining in the chamber by evacuating the chamber with the vacuum pump for a predetermined time while fully opening the pressure valve; and

              c) ashing the resist mask in an excited plasma field by evacuating the chamber with the vacuum pump to a second reduced pressure while controlling the extent of opening of the pressure valve and then introducing an ashing gas into the chamber.

訳例Bで下線部は省略できる。また、この訳例では工程の引用がないのでa)~c)の記号も省略できる。


最後に、「被~」についてまとめると次のようになる。

① 本来、「被」は既に何かを受けたものに使用する。
② 実際には、「被」が「未」の意味で誤用されていることが多い。
③ 「被」の意味が途中で変わっている場合がある。
④ 従って、「被」にとらわれずに、適切な英語をあてはめる。安易にan element to be treatedなどとすると新たな誤解を生む。「未」に対しては問題ないが、文字通り「被(既)」の場合はthe treated elementでなければならない

なお、「被処理物」という日本語に対しては、workあるいはworkpiece(仕掛品)という訳語がふさわしい場合が多い。   

違いが分かる技術用語・特許用語(13)

19. timeとtiming 

 辞書によるこれらの語の区別は次の通りである。

time
① 連続した時間、時を表す
② 区切られた時間あるいは期間、間隔を表す
③ 特定の時点や時刻を表す
④ (動詞)時間を計る

 つまり、時に関するあらゆる状況に使用される。

timing
① タイミング(カタカナ語)、適時選択
② 時間を計ること(計時)

 つまり、timingの意味②は動詞timeの名詞形の意味を持っている。

 次に、日本語の「タイミング」は次のような意味を持っている。
① 物事を行うのにちょうどよい折りのこと。これは、上記のtimingの①の意味、すなわち「適時選択」と一致している。日本語では、他に「機会」、「折」、「都合」、「拍子」、「時宜」、「機」、「時機」などの意味に類している。
② 何かが起こるときのこと。すなわち「時期」、「瞬間」の意味に類している。

 以上のことから、英語のtimingを日本語にする場合、カタカナ語の「タイミング」以外にどのような訳を当てはめるのがよいかを実例で検討する。

用例1: The digital wireless link introduces substantial time variable delay. In order to pass time sensitive messages over the link, time sensitive messages are recognized and translated into time insensitive messages for transmission over the wireless link. The time insensitive messages indicate the information contained in the time sensitive messages and in the timing of the time sensitive messages. At the receiving end, the time insensitive messages are recognized and the time sensitive messages reconstructed with the appropriate timing. (WO1995/014356)

公表公報の訳: デジタル無線リンクは実質的に時間可変遅延を導入する。リンク上で時間感応性メッセージを伝送するため、時間感応性メッセージは認識され、無線リンク上での送信のために時間不感応性メッセージに変換される。時間不感応性メッセージは時間感応性メッセージおよび時間に不感応メッセージのタイミング中に含まれる情報を示す。受信端では時間不感応性メッセージは認識され、時間感応性メッセージは適切なタイミングで再構成される。(特表平2008-505995改)

 用例1におけるtimingはカタカナ語で「タイミング」と訳されているが、これが「適時選択」の意味なのか否かは明細書全体を読んでも筆者はよく理解できなかった。

用例2: In an ad hoc peer-to-peer communications network, timing synchronization can be facilitated between two or more nodes based on respective timing adjustments. A sequence of timing synchronization time intervals can be determined based on a first timing reference received from a source. A symbol timing can be determined and included in a first signal transmitted during a dedicated time interval, which can be a chosen fraction of one of the timing synchronization time intervals. In the remaining portion of the time interval, such as a non-chosen fraction, a second signal that includes a second timing reference can be received. Based on the symbol timing and the second timing reference, a timing adjustment can be determined and timing of each node adjusted accordingly. (WO/2009/009363)

公表公報の訳: アドホックピアツーピア通信ネットワークにおいて、それぞれのタイミング調整に基づいて、2つ以上のノード間のタイミング同期を容易にすることができる。一連のタイミング同期時間間隔を、ソースから受信した第1のタイミング基準に基づいて決定することができる。シンボルタイミングを決定し、専用の時間間隔(タイミング同期時間間隔のうちの1つの選択された小部分であり得る)中に送信された第1信号中に含めることができる。非選択小部分のような、時間間隔の残りの部分において、第2のタイミング基準を含む第2信号を受信することができる。そのシンボルタイミングと第2のタイミング基準に基づいて、タイミング調整を決定することができ、したがって、各ノードのタイミングを調整することができる。(特表2010-533431改)

 通信分野の特許はカタカナ語の連発で、技術の理解が容易でない。「アドホック(ad hoc)」は「特定の目的のための」、「その場限りの」という意味を持つラテン語で英語のfor thisに相当する。「ピアツーピア(peer-to-peer)」はP2Pと表記されることもあるが、サーバとクライアントという特定の関係を持たない対等の立場で通信を行う形態を意味する語である。

 問題の「タイミング」であるが、明細書全体を読んでみるとどうやら「時間合わせ」の意味で使用されているようだが、通信分野に精通していない筆者にとっては、本当のところはよく分かっていない。

 以下に示すように、英語のtimeがしばしば日本語では「タイミング」と訳されている。

用例3: The method also includes controlling movement of a detector carriage including a plurality of drop detectors of a drop detector array with respect to the printhead device by a control module to align each one of the drop detectors with the respective firing paths corresponding to the respective nozzles at a predetermined time. (WO2014/092678)

訳例: この方法は、複数の液滴検出器を含む検出器キャリッジのプリントヘッド装置に対する動きを制御モジュールにより制御して、所定のタイミングで各ノズルに対応する点火経路に各液滴検出器を位置合わせすることも含む。(特表2015-536852改)

 用例3の訳はtimeの部分を除いて、修正してある。そのtimeだが、「所定のタイミングで」と訳されているが、あえて、「タイミング」を使わなくとも、「所定の時間に」で十分に意味は通じる。

用例4: The announcements may be at times unknown to consumers. (WO2013/163397)

訳例: 当該告知は、消費者らに知られていないタイミングで行なわれうる。(特表2015-523618)

 用例4のat timesは「時々」の意味で、従ってこの文の意味は「この告知は時には消費者に知られていないことがあるかもしれない」の意味ではないかと思われる。

 英文ではtimingが使用されていないにもかかわらず、日本語訳が「タイミング」となっているケースも多くある。

用例5: The insertion tool can then be removed at the surgeon's convenience allowing compression on the two bones. (WO2015/130609)

公表公報の訳: 次いで、外科医は都合のよいタイミングで挿入用具を取り外して、それら2つの骨に圧縮力がかかるようにする。(特表2017-510341改)

 用例5のconvenienceは「好都合」という意味合いで使用されているが、確かに「都合のよいタイミング」とするとぴったりはまっている感じになる。「適切なときに」と言い換えてもよい。なお、もとの訳はcompressionを「コンプレッション」とカタカナ語にしているが、骨に圧縮力がかかることを意味しているので修正した。

 

 以上の通り、英語のtimingは真意がつかめないことがあり、訳語のタイミングも安易に使用されている。

技術翻訳としての特許翻訳 第13回

第13回 電気化学的に卑な金属

 

ある英文特許を読んでいたところ、次のような表現が見つかった。

The material constituting the sacrificial layer is preferably a metal electrochemically less base than Cu.  Examples of such preferable metals include Cu-Zn alloy, Cu-Sn alloy, Cu-Mn alloy, Cu-Al alloy, Cu-Mg alloy, Fe metal, Zn metal, Co metal, Mo metal and oxides thereof, and a combination thereof, and particularly preferably a Cu-Zn alloy.

英文の太字の部分が理解できないので、対応する日本特許を当たったところ、次の通りであった。
「犠牲層を構成する材料はCuよりも電気化学的に卑な金属が好ましく、そのような好ましい金属の例としては、Cu-Zn合金、Cu-Sn合金、Cu-Mn合金、Cu-Al合金、Cu-Mg合金、Fe金属、Zn金属、Co金属、Mo金属及びこれらの酸化物、並びにこれらの組合せが挙げられ、特に好ましくはCu-Zn合金である。」

「電気化学的に卑な金属」という表現は特許明細書でも非常に少なく、しかも日本からの出願に限られている。言い換えれば、これは日本語固有の表現なので、翻訳に際しては技術的な意味を正しく理解する必要があることを意味している。上記の翻訳のbaseは「卑金属」をbase metalと呼ぶことから引き出されたものである。そこで、baseの意味を形容詞の「劣った(=卑)」と読みとった場合、less baseは日本語と逆に「卑でない」という全く逆の意味になってしまうことを翻訳者は気付いていない。原語の技術的意味を理解せずに、自分の知っている単語を組み合わせただけの翻訳がいかに危険であるかを示している。

以前なら、電気化学に関する書籍で調べないと分からないことが、今はGoogle検索で簡単に見つけることができる。「電気化学的に卑な金属」を検索すると、いくつかの関連ページが見つかるが、《YAHOO!知恵袋》に「卑」の意味を質問している人がいる(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1458380044)。回答は、次のように、非常に要を得ている。
「各種金属の標準電位の序列を,電気化学系列,俗にイオン化傾向と呼び,その序列の中で高い電位に位置するものを「貴」,低い電位に位置するものを「卑」な金属と呼びます。 電位の極性は、酸化方向(貴)をプラス、還元方向(卑)をマイナスとするように統一されています。(電気化学測定マニュアル基礎編より)」

さらに、《コトバンク》には「卑な金属」の説明として世界大百科事典の次の部分が引用されている
「元素の化学的性質の一つである水溶液中での標準電位系列(イオン化傾向序列の逆)で水素よりも高い電位にある金属を一般に貴な金属といい,金,銀,白金,水銀,銅などが含まれる。他の多くは卑な金属である。」
https://kotobank.jp/word/%E5%8D%91%E3%81%AA%E9%87%91%E5%B1%9E-1399762

以上から、「Cuよりも電気化学的に卑な金属」は「Cuよりも低い電位にある金属」と読み替えればよいことが分かる。この電位は正確には、「酸化還元電位(redox potential)」と呼ばれている。修正訳例は次の通りである。

The material for the sacrificial layer is preferably a metal having a redox potential less than that of Cu.  Examples of such preferable metals include Cu-Zn, Cu-Sn, Cu-Mn, Cu-Al, and Cu-Mg alloys; elemental Fe, Zn, Co, Mo and oxides thereof; and combinations thereof.  Cu-Zn alloys are particularly preferred.

 

以下に、同様の表現の実例を特許から拾ってきたので、試訳とともに示す。

【例1】 自己放電反応抑制剤に含まれる、上記カチオンは、鉄よりも電気化学的に卑な金属のカチオンである。そのため、上記カチオンは、電解液中で負極金属である鉄とは反応し難い。(特開2018-078084)

試訳:Cations in the self-discharge reaction inhibitor are cations of metal with a lower redox potential than that of iron.  These cations barely react with iron of the negative electrode in the electrolytic solution.

【例2】 前記エッチング処理においては、前記除去対象粒子が、水素よりも電気化学的に卑な金属を含有することが好ましい。そうすることで、エッチング液に溶解しやすく、除去が容易になる。そのような金属としては、例えば、Zn、Al、Fe、Ni、Co、Snなどが挙げられる。また、前記導電体は、水素よりも電気化学的に貴な金属を含有することが好ましい。そうすることにより、前記エッチング処理において、前記エッチング液に溶解しにくい。  そのような金属としては、例えば、Au、Ptなどが挙げられる。

試訳:Preferably the particles to be removed in the etching treatment contain metal with a redox potential lower than that of hydrogen.  The particles can be readily dissolved in the etching solution.  Examples of such metal include zinc, aluminum, iron, nickel, cobalt, and tin.  Preferably the conductor contains metal with a redox potential higher than that of hydrogen.  Such metals are barely dissolved in the etching solution.  Examples of the metal include gold and platinum.

例2で、「電気化学的に貴な金属」は「高い酸化還元電位にある金属」と読み替えられている。

【例3】 従来から、端子と電線の芯線とが互いに異なる材料で形成された端子付電線が知られている。概して、このような端子付電線の芯線はアルミニウム(電気化学的に卑な金属)で形成され、端子は銅(電気化学的に貴な金属)で形成される。(特開2018-014313)

試訳:Cables provided with cores and terminals are known.  Usually cores and terminals are composed of different materials.  The cores are made of aluminum, which is electrochemically base metal, and terminals are made of cupper, which is electrochemically noble metal.

例3で、「電気化学的に貴な金属」と「電気化学的に卑な金属」は通常の「貴金属」と「卑金属」の概念と同じ使い方をしている。従って英文も比較級で書く必要はない。

【例4】 しかしながら、アルミニウム芯線と銅端子とを電気的に接続する場合、この接続部分に雨水や洗車、結露などによって水等の電解液が付着すると、電解液を介してアルミニウム芯線と銅端子との間に電池回路が形成され、電気化学的に卑な金属であるアルミニウムが電解液中に溶出して腐食される現象(ガルバニック腐食)が生じる。(特開2017-220294)

試訳:If electrolyte, such as rain water, car washing water, or dew condensation water, adheres to the electric connection between the aluminum core and the copper terminal, a cell circuit formed between the aluminum core and the copper terminal through the electrolyte causes erosion of the electrochemically base metal aluminum into the electrolyte (referred to as galvanic corrosion).

下図は例4に出てくる、「ガルバニック腐食(電界腐食)」の模式図である。

https://aluminumsurface.blogspot.com/2009/04/corrosion-between-anodized-aluminum-and.html

2020122215924.jpgのサムネイル画像

ガルバニックはイタリアの物理学者Luigi Galvaniの名にちなんでいる。トタン板(亜鉛メッキ鉄板)をgalvanized plateと呼ぶのは、電池反応で亜鉛が腐食することで鉄の腐食を防ぐからである。検流計(galvanometer)も彼の名に由来する。彼は、死んだ蛙の筋肉が電気火花でけいれんすることを発見したので、galvanicには「けいれん的な」、「電気刺激の」という意味もある。実際の電池の発明は同じイタリア人のIl Conte Alessandro Giuseppe Antonio Anastasio Voltaである。電圧のボルト(volt)は彼の名にちなんでいる。

違いが分かる技術用語・特許用語(12)

18. weighとweight
 

 この2つの語は似ているが、意味は異なる。まず、weighは「の重さがある」(自動詞)と「の重さを量る」(他動詞)という意味を持つ動詞である。これに対して、weightは「を重くする」、「に重みをつける」という意味を持つ他動詞である。なお、weightは名詞の用例の方が多いが、ここでは述べない。
 

 まず、weighの自動詞の用例を掲げる。

用例1.The distillate weighs 684.2 g, 97.74% of the starting weight. (WO2014/149816)
公表公報の訳:蒸留物の重量は出発重量の97.74%の684.2gである。(特表2016-514128)

用例2.In brief, the V50 value represents the speed at which one half of the 17 grain FSP projectiles penetrate a test laminate that weighs one pound per square foot.(WO2013/130160)
公表公報の訳:簡単に説明すると、V50値とは、複数の17グレインFSP発射体の半数が1平方フィート当たり1ポンドの重量の試験積層体を貫通する速度を表す。(特表2015-505756)

 上記の用例で分かるように、動詞weighを日本語にする場合、「重量」という名詞に変えて訳すと自然になる。用例1では、weighをbe動詞に置きかえて訳しても日本語は不自然ではない。

 

 次に、weighの他動詞の用例を挙げる。特許や技術文献ではweighは実験の手順の記述に使用されるので、受動態で使用され、時制は通常過去形である。

用例3.The heart was weighed, frozen, and cut into 2. 5-mm-thick slices. (WO03/039528)
公表公報の訳:心臓を秤量し、凍結して2.5 mm厚の切片に切断した。(特表2005-511590)

用例4.The coupons were then reweighed. (USP 4,511,480)
訳例:腐食試験用の金属片を再秤量した

用例5.To obtain a solution of testosterone of 1 mM, 2.88 mg of "unlabelled" testosterone were weighed and dissolved in 10 ml of ethanol. (US 5,827,887)
訳例:1mMのテストステロンの溶液を得るために、2.88mgの「非標識」テストステロンを秤量し、10mlのエタノールに溶解した。

 上記の用例で分かるように、実験操作は発明者が行うが、英語では主語を隠して受動態表現がとられる。これに対して、日本語は受動態よりは主語なしの能動態表現の方が読みやすい。

 

 次はweightの用例である。

用例6.In addition to term weighting, web pages can be weighted using other strategies.
訳例:用語の重み付けに加えて、他の方法を用いてウェブページに重みを付けることができる。

 用例6は、インターネット検索の際のノイズを減らすために用語やウェブページに重み付けをしていることを述べている。

用例7.Many microwave dielectric materials can be classified as perovskites, which have the general structure ABO3, where the weighted sum of the oxidation states of metal ions A and B is equal to +6. (USP No. 6,900,150)
訳例:多くのマイクロ波誘電材料はペロブスカイトとして分類することができる。このペロブスカイト構造はABOの一般構造を持ち、金属イオンAとBの酸化状態の加重和は+6に等しい。

用例8.By varying the rules of composition, and the weighting applied to elements of interest, the crop boundaries produced may be varied.WO03/005702
公表公報の訳:構図規則及び対象となる要素にかけられる重み付け(weightingを変えることにより、生成されるトリミング枠を変更することができる。(特表2004-534334改)

 

 次に、日本語明細書の英訳例を示す。

用例1.ペン48の重量は数十グラムと極めて軽量である(特開2016-187689)
訳例:The pen 48 weighs several tens of grams, which is extremely light.

 用例1に示すように、英日翻訳と逆で、日英翻訳では「重量」を自動詞のweighに置き変え可能な場合がある。

用例2.雄性Hartley系モルモット(日本エスエルシー、静岡)を3日間以上予備飼育した後、体重300-500gの個体を試験に用いた。
訳例:Individuals of Hartley male guinea pigs (Japan SLC, Inc., Shizuoka) that were preliminarily breed for three or more days and weighed 300 to 500g were used for testing.

 用例2は日本語の体重を、他動詞のweighに置きかえて表現している。

用例3.炭酸カルシウム102グラムと硝酸ナトリウム45グラムを秤量しボールミルを用いて混合した。
訳例:Calcium carbonate (102 grams) and sodium nitrate (45 grams) were mixed in/with a ball mill.

 用例3では、102グラムや45グラムという数値自体に秤量するという動作が暗黙のうちに含まれているのでこの語を翻訳しないほうがすっきりする。

用例4.2つの評価指標に係数により重みをつけて合算することで1つの評価指標として用いることもできる。これにより、複数の評価指標であっても1次元的にルート候補を限定することができる。
訳例:Two evaluation indexes may be weighted with weighting factors and summed into a single evaluation index.  In this way, multiple evaluation indexes can one-dimensionally narrow the route candidates.

 用例4ではindexの複数形がindexesとなっている。本来、indexはラテン語起源の語で複数形はindicesであったが、英語の複数形の法則に馴染めないため、いつの間にかindexesも辞書に登録された。

用例5.また、WO2013/187150号に記載のように、微分位相画像と吸収画像を微分した微分吸収画像に重みをかけて差分する、または微分位相画像を積分した位相画像と吸収画像に重みをかけて差分することで、骨や金属などを除去した画像を生成する処理がある。
訳例:WO2013-187150 discloses another process of generating an image from which bones and metals are removed.  In the process, a differential phase image and an absorption image are weighted and a difference between the weighted images are determined.  Alternatively, a phase image formed by integration of the differential image and the absorption image are weighted and a difference between the weighted images are determined.

 

【まとめ】

1.weighは「の重さがある」という意味の自動詞と「を計る」という意味の他動詞の両方で使用される。

2.自動詞のweighは日本語では名詞の「重量」表現が自然である。

3.他動詞のweighは英語では受動態表現が、日本語では主語を隠した能動態表現が自然である。

4.weightは「重みをつける」という意味の他動詞である。

 

技術翻訳としての特許翻訳 第12回

第12回 二重ダマシン
 

米国公開特許20040029494号(対応日本特許:特開2004-79992)はchemical mechanical polishing(CMP = 化学機械研磨)に関するものであるが、その中に、dual damascene integration(デュアルダマシン集積)という半導体プロセスに特有の語が出てくる。

The use of low k dielectric films such as carbon-doped oxides or organic films in dual damascene integration has added a further challenge to the post-CMP cleaning in which only aqueous-based chemistries are used.(デュアルダマシン集積における炭素ドープ酸化物フィルムまたは有機フィルムのような低誘電率誘電体フィルムを用いると、水系化学反応のみを用いるCMPの洗浄がさらに困難になる。[注]公開公報の訳は若干精度に欠けるので、適宜修正を加えてある。)

これら2つの語には技術的に関連がある。特に、「デュアルダマシン(二重ダマシン)」は、今でこそ半導体プロセスでは一般的に使用されているが、それ以外の分野では使用されない特殊な語である。これらの技術を正しく理解しておくと、半導体プロセスの特許を翻訳する場合に、その特許の本質を素早く理解できる。そこで、今月はこれらの語の技術的意味について説明する。

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化学機械研磨(chemical mechanical polishing)は、化学機械平坦化(chemical mechanical planarization)とも呼ばれるが、研磨剤(砥粒)自体が有する表面化学作用または研磨液に含まれる化学成分の作用により、研磨剤と研磨対象物の相対運動による機械的研磨(表面除去)効果を増大させ、高速かつ平滑な研磨面を得る技術である(ウィキペディア)。例えば、特開2001-203178には、右に示す図で化学機械研磨が説明されている。この中で、銀イオンが化学研磨に寄与し、スラリーの中に含まれる微粒子が機械研磨に寄与している。

半導体の集積化(微細化)が進むにつれて、従来の方法で形成した薄膜を直接パターニングする方法は限界に来ていた。さらに、配線層を多層化するために、形成した薄膜表面を平坦化する必要が生じた。そこで開発されたのがCMP技術である。

ウィキペディアによると、「CMPが製造工程に取り入れられた当初は、LSIはアルミとシリコン酸化膜で製造されていたため、製造上の歩留まり向上に有効である先端LSIデバイス(CPUやASIC)などの一部分への応用に限られていたが、高クロック化に伴って配線間遅延が問題となり、銅ダマシンプロセスが利用されるようになってからは、不可欠なプロセスの一つとなっている。」とある。つまり、銅ダマシンプロセスの開発によって、CMPの用途が広がったことになる。

そこで、次にダマシンプロセスについて説明する。ダマシンは、絶縁膜面の配線予定部分に溝及び穴を掘って、その溝に電気メッキあるいは物理蒸着法などで金属銅を埋め込む技術である。金属銅を埋め込む際に溝や穴以外の部分にも銅が付着するが、これを先ほどのCMPによって除去する。銅はエッチングなどの旧来の技術ではうまく除去できなかったのだが、ダマシン法の開発とCMPの組み合わせで配線層の形成が可能になった。ちなみに、ダマシン法は1997年にIBMで開発された比較的新しい技術であるが、瞬く間に半導体プロセスに応用されて現在に至っている。

デュアルダマシン(dual damascene)法は加工対象の層間絶縁膜にコンタクトホールとトレンチパターンを含むデュアルダマシンパターンを形成し、このパターンに一度に銅などの配線を埋め込む方法である。通常は、1回目のリソグラフィ工程とドライエッチング工程で、加工対象膜にコンタクトホールを形成し、2回目のリソグラフィ工程で加工対象膜にトレンチパターンを形成する。工程短縮とコスト削減のために、2回のリソグラフィ工程でレジストパターンに段差構造を形成し、1回のドライエッチングでデュアルダマシンパターンを形成する方法もある。

デュアルダマシン法をより詳しく理解するために、その一例を特表2001-516146 (WO99/09593の対応特許)から紹介する。

パターン化された導電性領域46の表面44の上方に誘電体層42を従来法で形成する。(FIG. 2A)

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バイア48/ワイヤ50輪郭内の表面を含む露出表面上にバリヤ層54を堆積する。(FIG. 2B)

バイア48が銅プラグ60によって完全に充填されるまでバリヤ層54上に銅層55をCVDで形成する。(FIG. 2C)

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CVD銅層の上方に銅層62を物理的気相堆積し、ワイヤ輪郭50を充填する。(FIG. 2D)

CMPで銅62、バリヤ材料54および誘電体42が構造体の頂部から除去し、頂部を平坦化する。(FIG. 2E)

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気になるのは「ダマシン」という用語である。
半導体用語辞典https://ten-navi.com/semiconductor/dictionary/ta/103.htmlには、ダマシン法の説明の中で、「絶縁層に微細な金属配線層を埋め込む象嵌(damascene)的手法からこの名前がつきました」とある。もう少し詳しく説明すると、昔ダマスカスでは金属・象牙・木材などに模様や文字を刻み込み、そこに金や銀などの他の材料をはめ込む、象嵌(ぞうがん)と称される技術が行われていた。この技術はシルクロード経由で飛鳥時代に日本に伝わり、日本の工芸技術に活かされて現在に至っている。上記の半導体プロセスで、ビアホールやトレンチ(溝)を刻み、銅で埋める手法はこの象嵌とそっくりなのでdamascene法と名付けられた。インターネットでdamasceneあるいは象嵌で画像検索するとそれぞれ西洋と日本の工芸技術に触れることができる。特殊な世界の技術だと思っていたら、実は身近にあるものにも使われていた技術なのである。

FIG. 2Cの説明で銅プラグ60(copper plug 60)とある。名詞のplugはここでは穴の詰め物を意味する。FIG. 2Bではこの箇所はバイア48(via 48)となっている。これはビアホール(via hole)と同義だが、ここを埋めるとプラグという名称に変わる。日本の特許明細書ではバイアとプラグの区別が付いていないものが多いので注意が必要である[参考文献2]。具体的には、既に金属が埋め込まれた状態を「ビアホール」あるいは「バイア」と呼んでいるので、これを「プラグ」と読み替えて翻訳しなければならない。

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半導体の特許にはビアホール以外にスルーホール(through-hole)という用語も存在する。スルーホールは最上層から最下層まで完全に貫通する穴のことで、それ以外の穴はビアホールという。ビアホールには片方が表面にでているblind viaと層内に埋め込まれたburied viaの2種類がある。

 

<参考文献>

1.Muhammad Khan, Min Sung Kim, "Damascene Process and Chemical Mechanical Planarization"
   http://www.ece.umd.edu/class/enee416/GroupActivities/Damascene%20Presentation.pdf

2.鈴木壯兵衛「日米欧三極共通出願時代の特許クレームドラフティング」森北出版株式会社

技術翻訳としての特許翻訳 第11回

第11回 米国特許訴訟の実例から技術の本質を学ぶ
 

訴訟社会における米国では、毎年1000件を超える特許侵害訴訟が連邦地方裁判所に提起され、このうち約100件が事実審理にかけられるといわれている。残りの案件は、様々な理由から却下されるか、和解に持ち込まれる。地裁の判決の相当数が連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit = CAFC)に控訴される。CAFCは日本の知財高裁のような役割を果たす専門裁判所である。毎年、連邦巡回控訴裁判所は、地方裁判所からの100 件を超える控訴に決定を下す。CAFCで下された判決のうち、50%以上が最終的に特許権を有効とする、すなわち侵害を認定しているといわれている。この数値をどう読むかは意見の分かれるところだが、半数未満とはいえ相当数の権利が非侵害と認定されていることに注目すべきである。判決に持ち込まれた事例は、いずれもどちらに転んでも仕方のないようなきわどいケースが非常に多い。さらに、判決文を読んでも、なぜそのような判決に至ったのかが必ずしも明確でないものもある。

今回は、過去に話題となった事件の経緯を通じて、技術の本質を追究することにする。不明確な文章から技術の本質を探り出す技術は翻訳者にとって不可欠だからである。


《事件の経緯》

Chef Americaはパン生地製品の製法に関する米国特許4,761,290号 ('290 patent")を所有していた。Chef America(原告) はLamb-Weston, Inc.(被告)を特許侵害で訴えた。
争点となったクレームは下記の通りである。

1. A process for producing a dough product which is convertible upon finish cooking by baking or exposure to microwaves in the presence of a microwave susceptor into a cooked dough product having a light, flaky, crispy texture, which comprises the steps of:
     providing a dough;
     applying a layer of shortening flakes to at least one side of said dough;
     coating a light batter to a thickness in the range of about 0.001 inch to 0.125 inch over said at least one side of said dough to which said shortening flakes have been applied;
      heating the resulting batter-coated dough to a temperature in the range of about 400°F to 850°F for a period of time ranging from about 10 seconds to 5 minutes to first set said batter and then subsequently melt said shortening flakes, whereby air cells are formed in said batter and the surface of said dough; and
      cooling the resulting dough product.

このクレームの下線で示した部分、特に前置詞の"to" の部分が問題となった。そこで、この部分の日本語訳を示す。

その結果得られた衣塗布生地を約200から約450の範囲の温度10秒から約5分の範囲の時間加熱し、まず前記衣を固定し、次いで前記ショートニング顆粒を溶かす工程
(注:温度は、読者の便宜を図って摂氏に換算してある)

Lamb-Westonは、"heating" という限定が、オーブンの設定温度ではなくて、パン生地(the dough)の温度にかかっているので、自社製品はこの特許を侵害していないと主張した。Lamb-Westonの言い分によれば、パン生地をこの温度に加熱すると生地は黒焦げになるという。地裁は被告の言い分を認め非侵害の判決を下した。

原告のChef Americaは連邦巡回裁判所に控訴した。控訴審で原告(控訴人)は、上記クレームは"heating the resulting batter-coated dough at a temperature in the range of about 400°F to 850°F " と解釈されるべきであると主張した。すなわち、加熱要件は、熱が発生する場所(oven)に対して適用されるべきであって、加熱される物(dough)自体に適用されるべきではないというものである。

つまり、Chef America は、“to”が“at”を意味すると解釈されるべき点を争点とした。なぜなら、このように解釈しなければ、特許発明に係るプロセスは特許権者が意図する機能を果たさないからである。パン生地がクレームされた温度まで加熱されたと仮定したら、パン生地は燃えてしまうことになる。
 

これに対して連邦巡回裁判所は次のような判断を下した。実施可能となるようにするためであっても、有効性を維持するためであっても、裁判所はクレームを改訂してはならない。クレームが一つの構成のみに影響を受け易い場合、裁判所は、特許権者が規定したクレームに基づいてクレームを解釈しなければならない。本件の場合、クレームは、明らかにパン生地が規定温度まで加熱されることを必要としている。加熱対象が、パン生地ではなくて、熱が発生するオーブン内の空気であることを示唆する記載は皆無である。事実、クレームは、オーブンを文言していない。本件においてクレームの意味するところは明白である。特許権者は、クレーム補正において"at"ではなくて"to" を選択したが、この"to" が "at"を意味することをサポートするものは何もない。それゆえ、Lamb-Westonが本件特許を侵害していないとの地裁の判決を支持する。

つまり、この判決文には2つのことが含まれている。まず、権利侵害の裁判の席でクレームの文言を補正することはできないということと、"to"がオーブン温度を支持する記載がないのでパン生地の温度であると認定していることにある。

なお、明細書には次のような記述が見られる。

The baking step, which is the next step in the process, takes place in a suitable oven, preferably a convection oven in which heated air is circulated. Baking results first in setting the batter and then melting the shortening flakes. This sequence of steps can be accomplished by quickly heating to a temperature in the range of about 400 degrees F. to 850 degrees F. for a period of time ranging from about 10 seconds to 5 minutes depending upon the type of dough product being processed and the temperature at which the dough is introduced into the oven. Typically, the dough, when introduced into the oven, may be at a temperature within the range of about 65.degree. F. to 90.degree. F. depending on whether yeast raised dough, chemically leavened dough or unleavened dough is employed.

裁判所が問題にしたのはこのパラグラフにおける "at"と"to" の使い分けにある。オーブンに生地を導入するところでは"at"を使用しており、これはオーブンの温度という解釈で、"to" のところは生地の加熱温度と解釈した。「同じ用語には同じ意味」、「異なる用語には異なる意味」を徹底した解釈と言える。

なお、本判決に関しては、日本語のウェブページにも論評がある1)

ところで、このクレームにおいて、"to" が最初から "at"であったとしてもオーブン温度であると言い切れるかどうか疑義が残る、というのは、 "at"はdoughにかかっていてオーブンの温度を直接表現していないからである。判決も述べているように、クレームにはovenという語は一度も出ていないことが大問題でなのである。こういう場合は、at an oven temperatureと書くのが技術的に正しい書き方である。at an oven temperatureとすればまったく問題なかったし、to an oven temperatureであっても恐らく問題にならなかったと思われる。

しかし、技術的には、特許されたクレームのheating the resulting batter-coated dough to a temperature in the range of about 400°F to 850°F for a period of time ranging from about 10 seconds to 5 minutesは非論理的な表現である。生地かオーブンかのいずれであっても「約200℃から約450℃の範囲の温度10秒から5分間加熱する」は解釈に苦しむ表現である。次のように、技術的に正確な表現にすれば、この問題を解決することができる。

heating the resulting batter-coated dough in an oven maintained at a temperature in the range of about 400°F to 850°F for a period of time ranging from about 10 seconds to 5 minutes

この訳で、heatingはmaintainingあるいはkeepingでもよい。

私たちが、日常トースターやオーブンでパンを焼くときに、マニュアルに書かれている設定温度がどこの温度かを意識することはないのではなかろうか?そのような状態で、このようなクレームが起草され、発明者や代理人、さらには審査官も何ら疑問を持つことなく権利化されてしまったのが実情である。特許が成立して、権利者は意気揚々として、提訴したところ、有能な被告弁護士により、思いも掛けない強烈なカウンターパンチを食らって、無残にも敗訴となった。この事件は、権利行使に耐えるクレーム表現は何かを、技術の本質と絡めて思考する力が英文クレームの作成に不可欠であることを物語っている。翻訳者は、書かれている言葉を盲目的に信じるのではなく、そこに隠された技術の本質を知ることが重要である。
 

=参考文献=

  1. 「特許英語の難しさ・怖さ-“たかが前置詞、されど前置詞”」(木村進一)
      http://skimura21.exblog.jp/8316586

違いが分かる技術用語・特許用語(11)

17. doseとdosage
 

 これらの語は医薬分野では投薬に関する用語として頻繁に使用されている。

 一口に言うと、doseは医薬の一回の投与量を意味し、dosageは投与の量、頻度、あるいは継続期間を決定することを意味する。これら2つの語の違いは分かりにくいが、https://www.enago.jp/academy/dosage-dose/では、違いを次のような用例で区別してる。

The patient has two more doses remaining in the prescribed dosage.(患者は処方された服用量内であと2回分残っている。)

 これら2つの用語に対応する日本語は錯綜している。例えば、英辞郎では、dose薬の一服一回分となっている。さらに、熟語を見ると、dosage adjustmentを「用量(投与量)の調節」、dose dependenceを「用量依存性」というぐあいに「用量」という語が広く使用されている。これに対してdosage薬などの用量投薬量調剤となっている。熟語にはdosage dependence用量依存性)、optimal dosage最適用量)など、やはり「用量」となっているものが多くある。これらの事実から、特に日本語の「用量」は文脈に応じてdoseとdosageのどちらを選択すべきかを判断する必要がある。

 以下に、英日翻訳におけるdosedosageの訳し分けがどのようになっているかを検討する。

【用例1】In the case in which the ultrarapid acting insulin is provided in form that does not allow an exact match to the current dosage one can round down or round to the nearest (that is up or down) dose of the ultrarapid acting insulin to use as the initial dose. (WO2010/021879)

公表公報の訳:超速効型インスリンが現行の用量と完全な一致ができない形で供給される場合には、初回用量として用いる超速効型インスリンの用量に最も近くなるように切捨てまたは四捨五入(つまり増減)する。(特表2012-500201)

 用例1では、dosedosageも「用量」と訳されているが、current dosageを「現行の投与量」として区別した方がよい。


【用例2】The dosage forms provide a substantially immediate dose of methylphenidate upon ingestion, followed by one or more additional doses at predetermined times. By providing such a drug release profile, the dosage forms eliminate the need for a patient to carry and additional dose for ingestion during the day. The dosage forms and methods provided are useful in administering methylphenidate and pharmaceutically acceptable salts thereof, which generally require one or more doses throughout the day. (WO1999/003471)

公表公報の訳:それらの投薬剤形は摂取時に実質的に即時の服用量のメチルフェニデートを提供し、続いて、前もって決定された時間に1回以上の追加服用量を提供する。そのような薬物放出特性を提供することにより、それらの投薬剤形は患者が1日の間に摂取のための追加服用量を携帯する必要を省く。提供される投薬剤形及び方法は通例1日を通して1回以上の服用量を必要とするメチルフェニデート及びその製薬学的に許容しうる塩類の投与に有用である。(特表2002-510318改)
 

【用例3】The dosage regimen in carrying out the method of this invention is that which insures maximum therapeutic response until improvement is obtained and thereafter the minimum effective level which gives relief. (WO2003/039528)

公表公報の訳:本発明の方法を実施するための投与計画は、改善が得られるまでは最大限の治療応答を保証するものであり、ついで緩解を与える最低限の有効レベルである。(特表2005-511590改)]


【用例4】The containers employed can depend on the exact dosage form involved, for example a conventional cardboard box would not generally be used to hold a liquid suspension. (WO2003/011282)

公表公報の訳:使用される容器はそれと関連する正確な投与形態により決めることができる。例えば、在来型の段ボール箱は一般に液体懸濁物を入れるのには使用されない。(特表2005-504032改)]

 放射線の分野ではdosedosageは「線量」と呼ばれており、前者は「一回の線量」、後者は放射線の「被曝量」あるいは「吸収量」の意味で使用される。


【用例5】A dosage of radiation sufficient to ensure sterilization without damaging the object is determined by determining the bioburden upon one or more samples of the objects, determining an estimate of the dose that results in a probability of 0.01 of a surviving microorganism by testing a quantity of samples of the objects at varying dosage levels of radiation, confirming the estimate by testing a quantity of samples of the objects at the dose that was estimated; and calculating a dosage for the sterility assurance level of 10-6 by adding a factor to the dose that was confirmed to result in a probability of 0.01 of a surviving microorganism and wherein the factor is proportional to the dose that yields a probability of 0.01 of a surviving microorganism and inversely proportional to a log of the bioburden. (WO2008/154209)

公表公報の訳:対象物に損傷を与えずに殺菌を確実にするのに十分な放射線線量は、対象物の1つ以上の試料に関するバイオバーデンを決定する工程と、異なる放射線量水準で前記対象物のある量の試料を試験することで残存微生物の確率が0.01になる線量の推定値を決定する工程と、推定された前記線量で対象物のある量の試料を試験することで推定値を確認する工程と、残存微生物の確率が0.01になることが確認された線量に係数を加えることにより、10-6の無菌性保証レベルに対する放射線量を計算する工程により決定され、前記係数は、残存微生物の確率が0.01になる線量に比例し、かつバイオバーデンのlogに反比例する。(特表2010-528771改)

 用例5では、doseは「線量」、dosageは「放射線量」と訳し分けられているが、doseは「一回あたりの線量」、dosageは「総線量」の意味で使用されている。なおbioburdenは試料に混入している汚染微生物の数を意味する技術用語である。
 

 次に、日本語明細書の英訳例を示す。

【課題1】好ましい用量プロトコルは、重大な望まれない副作用を避ける最大用量または投薬頻度を含むものである。
訳例:A preferred dosage protocol involves a maximum dosage or administration frequency to avoid serious adverse side effects.

【課題2】全体の週用量は少なくとも約0.05μg/kg体重である。
訳例:The total dosage per body weight is at least about 0.05 μg/kg.

課題1と2は、投薬の頻度あるいは割合を述べているのでdoseではなくdosageが正しい。

【課題3】医薬組成物は、その投与経路に応じて適宜剤形することができる
訳例:The pharmaceutical composition may be provided in any dosage form depending on the administration route.

 

=まとめ=

  1. doseは1回の投与量を表す語である。
  2. dosageは投薬の頻度を表す語である。
  3. 日英翻訳ではdosageの方が使用頻度が高い。

技術翻訳としての特許翻訳 第10回

第10回 技術を意識した翻訳

 私の仕事は主に他の人の行った特許翻訳をチェックすることである。チェックをしていて非常に気になることは、原語の技術的意味を理解せずにただ字面で目的語に訳す翻訳が多いということである。以下に、「レーザーアブレーション」に関する特許の原文(日本語)と対応する英文を示し、問題点とその改善策について説明する。

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【例1】:容器11は上面が開口された、断面が略矩形の容器である。容器11の開口部には平板状の蓋体12が

装着される。容器11の上端面と蓋体12の周縁部との間には、リング状パッキン(図示省略)が介装されており、
両者を密着できる構造になっている。

《目にした訳例》:The vessel 11 has an opening portion at an upper surface thereof, and has an approximately rectangular-shape in section. The opening portion of the vessel 11 is equipped with the plate-shaped cover
body (lid) 12. A ring-shaped packing (illustration abbreviation) is interposed between the upper end surface
of the vessel 11 and the peripheral portion of the cover body 12, thereby to form a structure in which both the
cover body 12 and the vessel 11 are closely contact to each other. (82 words)

 

 この訳例は非常にまずいが、その原因は日本語の不正確さにある。まず第1文で、「上面が開口された」とあるが、図から明らかなように、容器には上面自体が存在しない。「上部(または頂部)が開口された」とすべきである。容器は、底部、側部、および上部(頂部)で構成されるが、この例のように「上部」の存在しないものもある。存在しない上部に、上面はあり得ないので、訳例の表現"an opening portion at an upper surface thereof"は意味不明である。 従って、読者はこの図でupper surfaceの位置を特定することができない。間違った日本語がそのまま訳されているので、結果的に意味が通じないことになる。第2文は意味が通じるがthe plate-shaped cover body (lid) 12が冗長の極みである。単に"a flat lid 12"でよい。第3文も非常に冗長である。日本語のすべての単語を逐一訳していることが原因である。全体として、単語を拾って並べただけの翻訳で、読者に何を訴えたいかがこの英文から伝わってこない。 

 筆者はこの事例を目にしたときに、容器の上面図が見たくなったが、残念ながらこの特許には上面図が掲載されていない。「リング状パッキン」と言う表現は、この容器は箱形ではなく円筒形であることを示唆しているので、それを確かめたかったからである。以上を踏まえて、修正訳例を下に示す。

《日本語の書き換え》:(円筒形の)容器11は実質的に矩形の断面を持っており、その上部は開口されている。容器11は平板状の蓋12で覆われている。容器11の上端面と蓋12の周縁部との間には、リング状パッキン(図示省略)が配置されており、両者を密着している。

《修正訳例》:The (cylindrical) vessel 11 has a substantially rectangular cross-section and its top is open.  The vessel 11 is covered with a flat lid 12.  An annular sealant (not shown in the drawing) is disposed between the top end of the vessel 11 and periphery of the lid 12.  The vessel 11 can thereby be in tight contact with the lid 12. (60/61 words)

 

【例2】:容器11内には液体31が貯留され、液体31中にはターゲット32が浸漬されている。容器11及び蓋体12の材質等は特に制限されず、ポリプロピレン等の合成樹脂製で構成できるし、ガラス製でも良い。

《目にした訳例》:The liquid 31 is stored in the vessel 11 and the target is immersed into the liquid 31. A material for constituting the vessel 11 and the cover body 12 is not particularly limited. However, a synthetic resin such as polypropylene or the like can be used. Further, glass may also be sufficiently used as the material.
(57 words)

 この例では、第1文の主語と動詞の選定が間違っている。古い情報を主語にするという原則からはvessel 11を主語にすべきである。日本語の「貯留」は「貯めること」を意味するが、この技術では水を「貯める」のではなく「水が入っている」のである。日本語の2文目が英語では3文に分けられているが、必然性がない。最後の文の "sufficiently used" は何が言いたいのか全く伝わってこない。successfullyにすれば意味は通じるが、この文自体独立させる意義がない。

《日本語の書き換え》:容器11の底にはターゲット32が置かれ、液体31が入っている。容器11及び蓋体12は任意の材料、例えば、ポリプロピレンのような合成樹脂あるいはガラスでできている。

《修正訳例》:The vessel 11 contains a target 32 on the bottom and is filled with liquid 31.  The vessel 11 and the lid 12 may be made of any material, for example, a synthetic resin, such as polypropylene, or glass. (39 words)

 

【例3】:集光レンズ31によって集束されたレーザー光Lは、ほぼその焦点位置で液体31中のターゲット32の表面に照射されるように構成している。

《目にした訳例》:The laser light L which is focused by the focusing lens 23 is configured so as to be irradiated to a surface of the target 32 arranged in the liquid 31 at almost a focal point position of the laser light L. (42 words)

 ここも、日本語のくどさがそのまま英語に置き換えられているが、irradiatedの主語がlightになっているという致命的な間違いを犯している。The target is irradiated with the laser lightは正しいが、The laser light is irradiated to the targetは誤用である。この翻訳者は基本的なことが理解できていない。

《日本語の書き換え》:レーザー光Lは集光レンズ31によって液体31中のターゲット32の表面に実質的に集光させる。

《修正訳例》:The laser light L is substantially focused by a collective lens 23 onto a surface of the target 32 in the liquid 31. (23 words)

 

【例4】:なお、図1に示す液相レーザーアブレーション装置では、ターゲット32を容器11の底面に水平に配置しているが、照射されたレーザー光Lがターゲット32の平面に対して略垂直に照射されるように、ターゲット32を傾斜させて配置しても良い。

《目にした訳例》:In this connection, in the liquid phase laser ablation apparatus shown in FIG. 1, although the target 32 is horizontally positioned on a bottom surface of the vessel 11, the target 32 may also be obliquely arranged so that the irradiated laser light L is perpendicularly irradiated to a plane surface of the target 32 from an almost vertical direction with respect to the plane surface of the target 32. (70 words)

 文頭の「なお」がin this connectionと訳されているが、特に意味を持つ語でないので訳す必要はない。Although構文を使用しているが、独立した文にする方が読みやすい。日本語は「水平に配置」、「傾斜させて配置」となっており、英文でもpositionやarrangeが使用されているが、これらの語を使用しない表現の工夫が求められる。

《日本語の書き換え》:図1に示す液相レーザーアブレーション装置では、ターゲット32を容器11の底面に水平に配置しているが、レーザー光Lがターゲット32の面に対して実質的に垂直にあたるように、ターゲット32を傾斜させてもよい。

《修正訳例》:In the liquid-phase laser ablation device shown in FIG. 1, the target 32 lies on a bottom face of the vessel 11.  Alternatively, the target 32 may be tilted such that the laser light L substantially perpendiculaly impinges on the surface of the target 32. (45 words)
 

 以上のように、技術内容を正しく理解すると正確・簡潔・明瞭な英文に仕上げることができる。

 ここで、光の進行に関する基本的表現をまとめておく。

The light is incident on a medium.(光は媒体に入射する)
The light impinges on a mirror. (光は鏡に当たる)
The light travels/propagates/passes through the midium(光は媒体中を進む)
The light exits the slab. (光は薄板から出る/出射する)
Glass transmits light. (ガラスは光を通す)

光に関する技術翻訳では、これらの基本的表現が欠かせない。

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