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特許翻訳トランスプライムコラム

違いが分かる技術用語・特許用語(4)

4      Inject (injection)eject (ejection)

 語形から容易に推測できるように、この2つの英単語は、先月紹介したsubjectとobjectの仲間である。

 まず、injectは接頭語のin-(中に)に接尾語のject(投げる)がついたもので、物体をある閉鎖系の中に勢いよく入れるという意味を持っている。一方のejectは接頭語のe-(から外に)にjectがついたもので、閉鎖系からある物体を勢いよく出すという意味を持っている。

 これらの語に対応する日本語は、injectに対しては「~を注入する」あるいは「~を注射する」が本来の英語の意味を正しく反映している。一方のejectに対しては「放出する」、「取り出す」などの用語があてはめられているが、筆者にはもう一つピンとこない。飛行機などからパイロットを「脱出させる」という意味でも使用されているが、これは本来の英語の意味をよく反映している。

 これらの動詞の名詞形は、injectionとejectionである。勢いよく入れるか出す行為を示す名詞であることは言うまでもない。まず、injectionの日本語は「注射」あるいは「注入」が挙げられる。これらの日本語は問題ないが、樹脂加工分野では「射出」という日本語があてはめられている。射出成形では、溶融した樹脂をノズルからモールド(これが閉鎖系である)に勢いよく注入するので、本来は、「射出」ではなく「射入」でなければならない。この分野で日本語を決めた人は、ノズルから勢いよく樹脂がでる状況を踏まえてあえて「射出」としたのが実情である。このように英語と日本語では、同じ現象を異なる観点で表現することがあるので注意が必要である。

 これに対して、ejectionの日本語として使用されている「噴出」あるいは「追い出し」は、勢いあるいは強制力が感じられるが、「排出」あるいは「放出」には必ずしもそういう意味はない。昔のカセットレコーダーのejection buttonを押すと、ぽんとカセットが飛び出してきたが、これがejectionの典型的な用法だが、日本語は「取り出しボタン」で勢いが感じられない。さらに、分野によっては「出射」が使用されることもある。これは、injection「射出」と識別できるので許容できる。ところが、ejectionも「射出」と訳されている例を見ると考え込んでしまう。本来はejectionがこの意味で、injectionは先ほども述べたとおり「射入」なのだが、樹脂成形で「射出」が頻繁に使用され、一方のejectionに対する「射出」はそれほど使用されていないので、こちらが誤りのように思えてしまう。何とも悩ましい話である。

 

用例1.      The systems include a restriction element (35) that reduces the backflow of polymer melt in an extruder while polymeric material is injected into a mold (37) or ejected from a die. The restriction element is positioned upstream of a blowing agent injection port (54) to maintain the solution of polymer and blowing agent in the extruder above a minimum pressure throughout an injection or ejection cycle, and preferably above the critical pressure required for the maintenance of a single-phase solution of polymer and blowing agent. The systems can be used in injection molding, blow molding, or in any other processing techniques that include injection or ejection cycles. In some embodiments, the systems utilize reciprocating screws for injection or ejection. In other embodiments, the systems include an accumulator connected to an outlet of the extruder, in which a plunger moves to inject  polymeric material into a mold or eject polymeric material from a die.  (WO2000/059702)[本発明のシステムは、ポリマー物質が金型(37)射出すなわちダイから排出されている間に、押出機中のポリマー溶融物逆流を抑える制限部材(35)を含む。制限部材は発泡剤射出(54)より上流に配置されていて、押出機内のポリマーと発泡剤との溶液を、射出サイクルすなわち排出サイクル全体にわたって最小圧力より高い圧力、かつ好ましくはポリマーと発泡剤との単相溶液を保持するのに必要な臨界圧力より高い圧力に保持する。本発明のシステムは、射出成形、吹込成形、あるいは射出サイクルすなわち排出サイクルを含他のあらゆる処理方法使用することができる。幾つかの実施態様においては、本発明のシステムは射出すなわち排出のために往復運動スクリューを使用する。他の実施態様においては、本発明のシステムは、押出機の出口に連結したアキュムレータを含み、アキュムレータ内をプランジャーが移動して、ポリマー物質を金型中に射出、すなわちポリマー物質をダイから排出させる。(特表2002-540979)下線部は筆者による修正]

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 用例1は射出成形のメカニズムを述べている。金型(37)には溶液が注入されるのでinjectedが使用されている。訳は辞書に従って「射出(され)」となっている。溶液はダイ(70)から吐出されるのでejectedが使用されている。訳は「排出(され)」となっている。この2つの動作は、同じ物を金型から見るかダイから見るかの観点の違いで説明されているので、orは「または」でなく「すなわち」と訳さなければならない(原訳は「または」になっている)。「射出成形」が定訳であるにしても、「射出」と「排出」は区別が付きにくい。動詞のinjectは「注入」でよいと思うのは筆者だけだろうか?

 

用例2.      The injector plate 21 and the injector piston 20 contain a recess 26 to provide clearance to house an ejector cylinder 27 that is mounted via standoffs 28 to the moving platen 12. The ejector cylinder 27 contains an ejector piston 29 that is mounted on an ejector plate 30, to which is mounted an ejector rod 31 that passes through a hole 53 in the moving platen 12 and a hole 44 in the core half of the mold 23, to eject the molded part 32 off the mold core (as shown in Figure 3). (WO2006/063433)[インジェクタプレート21及びインジェクタピストン20は、スタンドオフ28を介して可動プラテン12に取り付けられるエジェクタシリンダ27を収容するクリアランスを与えるリセス26を含む。エジェクタシリンダ27は、エジェクタプレート30に取り付けられるエジェクタピストン29を収容し、エジェクタプレート30には、可動プラテン12内の穴53及び金型23のコア半体の穴44を通るエジェクタロッド31が取り付けられ、それにより、成形品32を金型コア(図3に示す)から突き出す。(特表2008-529824)]

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用例3.      The configuration is such that the injector plate 21 and the ejector plate 30 can be operated independently of each other at the appropriate time in the molding cycle to respectively effect injection of the material and ejection of the part, as will be described below. (WO2006/063433)[この構成は、以下に説明するように、インジェクタプレート21及びエジェクタプレート30が成形サイクル中に適宜互いとは独立して動作して、材料の射出及び成形品の突出しをそれぞれ行うことができるようになっている。(特表2008-529824)]

 

 用例2と3は同じ特許からの引用だが、injector plateとejector plateがカタカナ語になっている。前者を(材料の)「注入板」、後者を(成形品の)「取り出し板」とした方が分かりやすい。「突き出し」も「取り出し」の方が自然である。

 

用例4.      A hypodennic injection system particularly for use in mass immunizations having a handpiece (14) with a grasping mechanism (172) for holding ampules (21) filled with injectate, a plunger (15) for driving into the ampule (21) to discharge the injectate in an injection process, an injection spring mechanism (152) for driving the plunger (15), a motor (19) and/or manual mechanism for cocking the injection spring mechanism (152), and an ampule ejection mechanism (170) for ejecting ampules (21) after use under control of a release mechanism. Ampules (21) can be loaded, used and ejected without contact by the user of the system or the patient being injected. Also disclosed are a filling station (990) for filling ampules (21) through their injection orifices, and an arming device (48) for setting the injection spring (152). Ampules (21) are disclosed having a piston (718) which is drivable towards an orifice to discharge injectate through the orifice. Ampules (21) are also disclosed having enlarged proximal portions (717) for easy grasping by the grasping mechanism (172) of the injector (400). (WO2003/015846)[特に大量の予防接種において使用される皮下注射システムであって、注射液で満たされたアンプル(21)を保持するための把持機構(172)と、注射工程において注射液放出させるためアンプル(21)内へと駆動されるプランジャ(15)と、プランジャを駆動するための注射ばね機構(152)と、注射ばね機構(152)を蓄勢するためのモータ(19)および/または手動の機構と、解放機構の制御の下で使用後のアンプル(21)を排出するアンプル排出機構(170)とを有する手持ち用具(14)を備えている。本システムのユーザ、あるいは注射を受ける患者は、手で触れることなくアンプル(21)を装填し、使用し、排出することができる。アンプルへ(21)の注入をアンプル(21)の注射用オリフィスを通して行うための注入設備(990)、および注射ばね(152)の蓄勢を行うための蓄勢設備(48)もここに開示される。ここに開示のアンプル(21)は、オリフィスを通して注射液放出するためオリフィスに向かって駆動されるピストン(718)を有している。またここに開示のアンプル(21)は、注射器(400)の把持機構(172)で容易に把持できるよう手前側の部分(717)が大きくなっている。(特表2005-508214)]

 

 用例4はもとの図面が不鮮明なので、省略したが、注射システムに関する特許である。アンプルを「排出する」とあるが、このejectも「取り出すの方が自然である。また、dischargeを「放出」としているが、「吐出」の方がよいと思われる。

 

用例5.      A balloon for injecting material into a wall of a hollow organ of a human, comprising: an expandable balloon body having a surface and having an axis; at least one predefined ejection port on said body adapted for ejection of fluid therefrom, in a transaxial direction; and an impulse source configured for and adapted to eject material out of said point at a velocity and shape suitable for mechanically penetrating tissue adjacent said port. (WO2006/006169)[材料を人間の中空器官の壁内に注入するためのバルーンであって、表面を有しかつ軸を有する、膨張可能なバルーン本体と、流体を体軸横断方向に噴出するように適応された前記本体上の少なくとも1つの予め定められた噴出ポートと、前記ポートに隣接する組織を機械的に貫通するのに適した速度および形状で前記から材料を噴出するように構成されかつ適応されたインパルス源と、を含むバルーン。(特表2008-506447)]

 

 用例5では、ejectを「噴出」としているが、大げさである。これも「吐出」がよいと思われる。なお、下線部のpointはportの間違いで、対応する訳の「点」も「ポート」の間違いである。

 以上のように、injection (inject)とejection (eject)は同じ状態を別の観点で説明している。

          

 

違いが分かる技術用語・特許用語(3)

3    subjectobject(被写体)

 この2つの英単語は、類義語である場合と対比語である場合がある。具体的な説明の前にこれらの語の原義を説明する。

 まず、subjectは接頭語のsub-(下に)に接尾語のject(投げる)がついたもので、下の立場において制御あるいは支配するという意味を持っている。一方のobjectは接頭語のob-(に反対して)にjectがついたもので、反対に投げるという意味を持っている。

 この2つの語は撮影の「被写体」という意味で使用されている。翻訳者がしばしば迷うのは、「被写体」に対してsubjectとobjectのどちらを選ぶのがよいか、ということである。一言で言うと、subjectは被写体をテーマとしてとらえた言い方、objectは被写体をものとしてとらえた言い方のようである。インターネットでnative writersの意見を調べても、この2つの用語の使い分けは必ずしも明確ではない。強いて言えば、subjectは人や生物に対して使用し、objectは無生物に対して使用するという区別があるという人もいる、ということくらいである。

 そこで、特許明細書で「被写体」がどちらの語で表現されているかを検証する。まず、subjectの用例を挙げる。

 

用例1.      The support 102 may support the sensor(s) 104 in relation to the head 110 of a subject (e.g., a medical patient).  (WO2014/165022)

 

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[支持体102は、被写体(例えば、医療患者)の頭110との関連でセンサ104を支持してもよい。(特表2016-517307改)]

 

 用例1は人の能を検査する光断層撮影システム装置に関する特許の記述である。被写体は人でありsubjectが使用されている。

 

用例2.      A live-subject verification module 21 can also be stored in the storage device 4. As will be described in more detail herein, the live-subject verification module 21 can include computer-implemented instructions for identifying live-subject portions in an image. For example, the live-subject verification module 21 can include instructions for identifying live human skin, e.g., live-skin portions, of an image that includes the live subject 1. (WO2014/133844)[生身の被写体検証モジュール21もまた、記憶装置4に保存することができる。本明細書でより詳細に説明するが、生身の被写体検証モジュール21は、画像中の生身の被写体部分を識別するためのコンピュータによって実行される命令を含むことができる。例えば、生身の被写体検証モジュール21は、生身の被写体1を含む画像の生身の人間の肌、例えば生身の肌部分を識別するための命令を含むことができる。(特表2016-514305改)]

 

 用例2は人の肌を検証しており、subjectが使用されている。

 

 次にobjectの用例を挙げる。サンプリングの数が少ないので決定的ではないが、被写体という意味ではsubjectよりはobjectの方が多い。

 

用例3.      A biconvex lens 664 receives light from the object-side lens 662, and is physically coupled to a negative meniscus lens 666, which focuses the light onto the curved surface 668.  (WO2014/204998)[両面凸レンズ664は被写体側レンズ662から光を受け取り、負のメニスカスレンズ666と物理的に結合していて、湾曲面668に集光している。(特表2016-523382改)]

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 用例3は純粋に光学系の記述で、被写体(明細書には立体的とのみ記載されている)が何であるかについては無関心である。従ってobjectが使用されている。

 

用例4.      The singular point detecting and tracking is used to identify objects such as the head and hands of an imaged individual. Such objects are usually considered highly important features for the recognition layer 116. (WO2014/143154)[特異点検出及び追跡を用いて、撮影された人物の頭部及び手のような被写体を識別する。これらの被写体は通常、認識層116にとって非常に重要な特徴と考えられる。(特表2016-513842改)]

 

 用例4は画像処理の特許である。具体的な被写体は人の特に頭部であるが、subjectではなくobjectが使用されている。

 

用例5.      This invention concerns a method of inspecting an object 6 comprising locating an object 6 on a machine vision apparatus1, attaching a light panel 10 to the object 6 to backlight a region of the object 6, obtaining an image of the region when backlit by the light panel 10 and identifying a geometric property of the object 6 from the image. (WO2014/122438)[本発明は、被写体6を検査する方法に関し、マシンビジョン装置1に被写体6を位置づけることと、被写体6の領域を後方から照らすために光パネル10を被写体6に取り付けることと、光パネル10で後方から照らされたときに前記領域の画像を取得することと、この画像から被写体6の幾何学的特性を識別することと、を含む。(特表2016-513248改)]

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 用例5はマシンビジョンで使用する装置に関するものである。マシンビジョンは、人の目の代わりに画像を認識し、位置決めや種別、計測、検査を行うシステムのことである。 製造業では電子部品や半導体、自動車、食品や医薬品などの検査工程で、デジカメやスマートカメラ、画像処理ソフトで構成されるシステムが、人間の検査者の代わりに製品検査を行う。従って被写体6は工業製品あるいは仕掛品である。

 

まとめ

1. 「被写体」に相当する英語にsubjectとobjectがある。

2. subjectとobjectの使い分けは必ずしも明確ではないが、subjectは被写体が人の場合に使用されるという説がある。ただし、この説は英英辞典などではよく確認できていない。

3. 特許明細書の事例では、subjectは人に対して使用されている。一方objectは物と人の両方に使用されている。

4. 撮影の主題として見るときはsubject、撮影の対象として見るときはobjectとするという、観点の違いで説明する人もいる。

違いが分かる技術用語・特許用語(2)

特許明細書で使用される頻度の高い類語の使い分けについて述べる。

2   factorとcoefficient(係数)

 この2つの英単語は、日本語ではどちらも「係数」と訳されている。ただし、factorは、「要因」、「因子」、「因数」、「倍数」などの日本語の意味もある。これに対して、coefficientは、数学では変数の前の係数、物理では物質に固有の係数ということで、どちらも「係数」の意味しか持っていない。

 まず、数学におけるfactorとcoefficientの違いを説明しておく。例えば、3x+4y+xyという式で、factorは1項目が2つ(3とx)、2項目が2つ(4とy)、それに3項目が3つ(1、x、およびy)ある。数式では1は省略されている。この式で、1項から3項までの数字3, 4, 1をcoefficientと呼ぶ。つまり各項のfactor(s)のうちの定数をcoefficientと呼ぶ。

 次に物理量におけるfactorとcoefficientの違いを説明する。まず、coefficientは物質に固有の性質を表す語として用いられている。例えば、coefficient of absorption(吸収係数)、coefficient of diffusion(拡散係数)、coefficient of thermal expansion(熱膨張係数)などがあげられる。coefficientを名詞で修飾する場合は上記のようにofで後から修飾するが、最近ではthermal expansion coefficientのように前置修飾も行われている。

 摩擦係数も物質に固有の性質なので、coefficient of friction(略称:COF)(これも最近ではfriction coefficientともいう)が正しいが、friction factorという言い方も見かける。これに関しては、https://www.quora.comにcoefficient of friction μ(摩擦係数)は乾燥固体のloss mechanism(損失機構)を、friction factor fD(摩擦係数)は流体のloss mechanismを意味する、とある。

 数値の増減を示すときの係数をfactorという。例えば、factorにはcalibration factor(較正係数)、correction factor(補正係数)、conversion factor(換算係数)などがあげられるが、これらはいずれも「倍率」の意味を持っている。従って、この場合のfactorは単位を持たない。

 まず、factorの用例を示す。

用例1.      A first method obtains and analyzes calibration factors (and corresponding timestamp data) for a continuous glucose sensor, and regulates entry into a closed-loop operating mode of the infusion device based on the calibration factors and timestamp data.  (WO2014/035672)[第1の方法では、連続式グルコースセンサーに対する較正係数(および対応するタイムスタンプデータ)を取得して分析し、較正係数およびタイムスタンプデータに基づき注入装置が閉ループ動作モードに入るのを調節する。(特表2015-528348改)]

 用例1で、timestampはある出来事が発生した日時・日付・時刻などを示す文字列のことである。

用例2.      The resulting, estimated fixed codebook gain is multiplied by a correction factor selected from a gain codebook to produce the quantized fixed codebook gain gc. (WO2012/109734)[その結果得られた推定固定符号帳の利得に、利得符号帳から選択された補正係数を乗算して、量子化固定符号帳の利得gcを生成する。(特表2014-509407改)]

用例3.      In step 402, the value of the mixing balance input 203 is compared to the adjusted metadata scale factor. (WO2012/039918)[ステップ402において、ミキシングバランス制御入力203の値を調節後のメタデータ倍率と比較する。(特表2013-543599改)]

用例4.      Solubilise compound(s) to 1 mg/ml using DMSO taking into account salt factors if any. The DMSO stock(s) may be used to make all calibration & quality control (QC) samples (WO2008/053194)[各化合物を、塩係数がある場合、この係数を考慮して、DMSOを用いて1mg/mlに溶解する。得られたDMSO原液を使用して全ての検量線用および品質管理(QC)用試料を調製してもよい。(特表2010-508338改)]

 用例4における、salt factorは、化合物が塩の場合に遊離状態の化合物に対して、塩を構成する酸または塩基部分の重量増加を補正するための係数を意味する。医薬特許では、遊離化合物の他に医薬的に許容される塩もクレームされることが多いが、薬効は酸あるいは塩基部分にはないので、調剤の際に重量増加分を補正する必要がある。この補正係数がsalt factorである。

用例5.      Dynamic or non-core power in the DRAM memory system 104 may be represented by Equation 1:

       Dynamic Power = kCV2f * density (1), wherein:

k = data activity factor
C = load capacitance
V = voltage
f = frequency or toggling rate
density = total capacity in gigabytes (GB).  (WO2015/061541)[DRAMメモリシステム104内の動的電力すなわち必須ではない電力は、式1によって表わすことができる。
 動的電力=kCV2f*密度 (1)、
ここで
k=データ活動係数
C=負荷キャパシタンス
V=電圧
f=周波数すなわちトグル率
密度=ギガバイト(GB)単位の総容量
である。(特表2016-538628改)]

 次にcoefficientの用例を紹介する。

用例6.      The sleeve has a high coefficient of friction compared to sleeves of the prior art. (WO2016049149)[このスリーブは先行技術のスリーブと比べて高い摩擦係数を有する。]

用例7.      The cumulative adsorptivity coefficient (Ac) is calculated using the formula
Ac = [(A - B)/A] x 100
where A represents the total amount of comb-type polycarboxylate ether polymer or polymers (PCE) added to cement slurry which is then filtered, B represents the amount of PCE remaining in the pore water obtained through filtration, and where the filtration and adsorptivity measurement is carried out at room temperature (25 degrees Celsius) using analytical equipment capable of measuring the concentration of the PCE in the pore water. (WO2015/057380)[累積吸着性係数(Ac)は次式を用いて計算する
c=[(A-B)/A]×100
Aはセメントスラリーに添加され、次に瀘過される1種以上の櫛状ポリカルボキシレートエーテルポリマー(PCE)の総量を表わし、Bは瀘過により得られた間隙水中に残留するPCEの量を表わす。瀘過と吸着性の測定は間隙水中でPCEの濃度を測定することができる分析装置を用いて室温(25℃)で実施される。(特表2016-539022改)]

 この用例では、absorptivity coefficientが使用されているが、単位が%なのでadsorption rateでもよい。ただし、adsorption rateは吸着の割合を示す以外に、「吸着速度」を表す場合もある。

用例8.      The four-process cycle provides a higher coefficient of performance than prior cycles in the crank-driven Vuilleumier heat pump and those previously disclosed for a mechatronically-driven Vuilleumier heat pump. (WO2015/077214)[この4工程サイクルは、クランク駆動ヴェルミエヒートポンプでの従来サイクルおよび機械電子駆動ヴェルミエヒートポンプに関して以前に開示されたものよりも高い成績係数を提供する。(特表2016-537603改)]

 成績係数はヒートポンプの消費電力1kwあたりの冷暖房能力(kw)を表したもので、この値が大きいほど運転効率が高い。成績係数は単位を持っていない。

これ以外の用語も「係数」と呼ばれることがある。以下にその例を挙げる。

用例9.      As an example, the increase in elastic modulus of the vitrified stromal tissue can comprise at least one of: a 10% increase of an axial modulus (wherein the axial modulus is through the cornea from anterior stroma to posterior stroma), at least a 10% increase of a shear modulus, or any combination thereof. (WO2015/073150)[一例として、ガラス化基質組織の弾性係数の増加は、軸係数の10%の増加(軸係数は、前部基質から後部基質までの角膜にまたがる)、剛性率の少なくとも10%の増加、若しくは、それらの組み合わせのうちの少なくとも一つを含み得る。(特表2016-539688改)]

 この例の、elastic modulus弾性係数)は物質の剛性(変形のしにくさ)を表す物性値のことで、弾性範囲における応力と歪みの間の比例定数を意味する。弾性率とも呼ばれる。単位はGPa(ギガパスカル)である。英語ではelastic coefficient, elastic modulus, modulus of elasticity, resilient modulusなどの呼び方がある。また、axial modulus軸弾性率)は縦応力(longitudinal stress)と一軸縦歪(uniaxial longitudinal strain)の比例定数のことで、shear modulus剛性率)はelastic modulusの一種で、せん断応力せん断歪の間の比例定数のことである。

用例10.      Referring to the Tables of aspheric constants (Tables, 1C, 2C, 3C, 4C, 5C, 6C, 7C, and 8C), the aspheric equation describing an aspherical surface may be given by:

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where Z is the sag of surface parallel to the z-axis (the z-axis and the optical axis (AX) are coincident in these example embodiments), r is the radial distance from the vertex, c is the curvature of the surface at the vertex (the reciprocal of the radius of curvature of the surface), K is the conic constant, and A, B, C, D, E, F, G, and H are the aspheric coefficients. (WO2015/065730)[非球形定数の表(表1C、2C、3C、4C、5C、6C、7C、及び8C)を参照すると、非球形表面を説明する非球形式は、以下のように提供されてもよい。

2018126141046.pngのサムネイル画像

式中、Zはz軸に平行な表面のたるみ(これらの例示的実施形態では、z軸及び光軸(AX)は一致する)、rは頂点からの半径距離、cは頂点における表面の曲率(表面の曲率半径の逆数)、Kは円錐定数、並びにA、B、C、D、E、F、G、及びHは非球形係数である。(特表2016-537689改)]

 原文のaspheric coefficientsaspheric constantsの間違いである。従って訳も「非球形定数」に統一すべきである。なお、定数は単位を持つ場合と持たない場合の両方ある。有名なプランク定数(h)は6.626070040(81)×10−34 Jsで、ジュール秒というSI単位を持っている。

 次に、日英翻訳の訳例を挙げる。

【課題1】   

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ここで、式(20)におけるWは補正値を表す。

訳例:where W represents a correction factor.

 日本語の「補正値」は明らかに「補正係数」を意味している。字句通り訳したcorrection valueは意味をなさない。

 

まとめ

1. 数学では、数式の各因数をfactorと呼び、その中の定数をcoefficientと呼ぶ。

2. 物理では、物質に固有の性質を持つパラメータをcoefficientと呼ぶ。

3. 数値の増減を示すときの係数をfactorと呼ぶ。

4. coefficientとfactorの区別の曖昧な用例もある。

5. elastic modulus(弾性係数)のように、特別な呼び方をするものもある。

6. 日本語の「係数」を訳すときは、これらの状況を加味して英語を決める必要がある。

7. 日本語には「係数」という語が使われていないときでもこれらの語がふさわしい場合がある。

違いが分かる技術用語・特許用語(1)

特許明細書で使用される頻度の高い類語の使い分けについて述べる。

1   rateとratio
 これらの語はいずれも「割合」などと訳されているので紛らわしいが、rateは普通次元を持つ量や度合いを意味する。rateをa/bで表した場合、aとbは異なる次元(単位)を持っている。
 例えば、流体のflow rateは「流速」あるいは「流量」と呼ばれるが、単位時間あたりに流れる流体の容積を意味する(例えばcm3/min)。化学反応のreaction rateは化学反応の反応物あるいは生成物に関する各成分量の時間変化率を表す物理量のことで、「反応速度」あるいは「反応率」と呼ばれる。通常は、反応速度は単位時間あたり(一般には秒単位)の反応物質濃度の減少量、または生成物質濃度の増加量で表される。
 英日翻訳で、「速度」とすべき箇所が「比率」や「割合」と訳されているケースがかなり多いので注意が必要である。
 これに対して、ratioはa:bという「比」に相当するが、aとbは同じ次元(単位)を持っていなければならない。言い換えれば、ratioは無次元(単位を持たない)の数値でなければならない。

用例1.   A method includes monitoring a variable-rate data communication channel to determine its signal-to-noise ratio, and adjusting the data transmission rate of the variable rate data communication channel based on its signal-to-noise ratio. (WO2003/075503)[(この)方法は可変レートのデータ通信チャネルの信号対ノイズ比を決定するべく可変レートデータ通信チャネルを監視する工程と、当該チャネルの信号対ノイズ比に基づいて、可変レートデータ通信チャネルのデータ伝送レートを調整する工程とを含む。(特表2006-505149改)]

 用例1で、rateは「レート」と訳されているが、「データ転送速度」のことである。インターネット回線の速度を表す単位ではMbps(1秒間に転送できるデータのメガビット数)が多く使われている。

用例2.   A colloidal dispersion for chemical mechanical polishing. The colloidal dispersion is capable of polishing a substrate comprising silicon nitride and silicon oxide with a reverse selectivity ratio of at least about 27, typically at least 50 the reverse selectivity ratio being the ratio of the rate of removal of the silicon nitride to the rate of removal of the silicon oxide. (WO2010/036358)[化学機械研磨用コロイド分散液。コロイド分散液は、少なくとも約27、典型的には少なくとも50の逆選択比で窒化ケイ素及び酸化ケイ素を含む基材を研磨することができ、逆選択比とは、酸化ケイ素の除去速度に対する窒化ケイ素の除去速度である。(特表2012-503880)]
 用例2では、2つのrate(速度)の比(ratio)が定義されている。

用例3.   While these dosages are based upon a daily administration rate, the compounds of the present invention may also be administered at other intervals, such as twice per day, twice weekly, once weekly, or once a month. (WO2010/127330)[これらの投与量は1日1回の投与に基づいているが、本発明の化合物は、1日2回、週2回、週1回、または月1回などの他の間隔で投与してもよい(特表2012-525442改)]
 この用例におけるa daily administration rateは直訳すると「毎日の投与率」だが、特表の訳はしゃれている。

用例4.   All percentages, ratios, and proportions used herein are by weight unless otherwise specified. (WO2010/127330)[本明細書で使用される全てのパーセントおよび割合は、特に明記しない限り重量によるものである。(特表2012-525442)]
 用例4における、percentageとratioについては説明を要しないが、英語のproportionと日本語の「割合」について、さらに用例を検討する。

用例5.   The hot shoe (24) is heated and expands at a greater rate than the cold shoe (28) does during operation. (WO2016/025600)[動作時に、高温シュー(24)は加熱され、低温シュー(28)よりも大きな割合で伸びる。(特表2017-529693)]
 伸び率が大きいという意味と思われるが、rateが「割合」と訳されている。

用例6.   Systems and methods are provided for determining the age of cellular hemoglobin in individual red blood cells in a blood sample by determining the percentage of HbA1c. (WO2016/040870)[HbA1cの割合を決定することによって、血液サンプル中の各赤血球の細胞ヘモグロビンの年齢を決定するシステムと方法が提供される。(特表2017-528715)]

用例7.   When included in a fabric that also contains yarn having hydrophilic properties in a manner such that a higher percentage of the hydrophobic yarn is present on the back surface of the fabric than on the front surface of the fabric, the fabric has a cooling and moisture-wicking effect. (WO2016/007830)[疎水性糸が生地の表面よりも生地の裏面により高い割合で存在するような方法で、親水性を有する糸も含む生地に含まれると、生地は冷却効果と吸水効果を有する。(特表2017-528622改)]

 用例6と7では、percentageが「割合」と訳されている。

用例8.   The proportion of hemoglobin molecules which are glycated can be used to diagnose pre-diabetes or diabetes. (WO2016/030687)[グリコシル化されたヘモグロビン分子の割合は、糖尿病前症または糖尿病を診断するために使用することができる。(特表2017-525972)]
 この用例ではproportionが使用されているが、用例6などと同じpercentageの意味と推測される。

用例9.   The ability to distinguish between sequences that differ only by one nucleotide and which may be present in very low ratios is essential for such an assay. (WO2016/032947)[1つのヌクレオチドだけが異なり、非常に低い割合で存在し得る配列を区別する能力は、このようなアッセイに不可欠である。(特表2017-525375)]
 この用例のratiosはpercentagesあるいはproportionsが適切と思われる。訳の「割合」は適切である。

用例10.   The present disclosure is directed to a method of making an optical fiber with improved bend performance, the optical fiber having a core and at least one cladding layer, and a chlorine content in the in the last layer of the at least one cladding layer that is greater than 500 ppm by weight. (WO2016/007691)[本開示は、曲げ性能が改善された光ファイバを作製する方法を対象とし、上記光ファイバは、コア及び少なくとも1つのクラッド層を有し、また上記少なくとも1つのクラッド層のうちの最後の層の塩素含有量は、重量割合で500ppm超である。(特表2017-526599)]
 この用例のppmはparts per million(百万分率)を表す単位で、by weightは「重量基準」の意味である。

まとめ
1.  rateは普通次元を持つ量や度合いを意味する。rateをa/bで表した場合、aとbは異なる次元(単位)を持っている。
2.  ratioは次元を持っていない。ratioをa/bで表した場合、aとbは同じ次元(単位)を持っている。
3.  日本語の「割合」は英語ではpercentage, proportionなどいろいろな表現が可能なので訳し分けに注意が必要である。

日英特許翻訳における直訳に関する考察

代表・倉増一の寄稿論文を以下のURLにてお読みいただけます。

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201604/jpaapatent201604_105-111.pdf

目次

1.直訳の定義

2.行き過ぎた直訳の弊害

3.PCT 条約及び日本・米国特許法の規定

4.依頼主の様々な要求

5.翻訳に関する基本的な考え方

6.直訳の範囲

7.単語レベルの直訳の範囲

 7.1.適切な訳語の選択

 7.2.日本語独特の表現の処理

 7.3.文頭の接続語句の処理

 7.4.日本語における同じ語句の繰り返し

 7.5.「等」の処理

 7.6.現場用語と非正規表現

8.終わりに

技術翻訳としての特許翻訳 第1回

第1回 英日翻訳における技術の理解(1)

 特許翻訳の業界に入って不思議に思ったことがいくつかあるが、そのうちの1つは非技術系経歴の翻訳者の数が非常に多いということである。筆者も多くの翻訳者を知っているが、やはり非技術系の翻訳者の方が多い。統計的にいえば、非技術系翻訳者の英語の方が技術系翻訳者の英語よりは優れているが、非技術系翻訳者の盲点は技術理解力にある。非技術系翻訳者の翻訳を見ていると、技術的な内容の理解が浅いと感じることがよくある。また、翻訳の相談を受けるときに、技術的な把握をよそにしてどう翻訳するかにばかり関心を寄せる人も少なくない。

 一方で、特許翻訳業界にも、技術的な観点よりは表現上の技法を優先した教え方が主流のように思われる。言うまでもなく、特許は技術思想をクレーム(特許請求の範囲)に表現するものであるから、翻訳者はその技術の裏付けをしっかりと理解していなければならない。特許は、通常公開公報の形で公になるので、第1国出願明細書と翻訳された外国出願明細書を容易に対比することができる。そのような対比を行う過程で技術的に理解度が浅いと思われる表現にであうことがよくある。

 そこで、このシリーズでは、特許翻訳も技術翻訳の一ジャンルであるという意識を高めることを目的に、具体例に基づいて考察する。

<例1>  The present invention relates to a container with telescope-type closure, e.g. a telescope-type capsule for pharmaceuticals, and in particular to a telescope-type closure with prelock and closure for fully closing the container.

【公開された訳】本発明は、入れ子式蓋を備えた容器、たとえば、薬剤用の入れ子式カプセルに関するものであり、特に、容器を完全に閉鎖するためのプリロック・閉鎖手段を備えた入れ子式蓋に関するものである。

201952015178.png

 図に示されるとおり、これは医薬品を充填するカプセルに関する記述である。太字で強調した部分を比較して間違いに気付かない人は、技術の理解ができていない人である。カプセルを工場で製造する場合、本体と蓋は別々に作られるが、2つを一緒にして、即ち、カプセルを仮止めして製剤工程に運搬される。製剤工程では、一旦蓋を取り外して中に薬の成分を充填して、今度は蓋を完全に閉める。

 ここまで説明するとprelockが「仮止め」であるということが理解できる。しかし、公開された訳では「容器を完全に閉鎖するための」が「プリロック」と「閉鎖手段」の両方にかかっている。「容器を完全に閉鎖」したら「プリロック」すなわち「仮止め」ではなくなり、簡単に蓋を外すことができなくなる。

 prelockについてはこの公報の別の箇所に次のような記載がある(括弧内は公表公報の訳)

<例2>   Moreover, it is problematic to suitably maintain the prelock condition. On the one hand, it is necessary for the capsule parts to be readily separable in the filling machine (low prelock force desired). On the other hand, the preclosed capsules must withstand the transport to the filling unit without separation of the capsule parts. This requires not only to set a specific prelock force, but also to keep the prelock force variation of individual capsules as low as possible.(さらに、プリロック状態を適切に維持することが問題である。一方、カプセル部分が充填機械で容易に分離できる必要がある(プリロック力が低いことが望ましい)。他方、予め閉じたカプセルは、カプセル部分が分離することなく充填ユニットまでの移送に耐えなければならない。これには、特殊なプリロック力を設定する必要があるばかりでなく、個々のカプセルのプリロック力変化をできるだけ低く保つことも必要である。)

<例3>   The prelock mechanism of the container consists of protrusions 20 on the hollow-cylindrical inner wall 5 of the first connection unit 3, serving in the present case also as a first prelock unit, said protrusions 20 being capable of being slid on an indentation 21 provided as taper on the cylindrically shaped outer wall of the connection unit 4, serving in the present case also as second prelock unit to thus ensure the prelock position of the two container parts. Preferably, 4 to 6 protrusions 20 are provided around the circumference of the hollow-cylindrical inner wall 5.(容器のプリロック機構は、第1連結ユニット3の中空円筒形内壁5上に設けた、本ケースでは第1プリロック・ユニットとして役立つ突起20からなる。これらの突起20は、連結ユニット4の円筒形外壁上にテーパとして設けたくぼみ21上で摺動することができ、本ケースでは第2プリロック・ユニットとして役立ち、2つの容器部分のプリロック位置を確保する。好ましくは、4ないし6つの突起が中空円筒形内壁5の円周に沿って設けてある。)

 実はこの特許は、カプセルのprelock(あえて英語で記す)機構の改良に関する特許である。prelockの機能としては、①prelockしてから薬を充填するまでの間に蓋が勝手に外れないようにすること、②薬を充填する際に蓋を外しやすくすること、③薬を充填した後、蓋をスムースかつ完全に閉めることができること、の3つがあり、上記の図と明細書の記述はその根幹部分の説明である。ここまで書けば技術的な常識のある読者はprelockがいかなるものであるかは容易に理解できるはずである。にもかかわらず、この翻訳者は誤訳をしていることが重大な問題なのである。

 この種の誤訳は始末が悪いが、かなり頻繁に遭遇する。そこで、このような誤訳をどのようにして防ぐべきかについて述べる。

 まず、prelockを安易に「プリロック」とした点にある。prelockが辞書に登録されていないためにカタカナ語をあてはめたと思われるが、これが誤訳の根本原因である。現在はカタカナ語が氾濫しており、本来の日本語があるにもかかわらずカタカナ語で済ませる安易な風潮があるが、それがこのような誤訳を招いている。接頭辞のpreは時間又は空間的な「前」を意味する。従って、「予備止め」ということになるが、それよりは「仮止め」の方がピンと来る。辞書は万能ではないので言葉の意味を正しく理解して、後は日本語の作文能力で読み手に伝わる翻訳に徹すればよい。

 第二は技術常識の欠如である。公開された訳はもっともらしいが意味の通じない文の典型例である。技術の把握の弱いあるいは無関心な翻訳者が陥りがちな訳と言える。2つの並列要素のprelockとclosureの技術的意味の違いを追求すればclosure以下の修飾語句がprelockにはかからないことは容易に理解できるはずである。英語を日本語に置き換えることに一生懸命になるとこのような結果になってしまう。

 第三に、危険予知能力の欠如である。並列要素を含む文の係り受けを間違えることによる誤訳はかなり多い。このような並列要素の後につく修飾語句がその前の要素すべてにかかるのか、直前の要素だけにかかるのかは常に気をつけないといけない。係り受けの間違いを指摘された人は、よほど注意をしないと必ず間違いを繰り返すといっても過言ではない。重点項目として自己管理を徹底する以外に解決策はない。何度も同じ間違いをする人は、プロ翻訳者としての自覚に欠けている。より客観的な見方をするなら、プロ翻訳者に向いていないといえる。

 改訂訳例をここに示す。

【改訂訳例】本発明は、入れ子式蓋を備えた容器、たとえば、薬剤用の入れ子式カプセルに関するものであり、特に、仮止め部および容器を完全に閉鎖する閉鎖部を備えた入れ子式蓋に関するものである。

 なお、細かいことをいうと、例3の部分の訳には他にも問題がある。on the hollow-cylindrical inner wall 5が「中空円筒形内壁5」と訳されているが、図面からも明らかなように「中空円筒形内壁」とすべきである。丸いものだから上下関係は存在しない。また、first prelock unitがそのまま「第1プリロック・ユニット」になっているが、これも「第1仮止め部」とした方が分かりやすい。安易なカタカナ語は読者に余分な負担を与える。

【教訓】

  1. 並列要素の修飾語句の係り受けに注意すること
  2. それには技術の正しい理解と論理が必要。時には常識がものをいう
  3. 技術的理解と適切な訳語の選定は明細書全体から判断すること(全体と部分の整合性、言い換えれば一貫性)
  4. 安易なカタカナ語は誤訳に繋がる
  5. 辞書依存型翻訳から脱却すること
  6. 翻訳文の読み直しは、技術的意味が通じているかを中心に行うこと

次のURLから本記事のPDFファイルをダウンロードできます:201892595340.pdf


 

オートコレクトを徹底的に活用する

1.はじめに

顧客から信頼される品質とスピードを保つには、翻訳は自分自身に常に投資をしなければな
りません。質の向上と翻訳能率の向上は同時に取り組むべき事柄です。

今回は、その具体策を順次紹介します。まずは、Microsoft Word にとって身近なオートコレクト機能により翻訳
能率の向上を図りましょう。

2.オートコレクトとは

オートコレクト機能は、本来 Microsoft Word における入力ミス、スペル・ミス、文法上の誤り、大文字と小文字の使い分けの間違いを自動的に検出し、修正するためのものですが、この機能を利 用して文字列、グラフィックス、記号を簡単に挿入することもできます。

3.特許翻訳におけるオートコレクトの利点

許翻訳においては、同じ用語、同じ表現が繰り返して使用されます。これらの入力にオートコレクト機能を利用することで、入力操作に要する時間が短縮されます。
短縮率は明細書のページ数や分野によって異なりますが、私(倉増)自身の経験ではオートコレクトをまったく使用しない場合に比べて25%から30%と推定されます。それ以外にも、本来のオートコレクト機能を利用して入力ミスを減らすことも可能です。

4.オートコレクトの実際

私が推奨するのは、オートコレクトを徹底的に活用することです。
何事も中途半端がよくないように、オートコレクトも中途半端に利用するとかえって能率低下になる場合があります。
オートコレクト中毒から抜け出すことができないくらいに、徹底的に利用すると能率向上と質の向上が見事に両立します。

とはいっても、使いこなすにはそれなりのノウハウと経験が必要です。
いくつかのレベルに分けて利用方法を説明します。

オートコレクトの徹底的活用方法の続きを読む(PDF、11ページ)

 

クレームにおける先行詞の欠落 ( Lack of Antecedent Basis)

大阪のセミナー(2010.2.13)でクレームの冠詞に関する議論(審査官から通常の文法ならtheのところをaに補正する拒絶理由が発せられること)の中で、受講者の方から関連するMPEPの条文をご連絡いただきました。
関連する条文は次の通りです。

2173.05(e) Lack of Antecedent Basis [R-5]
A claim is indefinite when it contains words or phrases whose meaning is unclear.The lack of clarity could arise where a claim refers to “said lever” or “thelever,” where the claim contains no earlier recitation or limitation of a leverand where it would be unclear as to what element the limitation was makingreference. Similarly, if two different levers are recited earlier in the claim,the recitation of “said lever” in the same or subsequent claim would be unclearwhere it is uncertain which of the two levers was intended. A claim which refersto “said aluminum lever,” but recites only “a lever” earlier in the claim, isindefinite because it is uncertain as to the lever to which reference is made.


この部分では、「レバー」を例にとって、クレームの不明確さを説明しています。
初出の「レバー」を said/the lever とした場合は、この限定がどの要素のことを述べているのか不明瞭ならばクレームは明確さを欠いていることになる、としています。
また、two levers を述べた後に said/the lever とすると、どちらの「レバー」を指しているのか不明になるのでやはり、クレームは不明確となる、としています。
さらに、単に a lever としておいて said/the aluminum lever とした場合も、初出の a lever に対する限定かどうかが不明瞭である、としています。

Obviously, however, the failure to provide explicit antecedent basis for termsdoes not always render a claim indefinite. If the scope of a claim would bereasonably ascertainable by those skilled in the art, then the claim is notindefinite. Energizer Holdings Inc. v. Int’l Trade Comm’n, 435 F.3d 1366, 77USPQ2d 1625 (Fed. Cir. 2006)(holding that “anode gel” provided by implication theantecedent basis for “zinc anode”); Ex parte Porter, 25 USPQ2d 1144, 1145 (Bd.Pat. App. & Inter. 1992) (“controlled stream of fluid” provided reasonableantecedent basis for “the controlled fluid”).

この部分では、用語に対して明示的な先行基礎(antecedent basis)がないからと言って常にクレームが不明確になるとは限らない、としています。

当業者がクレームの範囲を合理的に確定できる場合は不明確でないということで、判決例が紹介されています。

nherent components of elements recited have antecedent basis in the recitationof the components themselves. For example, the limitation “*the outer surface ofsaid sphere” would not require an antecedent recitation that the sphere has anouter surface*. See Bose Corp. v. JBL, Inc., 274 F.3d 1354, 1359, 61 USPQ2d 1216,1218-19 (Fed. Cir 2001) (holding that recitation of “an ellipse” providedantecedent basis for “an ellipse having a major diameter” because “[t]here can beno dispute that mathematically an inherent characteristic of an ellipse is amajor diameter”).

 
この部分では、説明された要素の固有の成分はその成分自体の説明において先行基礎を有する、としています。
たとえば、「該球体の外表面」という限定は球体が外表面を持つという先行する既述を必要としない。
さらに、判例の紹介部分では、数学的に楕円の固有の性質 は長径を有していることは争いのない事実なので
「楕円」という説明は「長径を有する楕円」という先行基礎を提供する、としています。

現在、審査官が拒絶の対照とする場合があるのは The thickness of the plate is greaterthan 5 cm. という文で 
thickness が初出の要素だから A thickness と補正すべきであるという趣旨のものです。
板が厚みを持つことは当業者にとって自明の事柄なので、この審査基準(判決のサポートがある)に照らし合わせれば、
A にする必要は全くないことになります。
通常の文法ではこれは定冠詞です。
従って、この条文を知らない審査官が出した拒絶理由ということになります。

このケースで不定冠詞の場合は次の様な場合に限られます。

①厚みが場所によって変化し、その内の一カ所を指す場合(従って、この文脈では複数もありうる)。
②厚みが時間とともに変化し、その内の1つを指す場合(複数もありうる)。
③If an equatorial hydrogen of cyclohexane is replaced by a methyl group, ~ のように限定であっても複数のものが存在する場合(equatorial hydrogens もありうる)。

結論から言えば、特許文法なるものは存在しないと言えるでしょう。
本当に重要な特許の場合は、審査官の指示に盲目的に従うのではなく、MPEPを引用した反論も必要ではないでしょうか?
実際に争われているケースもあるようです。

ただし、the thickness of the plate という書き方は別の意味で推奨できません。
クレームでは要素は独立して並べますが、穴、溝、面、突起など要素に付随する物(本当はこれも要素ですが)は
a/the plate having a hole のように目的格で表現するのが好ましいとされています。
thickness 等の寸法や性質を表す語も直接の要素ではないので目的格で表現する方が好ましいのです。
つまり、先ほどの例では The plate has a thickness (of) greaterthan 5 cm. とします。
目的格の場合は必ず不定冠詞の a/an をとります。そうすることによって、審査官の拒絶理由も回避することができます。

公報活用・検索のコツ

英語日本語特許ペアの作り方

1.はじめに

日英特許翻訳上達のコツは、いい英文を読むことです。実際にはいい英文明細書に出会うことは少ないのですが、
それでも英語を母国語とする人の書いた英文の表現は参考になる部分が数多くあります。
その際に有効になるのが英文明細書と対応する日本語明細書とのペアです。

PCT出願の普及に伴いこの特許ペアの作成が容易になりました。というのは、英語によるPCT出願は日本を指定国とする場合には、日本語翻訳文が提出されると公表公報として公開されるからです。

しかも、その翻訳文は原文に忠実な訳と言うことで、フォーマットも含めて原文と翻訳文の対比がつきやすいという利点もあります。ここでは、PCT出願と公表特許公報の特許ペアの作成手順を説明します。

 

2.作業内容

【1】 特許電子図書館「公報テキスト検索」にアクセスします。

【2】 作成する特許ペアの主題を決めます。ここでは「DNAチップ」を例に説明します。

【3】 1カラム目の【検索項目選択】で「発明の名称」を選択し、【検索キーワード】に
「DNAチップ」を入力します。

(注:「DNA」は全角で入力すること)

【4】 2カラム目の【検索項目選択】で「指定国」を選択し、【検索キーワード】に「JP」と入力します。

(注:「JP」は半角で入力すること)

【5】 「検索」ボタンをクリックします。

明細書翻訳における数と冠詞の概念

弊社代表・倉増一の寄稿論文を以下のURLにてお読みいただけます。

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201504/jpaapatent201504_083-092.pdf

目次

1.はじめに

2.日英翻訳における数と冠詞の概念

3.一般論の記載

4.数と種類の区別

5.ぎこちない「1または複数の」

6.単数扱いと複数扱いの問題点

7.a plurality of の意味

8.複数から単数への転換

9.単数から複数への転換

10.単数と複数の強調

11.定冠詞に対応する日本語

12.クレームにおける不定冠詞(a,an)

13.クレームにおける最小限の数とは

14.a number of の落とし穴

15.クレームにおける冠詞問題

16.日本語における数の表現

17.結論

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