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実戦コラム

技術翻訳としての特許翻訳 第2回

第2回 英日翻訳における技術の理解(2)

 

今回は電気・機械分野における専門技術を理解していないために起こった誤訳例を述べる。

  1. Typical high performance delta sigma modulators include fourth (4th) order and higher loop filters although filter 104 can be any order.

【公開された誤訳】典型的な高性能デルタシグマ変調器は、4番目(第4)の高ループフィルターを含むが、何番目のフィルター104であってもよい。

この特許は、非線形デルタシグマ変調器でアナログ信号を量子化するシステムに関するものである。この訳のfourth (4th) orderany orderorderは「高次のノイズ」のことであって、「順番」ではない。

この誤訳は、この分野の技術が全く理解できていないことを露呈している。この記述はアナログ信号に含まれている「高次成分の雑音」を除く技術に関するものである。アナログ信号は特定の周波数を持つ波で表されるが、その整数倍の高次の周波数成分を高調波(harmonic wave)と呼んでいる。高調波は音楽や音響工学分野では倍音と呼ばれる。 元々の周波数を基本波、2倍の周波数(2分の1の波長)を持つものを2高調波(second harmonic)、さらに n倍の周波数(n分の1の波長)を持つものをn高調波(n-th harmonic)と呼ぶ。波に関するこれらの最低限の知識がないと、この特許の翻訳はおぼつかない。

なお、音楽では、「一オクターブ上の音」というが、これは基準となる音の倍音のことで、第2高調波に相当する。バイオリンなどの弦楽器では基本となる音とその倍音を一本の弦で同時に出す特殊な奏法があるが、これを「ハーモニック奏法」と呼んでいる。仮に物理の知識があやふやでも、音楽のこの種の知識があればそれを手がかりに高調波について調べることができるはずである。どんな知識でも知っておくと、翻訳には有利に作用する。

今は、Googleの画像検索や動画検索で高調波を視覚的・聴覚的に理解することができる。非技術系翻訳者は技術の理解をおろそかにして訳語の選定にばかり関心を持つ傾向が強いが、ウェブページや電気に関する書籍などから正しい知識を学ぶ習慣を身につけるべきである。そうしないと、今回示したような恥ずかしい誤訳を生み出すことになる。

以下に改訂訳例を挙げる。

【改訂訳例】典型的な高性能デルタシグマ変調器は、4次以上の(高調波)成分を除くループフィルターを含むが、フィルター104の次数はこれらに限定されない。

つまり、”any order”は「何次(以上)であってもよい」という意味である。

この特許翻訳では、以下に示すように、高調波に関する部分が一貫して誤訳になっているが、これらの部分の技術的な意味を理解する努力をすると、逆に最初の文が誤訳であることに気付くはずである。

変調器に関する冒頭の説明は、次のようになっている。

Figure 1 depicts a conventional delta sigma modulator 100 that includes a monotonic quantizer 102 for quantizing a digital input signal x(n), where “x(n)” represents the nth input signal sample.  The delta sigma modulator 100 also includes an exemplary fourth (4tu) order noise shaping loop filter 104 that pushes noise out of the signal band of interest.(公開された誤訳:図1は、デジタル入力信号x(n)を量子化する単調量子化器102を含む従来のデルタシグマ変調器100を示す。ここで「x(n)」はn番目の入力信号サンプルを示す。また前記デルタシグマ変調器100は、雑音を関心の信号帯域外に押し出す典型的な4番目(第4)のノイズシェーピングループフィルター104を含む。)

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【改訂訳例】図1は、デジタル入力信号x(n)を量子化する単調量子化器102を含む従来のデルタシグマ変調器100を示す。ここで「x(n)」はn次の入力信号サンプルを示す。また前記デルタシグマ変調器100は、目的とする信号帯域から雑音を取り除く典型的な4次のノイズシェーピング・ループフィルター104を含む。

ノイズシェーピングはデルタシグマ変調において、ノイズ成分を高い周波数領域(この例では第4高調波領域)まで押しやる操作のことである。こうすることで信号領域のノイズ成分を減らすことができる。

さらに、明細書の図10に関する次のような説明部分も間違っている。

Figure 10 depicts a lookahead, jointly non-linear delta sigma modulator 1000 that includes an Nth order noise shaping filter 1004, such as filter 104 and a quantizer 1001 implementd by a jointly non-linear function generator 1002. (公開された誤訳:図10は、フィルター104などのN番目のノイズシェーピングフィルター1004、および合同非線形関数発生器1002によって実装される量子化器1001を含むルックアヘッド合同非線形デルタシグマ変調器1000を示す。)(紙面の都合で図10は掲載省略)

この英文中のjointly nonlinearも、訳文の「合同」も意味がわかりにくいが、明細書中にjointly nonlinearの定義があるので当業者には理解できるのかもしれない。訳は「N番目」が間違っているほか、「ルックアヘッド」が安易である。

【改訂訳例】図10は、フィルター104などのN次のノイズシェーピング・フィルター1004、および合同非線形関数発生器1002に実装される量子化器1001を含む先読み合同非線形デルタシグマ変調器1000を示す。

次の部分とそれに関連する特許請求の範囲の訳も技術的に全く意味が通じない。

The jointly non-liner delta sigma modulator includes a noise shaping filter to process a signal and generate N state, variables, wherein N is greater than or equal to two.(公開された誤訳:前記合同非線形デルタシグマ変調器はノイズシェーピングフィルターを含み、信号を処理して状態変数を生成する。ここで、は2より大きいかまたは等しい。)

【改訂訳例】前記合同非線形デルタシグマ変調器はノイズシェーピング・フィルターを含み、信号を処理してN個の状態変数を生成する。ここで、は2以上である

Claim 6. The signal processing system as in claim 5, wherein the subset of the integrators consists of the Nth integrator through the N-xth integrators, wherein 2 ≤ X ≤ N-1.(公開された誤訳:【請求項6】前記積分器のサブセットがN番目の積分器から(N-x)番目の積分器で構成され、ここで、2≦x≦N-1である、請求項5に記載の信号処理システム。)

【改訂訳例】【請求項6】前記積分器のサブセットがN次の積分器から(N-x)次の積分器(2≦x≦N-1)で構成される、請求項5に記載の信号処理システム。

確かに、この特許は数式も多く、専門家以外には理解が困難な内容である。完全ではなくとも技術の基本的なことはきちんと理解して翻訳するという姿勢で臨まないと、専門家が読んで納得できる翻訳文には仕上がらない。

【教訓】

① 専門外の分野の翻訳の前に、基本になる技術を正しく理解すること

② Google、特にGoogle画像検索で技術の理解を高める

③ 技術的意味が通じない部分は調べ直すことが必要

④ 安易なカタカナ語を避ける

 

違いが分かる技術用語・特許用語(10)

      16   reflectanceとreflectivity, transmittanceとtransmissivity, absorbanceとabsorptivity 

これらは光などの電磁波の性質を述べる用語である。本論に入る前に、reflection(反射)、transmission(透過)、吸収(absorption)の関係について説明する。

 反射は、2つの媒体の境界で光や電波などの波動が当たって跳ね返る(表面反射)、あるいはある媒体内で跳ね返る(体積反射)現象のことである。透過は、媒体を光や電波が通り抜ける現象のことである。吸収は媒体中で光や電波が吸収されて熱エネルギーに変化する現象のことである。

 入射光に対する反射光の比率を表す語に反射率(reflectance)と反射能(reflectivity)がある。reflectivityは2つの媒体の境界での光の反射率を意味し、reflectanceは2つの特定の媒体の内部反射や内部散乱などの効果を加味した光の反射率を意味する。

 次の図は、空気からガラスを通って空気へ抜ける光の反射率を模式的に示している。

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 この図で、空気からガラスに入る光のreflectivity(反射能)は0.074である。従って、ガラスを透過する光の透過能(transmissivity)は1.0-0.074 = 0.926となる。ガラスを透過した光の一部は後面で内部反射されて上に向かう。この光の一部は外に出るが、一部は上の境界で内部反射されて下に向かう。このような内部反射が何度も繰り返されて内部反射光は減衰する。上の境界で内部反射光を全部合わせた値が反射率(reflectance)となる。従って、reflectanceはreflectivityより大きな数値を取る。一方の透過光に視点を変えると、透過能(transmissivity)は0.926だが、実際には内部反射で上面から上に逃げる光を差し引いた値がtransmittance(透過率)となる。当然のことだが、transmittanceはtransmissivityよりも小さくなる。不透明材料の場合は、光の透過は起こらないと考えられるので、reflectanceとreflectivityは実質的に同じとなる。

 こうしてみると、実際にはreflectanceとtransmittanceが実際の測定値を反映していると考えられる。

 では、実際の用例でこれらの語がどのように使用されているかを検証する。

用例1.     An electronically dimmable optical device, including, in sequence, an active absorbing polarizer; a first static reflective polarizer; an active polarization rotator; and a second static reflective polarizer; configured so that the reflectivity and/or transmissivity of the device can be controlled (increased or decreased) by application of a voltage across the active absorbing polarizer and/or the active polarization rotator. (USP 9,304,333)

公開公報の訳:順番に能動吸収偏光子12と、第1の静的反射偏光子14と、能動偏極回転子と、第2の静的反射偏光子18と、を含む電子的調光可能光学装置であって、同装置の反射率及び/又は透過率が能動吸収偏光子及び/又は能動偏極回転子の両端に電圧を印加することにより制御(増加又は低減)されるように構成された電子的調光可能光学装置。(特開2018-32042)

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 英語のreflectivityとtransmissivityがそれぞれ「反射率」と「透過率」と訳されている。

用例2.     The article of one or more embodiments exhibits superior optical performance in terms of light transmittance and/or light reflectance. In one or more embodiments, the article exhibits an average light transmittance (measured on the anti-reflective surface only) of about 92% or greater (e.g., about 98% or greater) over an optical wavelength regime (e.g., in the range from about 400 nm to about 800 nm or from about 450 nm to about 650 nm). In some embodiments, the article exhibits an average light reflectance (measured at the anti-reflective surface only) of about 2% or less (e.g., about 1% or less) over the optical wavelength regime. (WO2016/018490)

公表公報の訳:1つ以上の実施形態の物品は、光透過率および/または光反射率に関して優れた光学的特性を示す。1つ以上の実施形態において、物品は、光学波長領域(例えば、約400nm~約800nm、または約450nm~約650nmの範囲)で、約92%以上(例えば、約98%以上)の(反射防止表面のみで測定される)平均光透過率を示す。実施形態によっては、物品は、光学波長領域で、約2%以下(例えば、約1%以下)の(反射防止表面のみで測定される)平均光反射率を示す。(特表2017-519232改)

 測定値ということでreflectanceとtransmittanceが使用されている。

用例3.     The relative energies of the output pulses can be controlled by choosing the transmission and reflection coefficients of the beam splitters. (WO2015/195877)

公表公報の訳:出力パルスの相対エネルギーは、ビームスプリッタの透過率および反射率を選択することによって制御できる。(特表2017-525144)

 ここでは、transmittanceの代わりに、transmission coefficient(透過係数)が、reflectanceの代わりにreflection coefficient(反射係数)が使用されている。訳はどちらも「率」となっている。

用例4.     Adjacent microlayers also have a refractive index mismatch Δnz that provides the film with reduced reflectivity R1 and increased transmission for p-polarized light in the extended wavelength band incident on the film in a first plane of incidence at an angle θ oblique, where R1 is no more than half of the minimum of on-axis reflectivity. (WO2010/059566)

公表公報の訳:隣接するマイクロ層はまた、斜角θの第1入射面においてフィルムに入射する拡張された波長帯域にて、p偏光に関して、低減した反射率R1及び増加した透過率をフィルムに提供する、屈折率不整合Δnzを有し、R1は軸上反射率の最小値の半分以下である。(特表2012-509509)

 用例1と同じく、reflectivityとtransmissivityがそれぞれ「反射率」と「透過率」と訳されている。

 次に、日本語明細書の英訳例を示す。

【課題1】フィルム幅方向中央部から5cm×5cmのサイズでサンプルを切り出した。次いで、分光光度計((株)日立製作所製、U-4100  Spectrophotometer)を用いて、入射角度Φ=0度における透過率及び反射率を測定した。

訳例:A sample of 5 cm square was cut off from the center along the width of the film.  The transmittance and reflectance at an incident angle Φ = 0 degree of the sample were determined with a photospectrometer U-4100 made by Hitachi, Ltd.

【課題2】光源から測定光をハーフミラーに照射した場合、理想的にはハーフミラーの表面からの入射された光に対しても、ハーフミラーの裏から入射された光に対しても、反射率および透過率は同じであることが望ましい。しかしながら図6に示すように、実際にはハーフミラーはわずかな厚みを有しており、表面が蒸着層となっていることが多い。そうすると、ハーフミラーの表面から入射された光に対する反射率(または透過率)と裏面から入射された光に対する反射率(または透過率)は、わずかに異なる可能性がある。そして絶対反射率測定を正確に測定する場合は、このハーフミラーの表面、裏面に対する誤差(表面と裏面の特性の違い)も考慮する必要がある。

訳例:It is preferred that the incident light on the front face of the half mirror and the incident light on the back face of the half mirror have the same reflectance and transmittance ideally in the case that the half mirror is irradiated with light from the light source.  However, the half mirror actually has a slight thickness as shown in Fig. 6 and is provided with a deposited surface layer; hence, the incident light on the front face and the incident light on the back face will have slightly different reflectance or transmittance.  Accordingly, the absolute reflectance should be measured in view of such a difference between the front and back surfaces of the half mirror.

 

 次に、absorbanceまたはabsorbencyは、ある物体を光が通った際に強度が弱まる度合いを示す無次元量のことで、「吸光度」と呼ばれる。吸光度は透過率(transmittance)の逆数の常用対数値で表現される。詳しく説明すると、波長ラムダにおける吸光度Aλ

  Aλ = - log(I/I0

で表される。つまり、入射光強度I0と透過光強度Iの比(透過率)の常用対数をとり、吸収のある場合を正とするために負号を付けたものである。透過率が光路長に対し指数関数的に減衰するのに対し、吸光度は対数で表されているため光路長に比例して減少する。

 なお、absorptivityは、辞書では「吸光率」、「吸光係数」、「吸収率」、「吸収能」、「吸収度」、「吸収係数」、「吸光」、「吸収性」など多くの訳語が登録されているすが、「吸収能」がもっとも一般的な用語と考えられる。

用例5.     Upon addition of the H2O2, the absorbance increased rapidly at all wavelengths and then decreased rapidly.

訳例:過酸化水素を添加すると全波長で吸光度は急速に増加し、次いで急速に減少した。

【課題3】450nmおよび550nmにおける吸光度を測定し、これらの吸光度の差を求めた。

訳例:The absorbances at 450 nm and 550 nm were measured and the difference between them was calculated.

 

まとめ

  1. 反射能(reflectivity)は2つの物体の境界における光の反射率を表し、反射率(reflectance)はreflectivityに内部及び裏面での反射による寄与を加えた値を表す。従って、一般には、reflectanceの方がreflectivityより大きい。
  2. 透過能(transmissivity)は1からreflectivityを引いたものである。入射光のすべてが裏面から出射するわけではないので、透過率(transmittance)は透過能(transmissivity)よりは小さい。
  3. 明細書ではreflectance (transmittance)とreflectivity (transmissivity)のどちらを指しているのか明確でないことがある。

 

違いが分かる技術用語・特許用語(9)

14   吸収(absorption)、吸着(adsorption)、収着(sorption)

 吸収(absorption, 動詞はabsorb)は、物質(吸収質:absorbate)がある相から別の相(吸収媒あるいは吸収剤:absorbent)に移動する現象を意味します。語幹のabは「~から」、語尾のsorbは「吸い込む」の意味を持っています。吸収は物理吸収(physical absorption)と化学吸収(chemical absorption)に分類されます。スポンジが水を吸収するのは物理吸収で、塩化カルシウムや五酸化リンが空気中の水分を吸収するのは化学吸収です。「光の吸収」のように、物以外でも使用されます。

 

用例1.      It is apparent from FIG. 8 that as the absorbance for the band at 316 nm decreases, a new absorption appears at 516 nm which increases in intensity for approximately 100 s, but then it decreases back to its starting value. (USP 6,136,223)

訳例:図8から明らかなように、316nm帯の吸光度が減少するにつれて、516nmに新たな吸収が現れ、約100秒間強度が増加するが、また最初の値に戻る。

 

用例2.      The device will also bypass the proximal small intestine or the roux limb of the intestine in order to produce intestinal mal absorption, bilio-pancreatic diversion or both. (WO2017/52694)

訳例:この装置はまた、腸の吸収不良、胆膵バイパス、またはこの両方を達成するため、近位側の小腸または腸のルー脚を迂回する。

 

 吸着(adsorption, 動詞はadsorb)は2つの物体の界面で、濃度が周囲よりも増加する現象のことを意味します。具体的には、気相/液相、液相/液相、気相/固相、液相/固相の各界面で起こります。吸着される物を吸着質(adsorbate)、吸着する媒体を吸着剤又は吸着媒(adsorbent)と呼びます。adsorbはad(~の方へ)とabsorbが合わさってできた語です。要するにabsorbとの区別のために作られた語と考えて差し支えありません。吸着も物理吸着(physisorption)と化学吸着(chemisorption)に分類されます。前者では吸着時に吸着質と吸着媒の間に電子の授受がないのに対し、後者では電子の授受があります。

 冷蔵庫の脱臭剤などに使用される活性炭は、活性炭表面における分子間引力(Van der Waals力)による物理吸着の他に、被吸着物によっては、化学的な結合力による化学吸着作用を持つ場合があります。

 

用例3.      US 7,208,651 discloses flushing away from the adsorbent chamber the contents of a transfer line which previously has been used to remove the raffinate stream with one or both of a feed mixture and a material withdrawn from the adsorption zone.

訳例:米国特許第7,208,651号には、供給混合物と吸着区域から回収された物質の一方又は両方を含む抽残液流を除去するために前の段階で使用した移送ラインに液を勢いよく流して内容物を吸着剤室から洗い流すことが開示されている。

 

 固体/気体界面や固体/液体界面に気体分子や溶質が吸着されるとき、固体内部への吸着質の吸収を伴うことがあります。吸着と吸収が同時に起きる現象を収着(sorption)といいます。英英辞典には"take up a liquid or a gas either by adsorption or by absorption"と定義があります。例えば、活性炭やシリカゲルの多孔性固体の細孔内には吸着質が収着されて気相中や溶液内に比べてその濃度が大きくなります。収着という用語に対応して、収着媒(sorbent)、収着物あるいは収着質(sorbate)という用語が使われます。

 なお、吸収、吸着、あるいは収着された物質がそれぞれの媒体から抜け出す作用を脱着(desorption)と呼びます。

 

用例4.      The rotating sorption bed (1) is contained within a plurality of manifolds (8, 9) and the sorption bed (1) and the manifolds (8, 9) are sealed to one another via sealing means (10). (WO1988/006913)

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訳例:回転式収着床(1)は複数のマニフォールド(8,9)内に収容されており、収着床(1)とマニフォールド(8,9)は封止手段(10)二よりお互いに封止されている。

 

 なお、sorption isotherm(等温収着曲線)という語がありますが、実際にはadsorption isotherm(等温吸着曲線)であることがよくあります。

 

15    関連する語:吸蔵(occlusion)、インターカレーション(intercalation)

 吸蔵(occlusion)は気体や液体が固体内部に取り込まれる現象を意味する語です。例えば、パラジウムは体積で数百倍の水素を吸蔵することができます。パラジウム以外にも多くの水素吸蔵合金が知られています。吸収や吸着と異なり、吸蔵の場合は、金属あるいは合金元素と水素との間で固溶体と呼ばれる結晶構造が形成されるのが特徴です。又、マグネシウムと水素は水素化マグネシウムという化合物を作ります。この場合は化学吸蔵と呼ばれます。水素吸蔵合金はニッケル・水素蓄電池、水素自動車の燃料タンクなどに応用されています。

 

用例5.      Upon engine ignition, effectuates hydrogen flow from the high pressure alloy exchanger with rapid heating of the low pressure alloy in the low pressure metal hydride heat exchanger due to hydrogen occlusion. (WO1994/003710)

訳例:エンジン点火のとき、水素吸蔵による低圧合金の急速加熱によって、高圧合金交換器から低圧合金交換器への水素の流入を行なう。(特表平08-500875)

 

 医学、生化学の分野では、occlusionは「閉塞」の意味で使用されます。

 

用例6.      The success of interventions used to prevent or alleviate these conditions, such as thrombolysis and angioplasty are also compromised by platelet-mediated occlusion or re-occlusion. (WO2011/067571)

訳例:これらの症状を予防又は軽減するのに用いられる血栓崩壊及び血管形成術のような介入の成功もまた、血小板による閉塞又は再閉塞によって損なわれる。

 

 インターカレーションは2つの層間に原子あるいは分子が挿入される現象のことです。特に、リチウムイオン二次電池では放電時にanodeの2つのグラファイト層間にリチウムイオンが挿入(intercalete)されることをいいます。充電時には、逆にグラファイト層間からリチウムイオンが脱離(deintercalate)されます。

 

用例7.      The battery further comprises an electrolyte capable of supporting reversible deposition and stripping of aluminum at the anode, and reversible intercalation and deintercalation of aluminum or lithium at the cathode. (WO/2012/044678)

訳例:電池は、陽極におけるアルミニウムの可逆的な堆積・脱離ならびに陰極におけるアルミニウム又はリチウムのインターカレーション及びデインターカレーションを支援する電解質をさらに含む。

 

 次の例のように、日本語明細書では、この現象をいろいろな呼び方をしています。

 

翻訳事例1  セラミックス焼結体からなる正極板は、充放電に伴うLiイオンの脱挿入に伴い寸法変化する。

訳例:A positive electrode plate made of a ceramic sinter undergoes a variation in dimension by the intercalation and deintercalation of lithium ions accompanied by charge and discharge.

違いが分かる技術用語・特許用語(8)

      13  カスケード(cascade)とカスコード(cascode) 

これらの紛らわしい2つの語は電気回路を記述する用語です。

 カスケード(cascade)は滝あるいは、急峻な岩場にある多段の滝を意味する語が転じて、電気分野では、例えば、複数のアンプを直列に接続した一般的な回路構成のことを指します。

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 カスコード(cascode)はcascade connection(直列接続)とtriode(三極管)を組み合わせたいわゆるかばん語で、直列配置された2つのトランジスタのうちのQ1がエミッタ接地、Q2がベース接地となっていて、かつQ1の出力(コレクタ)にQ2の入力(エミッタ)が接続された回路のことをカスコード回路と呼びます。

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 例えば、特開2016-127496には、「第1トランジスタ23のエミッタが第1入力端子21に接続され、第1トランジスタ23のコレクタと第2トランジスタ24のコレクタが接続されることにより、第1トランジスタ23及び第2トランジスタ24はカスケード接続される」、さらに、「第4トランジスタ41及び第5トランジスタ42のそれぞれはnpnトランジスタであり、第4トランジスタ41はエミッタ接地され、第5トランジスタ42はベース接地されることによりカスコード接続される。」との記載があります。

 

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 これら2つの語は非常に紛らわしいのでよく誤用されています。例えば、次例のように、特に、「カスコード」とすべきところが「カスケード」となっている誤用が多くあります。

  1. The drain of the cascode transistor 516 and the drain of the cascade transistor 526 are each coupled to a first side of a transformer 540. The drain of the cascode transistor 526 and the drain of the cascode transistor 528 are each coupled to a first side of a transformer 544. (WO2015/148893)[カスコードトランジスタ516のドレイン及びカスケードトランジスタ526のドレインは各々、変圧器540の第1の側に結合される。カスコードトランジスタ526のドレイン及びカスコードトランジスタ528のドレインは各々、変圧器544の第1の側に結合される。(特表2017-510202)]

 

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 文脈および図面からも明らかなように、"cascade transistor"は"cascode transistor"の誤りです。PCT出願の翻訳文ということで、公表公報でもこの誤りは是正されていません。

 日英翻訳でも同じような間違いが見いだされます。翻訳者として細心の注意を払う必要があります。

 cascadeという語は、「次から次に起こる」という意味でも、よく使用されます。例えば、化学分野では「カスケード反応(cascade reaction)」という語があります。これは、一度の操作によって3つ以上の反応が連続して起こる反応様式のことです。最初に述べた、小滝の水が階段状に連なって流れ落ちる情景になぞらえた表現です。この連続反応はタンデム反応あるいはドミノ反応(domino reaction)とも呼ばれます。

 血液の凝固もカスケード反応と言われています。凝固カスケード(coagulation cascade)という用語があります。インターネットで画像検索すると、凝固カスケードの図解が数多くヒットします。興味のある方は是非ご覧ください。

 機械分野では、cascadeは翼列と呼ばれることがあります。これは、同じ翼を等間隔で、かつ同一の姿勢で直線的または円上に配列したものを意味する語です。

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特開2015-071968

 

違いが分かる技術用語・特許用語(7)

       12 resilient, elastic, flexible 

resilient (resilience), elastic (elasticity), flexible (flexibility)は物体が損傷を起こすことなく歪みに耐えうることを意味する形容詞(名詞)です。

 resilientは変形力あるいは圧力を除いたときに速やかに元の形状に回復する能力を意味する形容詞です(名詞:resilienceまたはresiliency、副詞:resiliently)。対応する日本語は「回復力のある」、「反発性のある」、「弾力的な」などです。例えば、a resilient innersoleは「反発性の靴の中敷き」のことです。

用例1.In the embodiment shown, the body 19 includes a protrusive resilient flap 22, which extends between the vanes 21 and is repeatedly struck by the vanes 21 as the ball 20 rotates. (2013/093469)[図示の実施態様では、本体19は突き出た弾性片22を備える。弾性片22は羽根板21の間にあり、球20が回転すると羽根板21に繰り返し叩かれる。(特表2015-502172)]

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 elasticは引っ張ったときの変形に抵抗する性質、すなわち元に戻る性質を意味する形容詞です(名詞:elasticity、副詞:elastically)。対応する日本語は「伸び縮みする」、「伸縮する」、「弾力性のある」などです。resilientは「回復力」に主眼が置かれているのに対し、elasticは力による伸縮に主眼が置かれています。例えば、an elastic waistbandは「伸縮性ウェストバンド」のことです。

用例2.Movement of the movable member 72 is transmitted via the elastic supports 74 and causes vibration of the component 69. (WO2013/093469)[可動部材72の動きは弾性支持部74を介して伝達され、要素69を振動させる。(特表2015-502172)]

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 elasticの反対語はinelastic(弾力性のない)です。また、elasticと対比してよく使用される語はplastic可塑性)で、名詞形はplasticityです。

 高分子化学の分野ではelastomerplasticがよく使用されます。elastomerは「弾性体」すなわち「ゴム」のことで、伸びたり縮んだりします。また、elastomer 製品は一般に高いresilienceを持っています。

 これに対して、plasticは「プラスチック」あるいは「樹脂」などと呼ばれていますが、その性状は複雑です。例えばplastic sheetは後で述べるflexible(柔軟な)なものもあれば、rigid(剛直な)なものさらには変形に対してfragile(壊れやすい)ものまで、多岐に渡っています。

 resiliencyelasticは境界領域が明確でないことが多くあります。そのために、英文ではこれらがor接続で使用されることがあります。

用例3.A measuring apparatus for measuring a semiconductor wafer, or a coating or a film on it, includes a conductive wafer chuck 4 and a probe 6 having a probe body 12 defining an internal cavity 14 in fluid communication with a conductive membrane 16 having elasticity or resilience. [半導体ウエハ、またはウエハ上のコーティングや膜を測定する測定装置であって、導電性ウエハチャック4と、弾性のまたは復元力のある導電膜16と流体接続した内部キャビティ14を画成するプローブ本体12を有するプローブ6とを含む。(特開2005-045216改)]

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 flexibleは破損なしに曲げるか折りたたむことができるがresilientでもelasticでもないものを意味する形容詞です(名詞:flexibility、副詞flexibly)。flexible plastic tubingは「可撓性プラスチック管」のことです。同義語にfloppyがあります。

 余談ですが、今や死語同然の「フロッピーディスク」は日本では商標登録されているため、特に特許請求の範囲でこの語を不用意に使用すると「公序良俗違反」という拒絶理由が発せられました。そのため、日英翻訳でfloppy diskとすると外国でも拒絶されるという都市伝説が生まれましたが、floppy diskしなやかなディスク)は一般名詞なので外国では商標登録されないはずなので、使用に問題ないのですが、それでも心配という方にはflexible diskを使用するように指導していました。つまり、同義語の言い換え技術を応用すればよいのです。ちなみに、diskette(ディスケット)も同じ物を指します。

用例4.The present invention relates to a pump (10) comprising a shaft (15) supported for rotation by a bearing (38) carried by a bearing carrier (48), said bearing carrier having a generally outer radial portion (52) which is fixed relative to a pump housing (12) and a generally inner radial portion (54) which is fixed relative to the bearing, wherein the carrier is stiff in a radial direction between said inner and outer portions and flexible in an axial direction for restraining radial movement of the bearing and allowing axial movement. (WO2012/004579)[本発明は、ベアリング担持体(48)により担持されるベアリング(38)によって回転支持される軸(15)を備えたポンプ(10)に関し、該ベアリング担持体が、ポンプハウジング(12)に対して固定される全体的に半径方向外側部分(52)と、ベアリングに対して固定される全体的に半径方向内側部分(54)とを有し、該ベアリング担持体が、該ベアリングの半径方向の移動を抑制し、軸方向の移動を可能とするために、該半径方向内側部分と半径方向外側部分との間で、半径方向に対しては剛直で、かつ軸方向に対しては柔軟である。(特表2013-531763改)]

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 この例に出てくるstiffrigidとともにflexibleの反意語で、「曲げにくい」あるいは「剛直な」という意味を持っています。名詞形はそれぞれstiffnessrigidityです。

 これらと類似の他の語にsupplespringyがあります。

 suppleは破損の兆しなしに簡単に曲げ、ねじり、または折りたたみ可能なものに使用する形容詞です。対応する日本語は「柔軟な」、「しなやかな」、「曲げやすい」などですが、力を除いても必ずしももとには戻らない点がflexibleと異なります。例えば、supple leatherは「しなやかな革」という意味です。

 springyはばねを表す名詞springから派生した形容詞で、圧力によるたわみやすさと元の形状への回復しやすさの両方を強調する語です。対応する日本語は「ばねのような」、「弾力(性)のある」などです。例えば、the cake is done when the top is springyは「上部に腰があればケーキはほどよく焼けている」という意味です。

 

違いが分かる技術用語・特許用語(6)

  10 cellとbattery(電池)

 電池を意味する英語にcellとbatteryがある。cellは本来は監獄などの非常に狭い部屋を意味する語であった。これが転じて、動植物の「細胞」の意味を持つようになり、電気化学の分野では、化学反応で電流を生じる物質を含む容器、すなわち「電池」あるいは光を電気エネルギーに変える装置、すなわち「太陽電池」の意味で使用されている。携帯電話をcell phoneと呼ぶのは電波の受信範囲が細胞のように細かく区切られているからである。

 一方、batteryはMerriam-Websterにはa group of two or more cells connected together to furnish electric currentとあるので、通常は複数のcellを組み合わせたものを言う。

 蓄電池バンク(http://batterybank.jp/)の専門用語集には、「セル(cell)」を「電池の構成単位の一つで、単電池とも呼ばれます。乾電池型以外の二次電池は、一定の出力・電圧・容量を得られるように複数のセルを接続して作られており、それをパッケージングしたものが一般にバッテリーと呼ばれるものになります。したがって、乾電池はセル(単電池)そのもので、バッテリーはセルの集合体であると言えます。例として、カーバッテリー(鉛蓄電池)では電圧2Vのセルを6個直列に接続し、12Vの電圧(起電力)を得ています。」とある。英語では、https://circuitglobe.com/difference-between-cell-and-battery.html に One of the major difference between the cell and the battery is that the cell is the single unit, whereas the battery is the group of cells.と説明があり、詳細な違いが表で要領よくまとめられている。

 従って、cellとbatteryを厳密に区別したい場合は、前者を「単電池」、後者を「組電池」とするとよい。なお、もっとも一般的な乾電池は一個の単電池で構成されているのでcellと呼ぶのがよい。これに対して、自動車に搭載される鉛蓄電池は複数の単電池を直列に配置して作られている。単電池の起電力は約2ボルトなので、6個を直列配置すると12ボルトの起電力が得られる。

 次に、cellの種類について述べる。

 乾電池(dry cell):乾電池は電解質(electrolyte)が通常は粉末の形態を取っている。現在では、電池の主流を占め、マンガン乾電池など多くの種類が市販されている。

 湿電池(wet cell):電解液を液体状体のままで使用する電池のことで、乾電池が普及するまでは、湿電池が主流であった。このように、電池にはcell(単電池)とbattery(組電池)の両方ある。

 蓄電池(reserve cell):鉛蓄電池のように充電可能な電池のこと。この呼び方は後で述べる二次電池(secondary battery)と混同を起こしている。

 燃料電池(fuel cell):水素と酸素を化学反応させて電流を発生させる装置。「電池」という名前は付いているが、蓄電機能は持っていない。単電池で約1.1ボルトの起電力を持っているが、実用電圧を得るために燃料電池を直列に配置したものを「燃料電池積層体(fuel cell stack)という。燃料電池にはbatteryという語は使用しない。

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 太陽電池(solar cell):光起電力効果(photovoltaic effect)を利用し、光エネルギーを電力に変換する装置。発光ダイオードと逆の原理を使用している。燃料電池と同じく、蓄電機能は持っていないのでbatteryという語は使用しない。太陽電池を複数枚直列接続したパネル上の製品をソーラーパネルまたはソーラーモジュールという。燃料電池と異なり、縦に積み重ねる(stack)することはできないので、こちらはpanelという。モジュールを複数個並列接続したものをソーラーアレイという。

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 モジュールは所定の電圧を得るためにセルを直列に配置し、アレイは所定の電力(電流)を得るためにモジュールを並列に配置している。

 次に、組電池(battery)の種類について述べる。

 一次電池(primary battery/cell):電池内の電気化学反応が不可逆で再使用できない電池。ほとんどの乾電池がこれに属する。実際には充電可能なものもあるが、充電できるように設計されていないので火災や爆発の危険性があるので、決して充電してはならない。筆者はあるとき間違って充電したことがある。幸い事故には至らなかったが気づいて冷や汗をかいた記憶がある。

 二次電池(secondary battery/cell):充電可能な電池。rechargeable battery/cellとも言う。鉛蓄電池は古くから使用されている二次電池であるが、「二次電池」という用語自体よりも古くから使われているので「蓄電池」と呼ばれている。現在使用されている代表的な二次電池は「リチウムイオン電池(lithium ion battery/cell)」である。

 

  11 陽極(cathode)と陰極(anode)

 電池以外の電機・電子機器ではanodeを「陽極」、cathodeを「陰極」と呼ぶが、電池では逆にanodeを「陰極」、cathodeを「陽極」と呼ぶ。これは、英語と日本語では定義の基準が異なっていることに由来する。

 英語のanodeとcathodeの語はファラデーにより命名され、ギリシャ語で上り口を意味する'anodos'と下り口を意味する'cathodos'に由来する。つまり、anodeは反応系(電池内部)から電子が流入する電極を意味し、cathodeは反応(電池内部)系に電子を流出する電極を意味する。

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 日本語の「陽極」は電位の高い方の電極を指し、「陰極」は電位の低い方の電極を指す。電流は電位の高い方から低い方へ流れる(電子は負の電荷を持っているので電位の低い方から高い方へ流れる)ので、上図のボルタ電池でも理解できるように、cathodeが「陽極」ということになる。

 電池だけが日本語と英語の関係が逆転している理由は、電池は他の機器にエネルギーを供給しているが、他の機器や装置は外部から電気エネルギー(直流電流)の供給を受けていることによる。

 ここで、素朴な疑問が発生する。二次電池を充電する場合は、外部からエネルギーを取り込んでいるので、電極の役割は放電時(使用時)とは逆になっている。日本語も英語も充電時の電極の呼び方は電気化学的には正しくないと言うことになる。しかし、電極の呼び方を放電時と充電時で変えることは、非現実的である。

 そこで、現在では電池の+記号の付いている極を「正極 (positive electrode)」、-の記号の付いている極を「負極 (negative electrode)」と呼んでいる。最近の二次電池の特許では、「陽極」、「陰極」と呼ばずに、「正極」、「負極」と呼んでいるのはこうした事情によるものである。

 蛇足だが、電池の電極をpoleとした訳は好ましくない。

           

 

 

 

違いが分かる技術用語・特許用語(5)

5       rejectionobjection[拒絶(理由)]

 今月は、法律用語の類義語について説明する。特許の審査過程で、rejectionとobjectionは頻繁に使用される。語源から説明すると、rejectionは動詞reject(投げ返す→拒絶する)の、objectionは動詞object(反対に投げる→反対する)の名詞形である。

 米国の審査実務ではこれらの語は次のように使い分けられている。

rejection: 審査中の発明に特許性がないと判断された場合にはrejection(拒絶理由)が出される。特許性の判断は主に第102条(新規性)と103条(自明性)に基づいて行われる。他に112条(明細書の記載要件)、101条(発明の有用性)に関するrejectionもある。

objection: 明細書の記載にスペルミスなどの不備がある場合や、図面の番号と明細書中の番号の不一致がある場合に出される方式違反通知。

 以上のように、米国ではobjectionは書面の不備などの形式的拒絶を意味し、rejectionは新規性・非自明性などの実体的拒絶を意味する。これらを合わせてoffice action(拒絶理由通知)と呼ぶ。

 下記に、方式違反理由に関する典型的な文を掲げる。

1.    Claim 1-5 are objected because of the following informalities.(クレーム1~5は形式違反により拒絶される)

2.    The drawings are objected under 37 CFR 1.83(a).(図面は37 CFR 1.83(a)の規定により拒絶される)

 実体拒絶理由に関する典型的な文は次の通りである。

1.    Claim 1 is rejected under 35 U.S.C. 101 because the claimed invention is directed to non-statutory subject matter as follows.(クレームされた発明は下記の通り非合法の対象に向けられているのでクレーム1は米国特許法第101条の規定により拒絶される。)

2.    Claim 2 is rejected under 35 U.S.C. 102(b) as being anticipated by (引用例)(クレーム2は引用例により実質的に同一であるので米国特許法第103(b)条の規定により拒絶される)〔新規性違反〕

3.    Claims 1, 8 are rejected under 35 U.S.C. 103 (a) as being unpatentable over {(主引例) in view of (補足引例) / (引例1,引例2,・・・,and 引例n)}.(クレーム1及び8は主引例に補足引例/(引例1から引例n)を組み合わせて特許性がないので米国特許法第103(a)の規定により拒絶される。)〔進歩性違反〕

4.    Claim 5 is rejected under 35 U.S.C. 112, first paragraph, as failing to comply with (Written Description/Enablement/Best Mode) requirement.(クレーム5は明細書の記載要件/実施可能要件/最良の形態要件を満たしていないので米国特許法第112条第1段落の規定により拒絶される。)

5.    Claims 1-7 are rejected under 35 U.S.C. 112, second paragraph, as being indefinite for failing to particularly point out and distinctly claim the subject matter which applicant regards as the invention.(クレーム1~7は出願人が自己の発明であると考える主題を特定的に指示し、かつ明確に主張していないため不明瞭であり、米国特許法第112条第2段落の規定により拒絶される。)

 

 次に、EPC特許庁による実務について述べる。EPC特許庁の拒絶理由通知は方式、新規性、進歩性に関するものを含めてすべてCommunicationと呼ばれる。「拒絶(査定)」はrefusalと呼ばれる。

 日本特許の審査における「拒絶」もEPCと同じく方式・実体ともにrefusalが使用される。動詞はrefuseである。

 以上のように、米国は2種類の用語があり、EPC及び日本とは異なる用語を使用しているので注意が必要である。

 

6       oppositionobjection[異議(日本)]

 特許実務用語和英辞典(日刊工業新聞社)によると、登録異議の場合はoppositionを行政不服審査法上の異議の場合はobjectionを使用するとある。従って、審査過程の異議に関してはoppositionを使用すればよい。EPCの異議もoppositionである。

 ついでに、「異議申立人」はopponent、異議申し立てを受けた「特許権者」はpatenteeである。

 

7       appealtrial[審判(日本)]

 審判には拒絶査定不服審判と無効審判の2種類ある。前者は審査で拒絶査定(Decision of refusal)に対する不服を申し立てるのでAppeal against decision of refusal(略してAppeal)という。用語appealは裁判では地裁判決に不服の場合に、高裁に控訴するときに使用される。特許の場合も審判で再審査を要求するので同じ語が使用されている。この場合の「審判請求人」はappellantという。呼び方が違うだけでapplicantと同一人である。「審決」はappeal decisionという。

 審決に不服の場合、出願人は知財高裁に審決取り消し訴訟を提起することができる。訴訟を起こす人をplaintiff(原告)といい、起こされる人をdefendant(被告)という。ここでは、plaintiffapplicantと同一人であり、defendantは特許庁長官である。

 これに対して、成立した特許に対して利害関係人が無効審判をを行う場合は、Trial for invalidationという。用語trialは訴訟における裁判・公判あるいは審理の意味で使用される語で、無効審判にもこの語が流用されている。無効審判は上訴事件ではないので「審判請求人は」appellantではなくrequesterと呼ぶ。被請求人はrequesteeであるが、特許権者(patentee)と同一人であり、requesteeはあまり使用されない英語なので、審判請求書を英訳する際には、patenteeを使用しても差し支えない。審決はtrial decisionという。

無効審判の審決で、requesterの主張が認められなかった場合、すなわち特許が維持された場合、requesterは知財高裁に審決取り消し訴訟を提起することができる。この場合は、requesterplaintiff(原告)となり、patenteedefendant(被告)となる。逆に、特許無効の審決が下された場合の訴訟ではpatenteeplaintiff(原告)となり、requesterdefendant(被告)となる。

 審判や審決取り消し訴訟関連の書類を翻訳する際はこれらの関係を正しく理解しておかねばならない。

 

8       仮明細書(provisional specification)と完全明細書(complete specification)

 日本特許法の第41条は国内優先権を規定している。これは、最初に出願した日から12ヶ月以内に発明の内容を補強した出願を最初の出願日を優先権主張して行うもので、1985年に導入された制度である。国内優先制度は他の国でも採用されており、米国では最初の出願を仮出願(provisional application)といい、完全な通常の出願をcomplete non-provisional applicationという。それぞれの明細書をprovisional specification(仮明細書)とcomplete specification(完全明細書)という。

 随分昔のことになるが、英国特許の訴訟事件の翻訳が日本の訴訟事件に使用されたことがある。その中に「不完全明細書」という表現があったので何のことかと思って調べてみるとprovisional specificationのことだった。確かに、complete specificationよりは不完全かも知れないが、あまりよい訳とは言えない。日本の国内優先と異なり、英国の仮明細書ではクレーム(請求項)の記載は不要だったので、翻訳者は書式が不完全という意味に捕らえたのかも知れない。もっともcomplete specificationと称する明細書の中身も、技術的には何がcompleteなのかが判然としないこともよくある。

 

9       おまけ 米国におけるapplicantinventor

 長い間、米国では発明者が特許出願するという建前を貫いてきたため、applicantは日本でいう「出願人」ではなく、「発明者」のことを指していた。米国からのPCT出願の書誌事項にInventor/Applicant (for US)と書いてあるのは「発明者」のことである。しかし、2011年の特許法の大改正に伴い、各国に歩調を合わせ、出願人(applicant)と発明者(inventor)が分離された。英日翻訳で旧法に従う明細書中にapplicantという語が出てきたときは、「発明者」と訳すのが正しい。

        

違いが分かる技術用語・特許用語(4)

4      Inject (injection)eject (ejection)

 語形から容易に推測できるように、この2つの英単語は、先月紹介したsubjectとobjectの仲間である。

 まず、injectは接頭語のin-(中に)に接尾語のject(投げる)がついたもので、物体をある閉鎖系の中に勢いよく入れるという意味を持っている。一方のejectは接頭語のe-(から外に)にjectがついたもので、閉鎖系からある物体を勢いよく出すという意味を持っている。

 これらの語に対応する日本語は、injectに対しては「~を注入する」あるいは「~を注射する」が本来の英語の意味を正しく反映している。一方のejectに対しては「放出する」、「取り出す」などの用語があてはめられているが、筆者にはもう一つピンとこない。飛行機などからパイロットを「脱出させる」という意味でも使用されているが、これは本来の英語の意味をよく反映している。

 これらの動詞の名詞形は、injectionとejectionである。勢いよく入れるか出す行為を示す名詞であることは言うまでもない。まず、injectionの日本語は「注射」あるいは「注入」が挙げられる。これらの日本語は問題ないが、樹脂加工分野では「射出」という日本語があてはめられている。射出成形では、溶融した樹脂をノズルからモールド(これが閉鎖系である)に勢いよく注入するので、本来は、「射出」ではなく「射入」でなければならない。この分野で日本語を決めた人は、ノズルから勢いよく樹脂がでる状況を踏まえてあえて「射出」としたのが実情である。このように英語と日本語では、同じ現象を異なる観点で表現することがあるので注意が必要である。

 これに対して、ejectionの日本語として使用されている「噴出」あるいは「追い出し」は、勢いあるいは強制力が感じられるが、「排出」あるいは「放出」には必ずしもそういう意味はない。昔のカセットレコーダーのejection buttonを押すと、ぽんとカセットが飛び出してきたが、これがejectionの典型的な用法だが、日本語は「取り出しボタン」で勢いが感じられない。さらに、分野によっては「出射」が使用されることもある。これは、injection「射出」と識別できるので許容できる。ところが、ejectionも「射出」と訳されている例を見ると考え込んでしまう。本来はejectionがこの意味で、injectionは先ほども述べたとおり「射入」なのだが、樹脂成形で「射出」が頻繁に使用され、一方のejectionに対する「射出」はそれほど使用されていないので、こちらが誤りのように思えてしまう。何とも悩ましい話である。

 

用例1.      The systems include a restriction element (35) that reduces the backflow of polymer melt in an extruder while polymeric material is injected into a mold (37) or ejected from a die. The restriction element is positioned upstream of a blowing agent injection port (54) to maintain the solution of polymer and blowing agent in the extruder above a minimum pressure throughout an injection or ejection cycle, and preferably above the critical pressure required for the maintenance of a single-phase solution of polymer and blowing agent. The systems can be used in injection molding, blow molding, or in any other processing techniques that include injection or ejection cycles. In some embodiments, the systems utilize reciprocating screws for injection or ejection. In other embodiments, the systems include an accumulator connected to an outlet of the extruder, in which a plunger moves to inject  polymeric material into a mold or eject polymeric material from a die.  (WO2000/059702)[本発明のシステムは、ポリマー物質が金型(37)射出すなわちダイから排出されている間に、押出機中のポリマー溶融物逆流を抑える制限部材(35)を含む。制限部材は発泡剤射出(54)より上流に配置されていて、押出機内のポリマーと発泡剤との溶液を、射出サイクルすなわち排出サイクル全体にわたって最小圧力より高い圧力、かつ好ましくはポリマーと発泡剤との単相溶液を保持するのに必要な臨界圧力より高い圧力に保持する。本発明のシステムは、射出成形、吹込成形、あるいは射出サイクルすなわち排出サイクルを含他のあらゆる処理方法使用することができる。幾つかの実施態様においては、本発明のシステムは射出すなわち排出のために往復運動スクリューを使用する。他の実施態様においては、本発明のシステムは、押出機の出口に連結したアキュムレータを含み、アキュムレータ内をプランジャーが移動して、ポリマー物質を金型中に射出、すなわちポリマー物質をダイから排出させる。(特表2002-540979)下線部は筆者による修正]

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 用例1は射出成形のメカニズムを述べている。金型(37)には溶液が注入されるのでinjectedが使用されている。訳は辞書に従って「射出(され)」となっている。溶液はダイ(70)から吐出されるのでejectedが使用されている。訳は「排出(され)」となっている。この2つの動作は、同じ物を金型から見るかダイから見るかの観点の違いで説明されているので、orは「または」でなく「すなわち」と訳さなければならない(原訳は「または」になっている)。「射出成形」が定訳であるにしても、「射出」と「排出」は区別が付きにくい。動詞のinjectは「注入」でよいと思うのは筆者だけだろうか?

 

用例2.      The injector plate 21 and the injector piston 20 contain a recess 26 to provide clearance to house an ejector cylinder 27 that is mounted via standoffs 28 to the moving platen 12. The ejector cylinder 27 contains an ejector piston 29 that is mounted on an ejector plate 30, to which is mounted an ejector rod 31 that passes through a hole 53 in the moving platen 12 and a hole 44 in the core half of the mold 23, to eject the molded part 32 off the mold core (as shown in Figure 3). (WO2006/063433)[インジェクタプレート21及びインジェクタピストン20は、スタンドオフ28を介して可動プラテン12に取り付けられるエジェクタシリンダ27を収容するクリアランスを与えるリセス26を含む。エジェクタシリンダ27は、エジェクタプレート30に取り付けられるエジェクタピストン29を収容し、エジェクタプレート30には、可動プラテン12内の穴53及び金型23のコア半体の穴44を通るエジェクタロッド31が取り付けられ、それにより、成形品32を金型コア(図3に示す)から突き出す。(特表2008-529824)]

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用例3.      The configuration is such that the injector plate 21 and the ejector plate 30 can be operated independently of each other at the appropriate time in the molding cycle to respectively effect injection of the material and ejection of the part, as will be described below. (WO2006/063433)[この構成は、以下に説明するように、インジェクタプレート21及びエジェクタプレート30が成形サイクル中に適宜互いとは独立して動作して、材料の射出及び成形品の突出しをそれぞれ行うことができるようになっている。(特表2008-529824)]

 

 用例2と3は同じ特許からの引用だが、injector plateとejector plateがカタカナ語になっている。前者を(材料の)「注入板」、後者を(成形品の)「取り出し板」とした方が分かりやすい。「突き出し」も「取り出し」の方が自然である。

 

用例4.      A hypodennic injection system particularly for use in mass immunizations having a handpiece (14) with a grasping mechanism (172) for holding ampules (21) filled with injectate, a plunger (15) for driving into the ampule (21) to discharge the injectate in an injection process, an injection spring mechanism (152) for driving the plunger (15), a motor (19) and/or manual mechanism for cocking the injection spring mechanism (152), and an ampule ejection mechanism (170) for ejecting ampules (21) after use under control of a release mechanism. Ampules (21) can be loaded, used and ejected without contact by the user of the system or the patient being injected. Also disclosed are a filling station (990) for filling ampules (21) through their injection orifices, and an arming device (48) for setting the injection spring (152). Ampules (21) are disclosed having a piston (718) which is drivable towards an orifice to discharge injectate through the orifice. Ampules (21) are also disclosed having enlarged proximal portions (717) for easy grasping by the grasping mechanism (172) of the injector (400). (WO2003/015846)[特に大量の予防接種において使用される皮下注射システムであって、注射液で満たされたアンプル(21)を保持するための把持機構(172)と、注射工程において注射液放出させるためアンプル(21)内へと駆動されるプランジャ(15)と、プランジャを駆動するための注射ばね機構(152)と、注射ばね機構(152)を蓄勢するためのモータ(19)および/または手動の機構と、解放機構の制御の下で使用後のアンプル(21)を排出するアンプル排出機構(170)とを有する手持ち用具(14)を備えている。本システムのユーザ、あるいは注射を受ける患者は、手で触れることなくアンプル(21)を装填し、使用し、排出することができる。アンプルへ(21)の注入をアンプル(21)の注射用オリフィスを通して行うための注入設備(990)、および注射ばね(152)の蓄勢を行うための蓄勢設備(48)もここに開示される。ここに開示のアンプル(21)は、オリフィスを通して注射液放出するためオリフィスに向かって駆動されるピストン(718)を有している。またここに開示のアンプル(21)は、注射器(400)の把持機構(172)で容易に把持できるよう手前側の部分(717)が大きくなっている。(特表2005-508214)]

 

 用例4はもとの図面が不鮮明なので、省略したが、注射システムに関する特許である。アンプルを「排出する」とあるが、このejectも「取り出すの方が自然である。また、dischargeを「放出」としているが、「吐出」の方がよいと思われる。

 

用例5.      A balloon for injecting material into a wall of a hollow organ of a human, comprising: an expandable balloon body having a surface and having an axis; at least one predefined ejection port on said body adapted for ejection of fluid therefrom, in a transaxial direction; and an impulse source configured for and adapted to eject material out of said point at a velocity and shape suitable for mechanically penetrating tissue adjacent said port. (WO2006/006169)[材料を人間の中空器官の壁内に注入するためのバルーンであって、表面を有しかつ軸を有する、膨張可能なバルーン本体と、流体を体軸横断方向に噴出するように適応された前記本体上の少なくとも1つの予め定められた噴出ポートと、前記ポートに隣接する組織を機械的に貫通するのに適した速度および形状で前記から材料を噴出するように構成されかつ適応されたインパルス源と、を含むバルーン。(特表2008-506447)]

 

 用例5では、ejectを「噴出」としているが、大げさである。これも「吐出」がよいと思われる。なお、下線部のpointはportの間違いで、対応する訳の「点」も「ポート」の間違いである。

 以上のように、injection (inject)とejection (eject)は同じ状態を別の観点で説明している。

          

 

違いが分かる技術用語・特許用語(3)

3    subjectobject(被写体)

 この2つの英単語は、類義語である場合と対比語である場合がある。具体的な説明の前にこれらの語の原義を説明する。

 まず、subjectは接頭語のsub-(下に)に接尾語のject(投げる)がついたもので、下の立場において制御あるいは支配するという意味を持っている。一方のobjectは接頭語のob-(に反対して)にjectがついたもので、反対に投げるという意味を持っている。

 この2つの語は撮影の「被写体」という意味で使用されている。翻訳者がしばしば迷うのは、「被写体」に対してsubjectとobjectのどちらを選ぶのがよいか、ということである。一言で言うと、subjectは被写体をテーマとしてとらえた言い方、objectは被写体をものとしてとらえた言い方のようである。インターネットでnative writersの意見を調べても、この2つの用語の使い分けは必ずしも明確ではない。強いて言えば、subjectは人や生物に対して使用し、objectは無生物に対して使用するという区別があるという人もいる、ということくらいである。

 そこで、特許明細書で「被写体」がどちらの語で表現されているかを検証する。まず、subjectの用例を挙げる。

 

用例1.      The support 102 may support the sensor(s) 104 in relation to the head 110 of a subject (e.g., a medical patient).  (WO2014/165022)

 

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[支持体102は、被写体(例えば、医療患者)の頭110との関連でセンサ104を支持してもよい。(特表2016-517307改)]

 

 用例1は人の能を検査する光断層撮影システム装置に関する特許の記述である。被写体は人でありsubjectが使用されている。

 

用例2.      A live-subject verification module 21 can also be stored in the storage device 4. As will be described in more detail herein, the live-subject verification module 21 can include computer-implemented instructions for identifying live-subject portions in an image. For example, the live-subject verification module 21 can include instructions for identifying live human skin, e.g., live-skin portions, of an image that includes the live subject 1. (WO2014/133844)[生身の被写体検証モジュール21もまた、記憶装置4に保存することができる。本明細書でより詳細に説明するが、生身の被写体検証モジュール21は、画像中の生身の被写体部分を識別するためのコンピュータによって実行される命令を含むことができる。例えば、生身の被写体検証モジュール21は、生身の被写体1を含む画像の生身の人間の肌、例えば生身の肌部分を識別するための命令を含むことができる。(特表2016-514305改)]

 

 用例2は人の肌を検証しており、subjectが使用されている。

 

 次にobjectの用例を挙げる。サンプリングの数が少ないので決定的ではないが、被写体という意味ではsubjectよりはobjectの方が多い。

 

用例3.      A biconvex lens 664 receives light from the object-side lens 662, and is physically coupled to a negative meniscus lens 666, which focuses the light onto the curved surface 668.  (WO2014/204998)[両面凸レンズ664は被写体側レンズ662から光を受け取り、負のメニスカスレンズ666と物理的に結合していて、湾曲面668に集光している。(特表2016-523382改)]

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 用例3は純粋に光学系の記述で、被写体(明細書には立体的とのみ記載されている)が何であるかについては無関心である。従ってobjectが使用されている。

 

用例4.      The singular point detecting and tracking is used to identify objects such as the head and hands of an imaged individual. Such objects are usually considered highly important features for the recognition layer 116. (WO2014/143154)[特異点検出及び追跡を用いて、撮影された人物の頭部及び手のような被写体を識別する。これらの被写体は通常、認識層116にとって非常に重要な特徴と考えられる。(特表2016-513842改)]

 

 用例4は画像処理の特許である。具体的な被写体は人の特に頭部であるが、subjectではなくobjectが使用されている。

 

用例5.      This invention concerns a method of inspecting an object 6 comprising locating an object 6 on a machine vision apparatus1, attaching a light panel 10 to the object 6 to backlight a region of the object 6, obtaining an image of the region when backlit by the light panel 10 and identifying a geometric property of the object 6 from the image. (WO2014/122438)[本発明は、被写体6を検査する方法に関し、マシンビジョン装置1に被写体6を位置づけることと、被写体6の領域を後方から照らすために光パネル10を被写体6に取り付けることと、光パネル10で後方から照らされたときに前記領域の画像を取得することと、この画像から被写体6の幾何学的特性を識別することと、を含む。(特表2016-513248改)]

20191111069.png

 用例5はマシンビジョンで使用する装置に関するものである。マシンビジョンは、人の目の代わりに画像を認識し、位置決めや種別、計測、検査を行うシステムのことである。 製造業では電子部品や半導体、自動車、食品や医薬品などの検査工程で、デジカメやスマートカメラ、画像処理ソフトで構成されるシステムが、人間の検査者の代わりに製品検査を行う。従って被写体6は工業製品あるいは仕掛品である。

 

まとめ

1. 「被写体」に相当する英語にsubjectとobjectがある。

2. subjectとobjectの使い分けは必ずしも明確ではないが、subjectは被写体が人の場合に使用されるという説がある。ただし、この説は英英辞典などではよく確認できていない。

3. 特許明細書の事例では、subjectは人に対して使用されている。一方objectは物と人の両方に使用されている。

4. 撮影の主題として見るときはsubject、撮影の対象として見るときはobjectとするという、観点の違いで説明する人もいる。

違いが分かる技術用語・特許用語(2)

特許明細書で使用される頻度の高い類語の使い分けについて述べる。

2   factorとcoefficient(係数)

 この2つの英単語は、日本語ではどちらも「係数」と訳されている。ただし、factorは、「要因」、「因子」、「因数」、「倍数」などの日本語の意味もある。これに対して、coefficientは、数学では変数の前の係数、物理では物質に固有の係数ということで、どちらも「係数」の意味しか持っていない。

 まず、数学におけるfactorとcoefficientの違いを説明しておく。例えば、3x+4y+xyという式で、factorは1項目が2つ(3とx)、2項目が2つ(4とy)、それに3項目が3つ(1、x、およびy)ある。数式では1は省略されている。この式で、1項から3項までの数字3, 4, 1をcoefficientと呼ぶ。つまり各項のfactor(s)のうちの定数をcoefficientと呼ぶ。

 次に物理量におけるfactorとcoefficientの違いを説明する。まず、coefficientは物質に固有の性質を表す語として用いられている。例えば、coefficient of absorption(吸収係数)、coefficient of diffusion(拡散係数)、coefficient of thermal expansion(熱膨張係数)などがあげられる。coefficientを名詞で修飾する場合は上記のようにofで後から修飾するが、最近ではthermal expansion coefficientのように前置修飾も行われている。

 摩擦係数も物質に固有の性質なので、coefficient of friction(略称:COF)(これも最近ではfriction coefficientともいう)が正しいが、friction factorという言い方も見かける。これに関しては、https://www.quora.comにcoefficient of friction μ(摩擦係数)は乾燥固体のloss mechanism(損失機構)を、friction factor fD(摩擦係数)は流体のloss mechanismを意味する、とある。

 数値の増減を示すときの係数をfactorという。例えば、factorにはcalibration factor(較正係数)、correction factor(補正係数)、conversion factor(換算係数)などがあげられるが、これらはいずれも「倍率」の意味を持っている。従って、この場合のfactorは単位を持たない。

 まず、factorの用例を示す。

用例1.      A first method obtains and analyzes calibration factors (and corresponding timestamp data) for a continuous glucose sensor, and regulates entry into a closed-loop operating mode of the infusion device based on the calibration factors and timestamp data.  (WO2014/035672)[第1の方法では、連続式グルコースセンサーに対する較正係数(および対応するタイムスタンプデータ)を取得して分析し、較正係数およびタイムスタンプデータに基づき注入装置が閉ループ動作モードに入るのを調節する。(特表2015-528348改)]

 用例1で、timestampはある出来事が発生した日時・日付・時刻などを示す文字列のことである。

用例2.      The resulting, estimated fixed codebook gain is multiplied by a correction factor selected from a gain codebook to produce the quantized fixed codebook gain gc. (WO2012/109734)[その結果得られた推定固定符号帳の利得に、利得符号帳から選択された補正係数を乗算して、量子化固定符号帳の利得gcを生成する。(特表2014-509407改)]

用例3.      In step 402, the value of the mixing balance input 203 is compared to the adjusted metadata scale factor. (WO2012/039918)[ステップ402において、ミキシングバランス制御入力203の値を調節後のメタデータ倍率と比較する。(特表2013-543599改)]

用例4.      Solubilise compound(s) to 1 mg/ml using DMSO taking into account salt factors if any. The DMSO stock(s) may be used to make all calibration & quality control (QC) samples (WO2008/053194)[各化合物を、塩係数がある場合、この係数を考慮して、DMSOを用いて1mg/mlに溶解する。得られたDMSO原液を使用して全ての検量線用および品質管理(QC)用試料を調製してもよい。(特表2010-508338改)]

 用例4における、salt factorは、化合物が塩の場合に遊離状態の化合物に対して、塩を構成する酸または塩基部分の重量増加を補正するための係数を意味する。医薬特許では、遊離化合物の他に医薬的に許容される塩もクレームされることが多いが、薬効は酸あるいは塩基部分にはないので、調剤の際に重量増加分を補正する必要がある。この補正係数がsalt factorである。

用例5.      Dynamic or non-core power in the DRAM memory system 104 may be represented by Equation 1:

       Dynamic Power = kCV2f * density (1), wherein:

k = data activity factor
C = load capacitance
V = voltage
f = frequency or toggling rate
density = total capacity in gigabytes (GB).  (WO2015/061541)[DRAMメモリシステム104内の動的電力すなわち必須ではない電力は、式1によって表わすことができる。
 動的電力=kCV2f*密度 (1)、
ここで
k=データ活動係数
C=負荷キャパシタンス
V=電圧
f=周波数すなわちトグル率
密度=ギガバイト(GB)単位の総容量
である。(特表2016-538628改)]

 次にcoefficientの用例を紹介する。

用例6.      The sleeve has a high coefficient of friction compared to sleeves of the prior art. (WO2016049149)[このスリーブは先行技術のスリーブと比べて高い摩擦係数を有する。]

用例7.      The cumulative adsorptivity coefficient (Ac) is calculated using the formula
Ac = [(A - B)/A] x 100
where A represents the total amount of comb-type polycarboxylate ether polymer or polymers (PCE) added to cement slurry which is then filtered, B represents the amount of PCE remaining in the pore water obtained through filtration, and where the filtration and adsorptivity measurement is carried out at room temperature (25 degrees Celsius) using analytical equipment capable of measuring the concentration of the PCE in the pore water. (WO2015/057380)[累積吸着性係数(Ac)は次式を用いて計算する
c=[(A-B)/A]×100
Aはセメントスラリーに添加され、次に瀘過される1種以上の櫛状ポリカルボキシレートエーテルポリマー(PCE)の総量を表わし、Bは瀘過により得られた間隙水中に残留するPCEの量を表わす。瀘過と吸着性の測定は間隙水中でPCEの濃度を測定することができる分析装置を用いて室温(25℃)で実施される。(特表2016-539022改)]

 この用例では、absorptivity coefficientが使用されているが、単位が%なのでadsorption rateでもよい。ただし、adsorption rateは吸着の割合を示す以外に、「吸着速度」を表す場合もある。

用例8.      The four-process cycle provides a higher coefficient of performance than prior cycles in the crank-driven Vuilleumier heat pump and those previously disclosed for a mechatronically-driven Vuilleumier heat pump. (WO2015/077214)[この4工程サイクルは、クランク駆動ヴェルミエヒートポンプでの従来サイクルおよび機械電子駆動ヴェルミエヒートポンプに関して以前に開示されたものよりも高い成績係数を提供する。(特表2016-537603改)]

 成績係数はヒートポンプの消費電力1kwあたりの冷暖房能力(kw)を表したもので、この値が大きいほど運転効率が高い。成績係数は単位を持っていない。

これ以外の用語も「係数」と呼ばれることがある。以下にその例を挙げる。

用例9.      As an example, the increase in elastic modulus of the vitrified stromal tissue can comprise at least one of: a 10% increase of an axial modulus (wherein the axial modulus is through the cornea from anterior stroma to posterior stroma), at least a 10% increase of a shear modulus, or any combination thereof. (WO2015/073150)[一例として、ガラス化基質組織の弾性係数の増加は、軸係数の10%の増加(軸係数は、前部基質から後部基質までの角膜にまたがる)、剛性率の少なくとも10%の増加、若しくは、それらの組み合わせのうちの少なくとも一つを含み得る。(特表2016-539688改)]

 この例の、elastic modulus弾性係数)は物質の剛性(変形のしにくさ)を表す物性値のことで、弾性範囲における応力と歪みの間の比例定数を意味する。弾性率とも呼ばれる。単位はGPa(ギガパスカル)である。英語ではelastic coefficient, elastic modulus, modulus of elasticity, resilient modulusなどの呼び方がある。また、axial modulus軸弾性率)は縦応力(longitudinal stress)と一軸縦歪(uniaxial longitudinal strain)の比例定数のことで、shear modulus剛性率)はelastic modulusの一種で、せん断応力せん断歪の間の比例定数のことである。

用例10.      Referring to the Tables of aspheric constants (Tables, 1C, 2C, 3C, 4C, 5C, 6C, 7C, and 8C), the aspheric equation describing an aspherical surface may be given by:

2018126141046.png

where Z is the sag of surface parallel to the z-axis (the z-axis and the optical axis (AX) are coincident in these example embodiments), r is the radial distance from the vertex, c is the curvature of the surface at the vertex (the reciprocal of the radius of curvature of the surface), K is the conic constant, and A, B, C, D, E, F, G, and H are the aspheric coefficients. (WO2015/065730)[非球形定数の表(表1C、2C、3C、4C、5C、6C、7C、及び8C)を参照すると、非球形表面を説明する非球形式は、以下のように提供されてもよい。

2018126141046.pngのサムネイル画像

式中、Zはz軸に平行な表面のたるみ(これらの例示的実施形態では、z軸及び光軸(AX)は一致する)、rは頂点からの半径距離、cは頂点における表面の曲率(表面の曲率半径の逆数)、Kは円錐定数、並びにA、B、C、D、E、F、G、及びHは非球形係数である。(特表2016-537689改)]

 原文のaspheric coefficientsaspheric constantsの間違いである。従って訳も「非球形定数」に統一すべきである。なお、定数は単位を持つ場合と持たない場合の両方ある。有名なプランク定数(h)は6.626070040(81)×10−34 Jsで、ジュール秒というSI単位を持っている。

 次に、日英翻訳の訳例を挙げる。

【課題1】   

201812614631.png

 

ここで、式(20)におけるWは補正値を表す。

訳例:where W represents a correction factor.

 日本語の「補正値」は明らかに「補正係数」を意味している。字句通り訳したcorrection valueは意味をなさない。

 

まとめ

1. 数学では、数式の各因数をfactorと呼び、その中の定数をcoefficientと呼ぶ。

2. 物理では、物質に固有の性質を持つパラメータをcoefficientと呼ぶ。

3. 数値の増減を示すときの係数をfactorと呼ぶ。

4. coefficientとfactorの区別の曖昧な用例もある。

5. elastic modulus(弾性係数)のように、特別な呼び方をするものもある。

6. 日本語の「係数」を訳すときは、これらの状況を加味して英語を決める必要がある。

7. 日本語には「係数」という語が使われていないときでもこれらの語がふさわしい場合がある。

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