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実戦コラム

技術翻訳としての特許翻訳 第5回

第5回 原文の技術的誤りの対処

 微粒子に関する特許は、染料、磁性粉、二次電池、トナー、樹脂やゴム組成物、電子部品など、ありとあらゆる分野で出願されている。これらの特許の中では微粒子の大きさやその分布を規定したものが多く見られる。

<例1>   前記蛍光体の平均粒径が0.5~6.0mmの範囲であり、中央粒径が2.0~10.0mmの範囲であることを特徴とする請求項1に記載の希土類燐バナジン酸塩蛍光体。

 これはある特許の1従属クレームであるが、これ自体の翻訳は難しくない。

【訳例】The rare earth vanadate phosphor of claim 1, having an average particle diameter in a range of 0.5 to 6.0 μm and a median particle diameter in a range of 2.0 to 10.0 μm.

 厳密に言うと、蛍光体は微粒子なので、発明の主題(subject matter)はparticulate rare earth vanadate phosphorとした方がよいが、例2の文との調和を考えて上記のように訳した。この例のように、構成要素の数値限定が入っている場合、明細書でその測定方法が明記されていないと、その特許は権利行使できない可能性が高い。なぜならば、第3者がその数値を客観的に決めることができないからである。

 この例では、明細書中に次のような記載がある。

<例2>   本発明の希土類燐バナジン酸塩蛍光体は、粒子形状が多面体であって、平均粒径が0.5~6.0mmの範囲であり、中央粒径が2.0~10.0mmの範囲であり、且つ分散度が0.35~0.80の範囲にある。ここで、平均粒径は空気透過法によるフィッシャー・サブ・シーブ・サイザー(F.S.S.S)を用いて測定した値であり、一次粒子の大きさを示す。中央粒径は電気抵抗法のコールターマルチサイザーII(コールター社製)を用いて測定し、50%粒子径(体積基準)を示す。この場合、粒子が強く凝集していると一次粒子にまで分散させることは難しく、凝集した二次粒子が測定にかかる。

【訳例】The inventive rare earth vanadate phosphor consists of polygonal particles having an average particle diameter in a range of 0.5 to 6.0 μm, a median particle diameter in a range of 2.0 to 10.0 μm, and a variance in a range of 0.35 to 0.80. The average particle diameter indicates the size of primary particles and is determined by an air permeability technique with a Fisher Sub Siever Sizer (F.S.S.S). The median particle diameter indicates 50% particle size on the volumetric basis and is determined by electrical resistivity with the Multisizer 3 COULTER COUNTER®. In the case of strong aggregation of primary particles, the aggregated or secondary particles are served for measurement without disintegration of the aggregates into primary particles.

 

 例2の中の「分散度」は粒子径のばらつきの尺度の一つなのでvarianceが使用される。「分散(variance)」の平方根が「標準偏差(standard deviation)」である。統計学の基本を理解していないと適切な用語を見いだせないかもしれないので注意が必要である。標準偏差と分散の定義については、インターネットで簡単に見つけることができる。

 この特許では、平均粒径と中央粒径は定義されているので問題ないが、翻訳者はこの2つの違いを理解しておく必要がある。

 一般に集合体としての粒子の大きさは、多数個の粒子の大きさを測定して、その分布で表すのが一般的である(粒度分布という)。粒度分布は頻度で表す場合と累積として表す場合がある。

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 しかし、粒度分布を常にこのようなグラフで表すのは不便なために、次のような指標がよく使用される。  

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      ●   モード径:出現比率が最大の粒子径。または分布の極大値。

    ●   メジアン径(d50):粉体をある粒子径から2つに分けたとき、大きい側と小さい側が等量となる

      径のこと。この他に、d10、d90などもよく使われる。

    ●   算術平均径:粒子径分布の算術平均径。

 平均径には算術平均径以外にも右に示すようなものがあるので、特許ではどの平均径を使用しているのかを正しく理解する必要がある。

<例3>   「平均粒径D50」は以下の方法で測定した。即ち、イオン交換水により固形分5%に希釈したバインダー樹脂を、室温で30分間、500rpmの条件で攪拌後、粒度分布計(日機装(株)社製「マイクロトラックUPA150」)にて3回測定した粒度分布におけるD50(50%の粒子がこの粒子径以下の大きさであることを示す)の平均値を、平均粒径D50とした。

【訳例】The “averaged median diameter D50” was determined as follows: a dispersion of 5% binder resin particles in deionized water was agitated at 500 rpm at room temperature for 30 minutes, the particle diameter was measured three times with an ultrafine particle analyzer Mirotrac UPA 150 (NIKKISO), and the three median diameters D50 were averaged where D50 indicates that 50% particles have diameters less than the median diameter.

 例3における「平均粒径D50」は3回の平均値を意味するので、正確には「メジアン径D50の平均値」と書くべきところである。

<例4>   前記無機充填材粒子の平均粒径D50が0.1~100μmであることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。

 例4の明細書には「平均粒径D50」の定義も測定法も書かれていない。従って、鋭い審査官ならそれを理由に拒絶するところだが、仮に特許になっても権利行使できるか微妙である。というのも、上に説明したとおり、D50はメジアン径であって平均粒径ではないからである。このような場合の訳例Aを示す。

【訳例A】(パリ条約に基づく出願):The method of claim 1, wherein the inorganic filler particles have a median diameter D50 in a range of 0.1 to 100 μm.

パリ条約に基づく外国出願の場合の翻訳では、日本語の不備は可能な限り是正して翻訳するのがよい。もちろん、「平均粒径D50」を「メジアン径D50」と読みとった旨のコメント(依頼主宛)を記す必要がある。

【訳例B】(PCT出願の翻訳):The method of claim 1, wherein the inorganic filler particles have an average diameter D50 in a range of 0.1 to 100 μm.

PCT出願の翻訳文は原語の意味範囲を超えない翻訳が求められる。仮に「平均粒径D50」が誤りとしても、その通りに訳しておいて、後に補正書でこの部分を正しい表現に改める方が無難である。このような翻訳の場合でも技術的におかしいところはコメントした方がよい。

 

【教訓】

①    特許翻訳は技術翻訳のひとつ

②    粒子径に関する翻訳は、粒度分布とその専門用語の定義を正しく理解してから翻訳にかかる

      ③    定義がおかしいときは、必ず依頼主にコメントする

 

技術翻訳としての特許翻訳 第4回

第4回 日英翻訳における技術のポイント

 日本語は数の概念がないか、あるとしても曖昧な場合が多い。日英翻訳にあたって最初に留意すべき点は数の把握とそれに関連して冠詞を決めることである。この部分は日本語の文字からは浮かび上がってこないので、翻訳者が文脈で読み取る必要がある。明細書を丁寧に読めば数を把握できる場合は問題が起こらないが、技術的な常識がないと数を決めることができない場合があるので注意しなければならない。

 

<例1>   該スイッチング素子を共振周波数の近傍の周波数で交互にオン、オフして制御することによって、トランスの一次側コイルに正弦波状の電流を流す。そして、トランスの二次側コイルに誘起された電流をダイオードにより整流しコンデンサで平滑して出力するもので、高効率・低ノイズのスイッチング電源装置として知られている。

【ある訳例】The switching elements are alternately activated or inactivated in the vicinity of a resonance frequency such that sine-wave current flows to the primary coil of the transformer. The current induced in a secondary coil of the transformer is rectified with a diode and is smoothed with a capacitor to be output. The switching power supply device having such configurations can achieve high power efficiency and low noise.

 一見、完璧に見える翻訳だが、この翻訳者はこの分野に関する技術常識を持っていないことが明らかである。まず、「共振周波数の近傍」を字句通りにin the vicinity of a resonance frequencyとしていることである。「近傍」は「近く」の漢語表現だが、あくまでも「近傍」は「近く」であって、その箇所あるいは部分を含まない。共鳴は、通常共振周波数で行うのだからここは「共振周波数の近傍」はむしろ「共振周波数で」としなければならない。誤差を含んでその前後の周波数を含むのであれば「共振周波数あるいはその近くの周波数で」と書かなければならない。このように、日本語明細書における「近傍」はしばしばその位置あるいは時間を含んでいることを頭に入れておかなければならない。

 共振回路にもいろいろあるが、下図に示すのはコイルとコンデンサを直列に接続した「直列共振回路」である。右図の共振周波数と電流の回路が示すとおり、電流値が最も高い共振周波数f0を使用するのが筋だから、単にin the vicinityでは駄目でatとすべきところである。ただし、共振周波数の前後でも電流は減少するが流れるので回路の安定性などを考慮して「近傍」も含めておくのが、法律文書としての役割を果たす明細書翻訳では重要なことである。

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 第2の問題は、ダイオードをa diodeと単数にしていることである。一個の整流ダイオード(下図)を使用する整流は「半波整流」という。半波整流では、入力した交流電流の半分しか利用できないので、非効率的である。全波整流のためには整流器は少なくとも2つ必要であるが、現在では整流ダイオード4つをブリッジに接続した全波整流回路が使用されている。従って、例1のダイオードは複数でなければならない。単数にしても致命的ではないが、技術常識の欠如をさらけ出すので好ましくない。

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半波整流回路(http://www.miyazaki-gijutsu.com/series4/densi0421.html)

 

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http://www.eonet.ne.jp/~hidarite/me2/img/heikatukairo02.gif

 

【改訂訳例】The switching elements are alternately turned on and off at or near the resonance frequency such that sinusoidal current flows in the primary coil of the transformer. The current induced in a secondary coil of the transformer is rectified with diodes and is smoothed with one or more capacitors before output. The switching power supply having such a configuration can output having high power efficiency with low noise.

 上に掲げた全波整流回路の図では平滑回路として1個のキャパシタが使用されているが、改訂訳例でキャパシタの数をone or more capacitorsとしたのは、平滑回路のキャパシタは1個とは限らないからである。2番目の文をThe current induced in a secondary coil of the transformer is rectified and smoothed with a rectifying circuit and a smoothing circuit for output.とするとdiodeとcapacitorの数を隠すことができる。日本語を逐一訳すのではなく、技術的に意味等価な範囲で言い換える技術を習得すれば、表現の幅が広がる。

 

 以上述べたように、自分の知らない技術用語が出てきたら、辞書で訳語を調べる前に、日本語でその技術的な意味を正確に知る習慣をつけることが重要である。現在はほとんどの技術をインターネットで確認することができる。この例のように、整流について調べたい場合はGoogleで「整流」あるいは「整流器」で画像検索し、わかりやすい図面を収載しているウェブページにアクセスして、整流の原理を正しく理解すればよい。

 

【教訓】

①    特許翻訳は技術翻訳のひとつ

②    表現におぼれる前に技術を正しく理解する

③    技術が理解できたら、英文構築を行う

     ④    英文チェックは技術的意味が他人に理解できるように訳されているかで行う

技術翻訳としての特許翻訳 第3回

第3回 化学特許翻訳における化合物の名称

化学特許の翻訳で留意すべき点のひとつは化合物の名称である。日英・英日翻訳どちらにおいても、化合物名の翻訳に際しては化学的な知識、特にその構造に関する知識が欠かせない。

化合物の命名法はInternational Union of Pure and Applied Chemistry(IUPAC)に定められている。これ以外にもAmerican Chemical SocietyがChemical Abstracts(CAS)誌で使用するCASレジストリーに登録するための命名基準が存在する。両者は共通する部分もあるが、異なっている部分もある。これ以外にも慣用名などや略称などもあり、1つの化合物が数個の名称を持つことも珍しくない。このような状況において、明細書中の正しい化合物名の表記は非常に重要である。

IUPACに定められている命名法は英語表記が基準となっている。化合物の日本語表記の基準は、「化合物命名法―IUPAC勧告に準拠―」(日本化学会命名法専門委員会編、東京化学同人刊)に記されている。これは化学系翻訳者にとって必須の書である。ウェブページでは、化合物命名法談義(http://nomenclator.la.coocan.jp/)が、非常に利用価値が高い。

化合物の日本語表記は大きく分けて、英語の綴りを「ローマ字」読みしたいわゆる「字訳」と、日本語独自の名称に翻訳した「翻訳名」の2つがある。圧倒的に多いのが字訳で、翻訳名は一部の化合物に限られている。従って、翻訳者は「字訳」の基準と、「翻訳名」が適用される範囲を正しく理解しなければならない。有機化合物の翻訳名の代表はカルボン酸とそのエステルである。これらについては、日英・英日いずれの翻訳においても注意が必要である。

カルボン酸の日本語表記は翻訳名であるが、酢酸(acetic acid)のように純粋な翻訳名とプロピオン酸(propionic acid)のように字訳と翻訳名が入り交じったものがあり、後者の方が圧倒的に多い。カルボン酸の英語表記では、語尾が必ず“~ic acid”となるが、これを日本語では“-酸”と翻訳する。その際に、icの部分をnに読み替える。例えば、ステアリン酸はstearic acidの字訳である。

カルボン酸の中性塩の英語名は陽イオンの後に陰イオン名を置き、酸からプロトンが失われてできる陰イオン名は酸の接尾語-ic acidを-ate(アート)に変えて作ることになっている。先ほどのacetic acidの塩は、例えばsodium acetateとなる。日本語では酸名の後に陽イオン名を並べて命名する。従って、sodium acetateは「酢酸ナトリウム」となる。このように、塩の命名法では、①英語は酸の部分の語尾が変化するが、日本語は変化しない、②英語と日本語は陽イオンと陰イオン名の記述が逆転している、ことに留意しなければならない。

カルボン酸とアルコールの反応生成物をエステルと呼ぶ。エステルの英語名は中性塩と同様の方法で命名する。すなわち、アルキル基またはアリール基の名称を陽イオンの代わりに置く。例えばethanol(エタノール)とacetic acid(酢酸)の反応生成物をethyl acetateと称する。厄介なのはここからである。エステルの名称を日本語で書くときは次の(ア)、(イ)のいずれかに従うことになっている。

(ア)  先に酸名を、次にアルキル基などの名称を記す。先ほどのethyl acetateは酢酸エチルとなる。化学会の基準ではこの方法が最も推奨される。

(イ)  英語名をそのまま字訳する。つまりアルキル基などの基名を書き、次に酸から誘導された陰イオン名(アート名)を書く。例えば、ethyl acetateはエチルアセタート(エチルアセテートではない)と書く。この方法の欠点はエチルとアセタートの関係がよく分からなくなることである。このような混乱を避けるために、成分が複合名の場合は、両成分の間につなぎ符号=を入れることになっている。英語にはスペースがあるが、日本語の概念にはスペースはないので、つなぎ符号で代用するという訳である。Ethyl acetateもエチル=アセタートとすればより明確になるが、このように簡単な化合物では、つなぎ符号は使用されない。

 

このような命名法の規則を知っていないと、意図したものとは全く異なる化合物を表していることになるので注意が必要である。以下に、間違った日本語表記の例を示す。

 

<例1>   攪拌機付き20リッターステンレス製オートクレーブに、高純度ジメチルテレフタル酸を1409g、その4倍モル量の1,4-ブタンジオール、チタンブトキサイド2gを仕込みエステル交換しポリブチレンテレフタレート(PBT)を得た。

 

エステル交換反応(transesterification)は次式で表されるとおり、エステルとアルコールを反応させて、それぞれの主鎖部分を入れ替える反応である。

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従って、「ポリブチレンテレフタレート」(ポリブチレンテレフタラートが化学会推奨の呼称)を製造するには「1,4-ブタンジオール」と「テレフタル酸ジメチル(下記式A)」を反応させなければならない。しかし例1の「ジメチルテレフタル酸」は下記式(B)に示すとおり酸であってエステルではない。

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 この事例では、「ジメチルテレフタル酸」(dimethylterephthalic acid)を「テレフタル酸ジメチル」(翻訳名)または「ジメチル=テレフタラート」(字訳)に読み替えて翻訳しなければならない。対応する英語はdimethyl terephthalateである。

 

【例1の訳例】A 20-liter stainless steel autoclave equipped with an agitator was loaded with high-purity dimethyl terephthalate (1409 g), 1,4-butandiol (four times the molar amount), and titanium butoxide (2 g) to form polybutylene terephthalate (PBT) through transesterification.

 

なお、例1における「チタンブトキサイド」は英語読みであり、化学会推奨の呼称は「チタンブトキシド」である。

 

英日翻訳におけるエステルの日本語表記について述べる。

 

<例2>   (rac)-4-(3-amino-1-(isoquinolin-6-ylamino)-1-oxopropan-2-yl)benzyl 2,4-dimethylbenzoate dimesylate

 

この化合物は2つの酸が関与したエステルであり、翻訳名は2,4‐ジメチル安息香酸ジメシル酸(rac)‐4‐(3‐アミノ‐1‐(イソキノリン‐6‐イルアミノ)‐1‐オキソプロパン‐2‐イル)ベンジルエステルとなる。最後のエステルは必須ではない。ちなみに、字訳は(rac)‐4‐(3‐アミノ‐1‐(イソキノリン‐6‐イルアミノ)‐1‐オキソプロパン‐2‐イル)ベンジル=2,4‐ジメチルベンゾアート=ジメシラートと、2カ所につなぎ符号=を入れる。つなぎ符号がないとエステルの構造が容易には理解できなくなる。

 

次例は、この応用例である。

 

<例3>   To a refluxing methanolic solution of substituted or unsubstituted sodium benzylthiolate prepared from 460 mg (0.02g atom) of (i) sodium, (ii) substituted or unsubstituted benzyl mercaptan (0.02 mol) and (iii) 80 ml of absolute methanol, is added freshly distilled substituted or unsubstituted phenylacetylene.

 

【公開された誤訳】46 mg(0.02グラム原子(g atom))の(i)ナトリウム、(ii)置換された若しくは置換されていないベンジルメルカプタン(0.02 mol)及び(iii)80 mlの無水メタノールから調製された、置換された若しくは置換されていないベンジルチオール酸ナトリウムの環流メタノール溶液に、新たに蒸留された置換された若しくは置換されていないフェニルアセチレンを加える。

上記の訳では、化合物名が誤訳である。Sodium benzylthiolateの化学式は下記の通りで、R1からR5までがすべて水素の場合は非置換であり、それらの内の1つでも水素以外の元素に置き換わっている場合は置換となる。化学的な知識を持っていて、名称から構造を想起できる人なら、この化合物はチオールの水素がナトリウムに置き換わったもの、すなわち、チオラート化合物であることが容易に理解できる。言い換えれば、アルコラートの酸素がイオウに置き換わったものである。アルコラートは酸の塩には属さないのでチオラートも酸の塩には属さない。sodium benzylthiolateの日本化学会推奨の日本語表記は「ナトリウム=ベンジルチオラート」である。ナトリウムと反応する前のbenzylthiol(ベンジルチオール)の構造を合わせて示す。

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IUPAC命名法に基づく、日本化学会の命名法に従うと、アルコール(R-OH)からHを除いた基(R-O-)を「アルコラート(alcolate)」と呼ぶ。例3のsodium benzylthiolateはそのまま字訳で「ナトリウム=ベンジルチオラート」と呼ぶことになっている。=記号は英語のスペースに相当するが、=がなくても誤解のない場合は省略することができるので、「ナトリウムベンジルチオラート」でもよい。なお、alcolateは英語読みをすると「アルコレート」、またthiolateは英語読みにすると「チオレート」だが、化学会の推奨命名法は基本的にローマ字読みに従っている。

以上述べたとおり、化学名の翻訳は命名法の基準に則り正しく表記しなければならない。日本語明細書、英語明細書でよくある間違いはisopropanol(イソプロパノール)である。IUPAC命名法ではisopropaneという名称は認められていないので、その誘導体のisopropanolも認められていない。一方で、isopropyl alcohol(イソプロピルアルコール)という慣用名が存在していたために、isopropanolという誤用が広まってしまった。IUPACの正式名称は、かつては2-propanol(2-プロパノール)だったのだが、その後改正されて現在ではpropan-2-ol(プロパン-2-オール)という。このように化合物名の翻訳には系統的な知識と経験が必要である。

 

【教訓】

①    化合物名の命名法は専門書やインターネットで正しい知識を学習する

②    時には、構造式や反応を正しく理解した上で翻訳に臨む

③    よくある間違いを繰り返さないため、自分でデータを整理しておく

 

技術翻訳としての特許翻訳 第2回

第2回 英日翻訳における技術の理解(2)

今回は電気・機械分野における専門技術を理解していないために起こった誤訳例を述べる。

  1. Typical high performance delta sigma modulators include fourth (4th) order and higher loop filters although filter 104 can be any order.

【公開された誤訳】典型的な高性能デルタシグマ変調器は、4番目(第4)の高ループフィルターを含むが、何番目のフィルター104であってもよい。

この特許は、非線形デルタシグマ変調器でアナログ信号を量子化するシステムに関するものである。この訳のfourth (4th) orderany orderorderは「高次のノイズ」のことであって、「順番」ではない。

この誤訳は、この分野の技術が全く理解できていないことを露呈している。この記述はアナログ信号に含まれている「高次成分の雑音」を除く技術に関するものである。アナログ信号は特定の周波数を持つ波で表されるが、その整数倍の高次の周波数成分を高調波(harmonic wave)と呼んでいる。高調波は音楽や音響工学分野では倍音と呼ばれる。 元々の周波数を基本波、2倍の周波数(2分の1の波長)を持つものを2高調波(second harmonic)、さらに n倍の周波数(n分の1の波長)を持つものをn高調波(n-th harmonic)と呼ぶ。波に関するこれらの最低限の知識がないと、この特許の翻訳はおぼつかない。

なお、音楽では、「一オクターブ上の音」というが、これは基準となる音の倍音のことで、第2高調波に相当する。バイオリンなどの弦楽器では基本となる音とその倍音を一本の弦で同時に出す特殊な奏法があるが、これを「ハーモニック奏法」と呼んでいる。仮に物理の知識があやふやでも、音楽のこの種の知識があればそれを手がかりに高調波について調べることができるはずである。どんな知識でも知っておくと、翻訳には有利に作用する。

今は、Googleの画像検索や動画検索で高調波を視覚的・聴覚的に理解することができる。非技術系翻訳者は技術の理解をおろそかにして訳語の選定にばかり関心を持つ傾向が強いが、ウェブページや電気に関する書籍などから正しい知識を学ぶ習慣を身につけるべきである。そうしないと、今回示したような恥ずかしい誤訳を生み出すことになる。

以下に改訂訳例を挙げる。

【改訂訳例】典型的な高性能デルタシグマ変調器は、4次以上の(高調波)成分を除くループフィルターを含むが、フィルター104の次数はこれらに限定されない。

つまり、”any order”は「何次(以上)であってもよい」という意味である。

この特許翻訳では、以下に示すように、高調波に関する部分が一貫して誤訳になっているが、これらの部分の技術的な意味を理解する努力をすると、逆に最初の文が誤訳であることに気付くはずである。

変調器に関する冒頭の説明は、次のようになっている。

Figure 1 depicts a conventional delta sigma modulator 100 that includes a monotonic quantizer 102 for quantizing a digital input signal x(n), where “x(n)” represents the nth input signal sample.  The delta sigma modulator 100 also includes an exemplary fourth (4tu) order noise shaping loop filter 104 that pushes noise out of the signal band of interest.(公開された誤訳:図1は、デジタル入力信号x(n)を量子化する単調量子化器102を含む従来のデルタシグマ変調器100を示す。ここで「x(n)」はn番目の入力信号サンプルを示す。また前記デルタシグマ変調器100は、雑音を関心の信号帯域外に押し出す典型的な4番目(第4)のノイズシェーピングループフィルター104を含む。)

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【改訂訳例】図1は、デジタル入力信号x(n)を量子化する単調量子化器102を含む従来のデルタシグマ変調器100を示す。ここで「x(n)」はn次の入力信号サンプルを示す。また前記デルタシグマ変調器100は、目的とする信号帯域から雑音を取り除く典型的な4次のノイズシェーピング・ループフィルター104を含む。

ノイズシェーピングはデルタシグマ変調において、ノイズ成分を高い周波数領域(この例では第4高調波領域)まで押しやる操作のことである。こうすることで信号領域のノイズ成分を減らすことができる。

さらに、明細書の図10に関する次のような説明部分も間違っている。

Figure 10 depicts a lookahead, jointly non-linear delta sigma modulator 1000 that includes an Nth order noise shaping filter 1004, such as filter 104 and a quantizer 1001 implementd by a jointly non-linear function generator 1002. (公開された誤訳:図10は、フィルター104などのN番目のノイズシェーピングフィルター1004、および合同非線形関数発生器1002によって実装される量子化器1001を含むルックアヘッド合同非線形デルタシグマ変調器1000を示す。)(紙面の都合で図10は掲載省略)

この英文中のjointly nonlinearも、訳文の「合同」も意味がわかりにくいが、明細書中にjointly nonlinearの定義があるので当業者には理解できるのかもしれない。訳は「N番目」が間違っているほか、「ルックアヘッド」が安易である。

【改訂訳例】図10は、フィルター104などのN次のノイズシェーピング・フィルター1004、および合同非線形関数発生器1002に実装される量子化器1001を含む先読み合同非線形デルタシグマ変調器1000を示す。

次の部分とそれに関連する特許請求の範囲の訳も技術的に全く意味が通じない。

The jointly non-liner delta sigma modulator includes a noise shaping filter to process a signal and generate N state, variables, wherein N is greater than or equal to two.(公開された誤訳:前記合同非線形デルタシグマ変調器はノイズシェーピングフィルターを含み、信号を処理して状態変数を生成する。ここで、は2より大きいかまたは等しい。)

【改訂訳例】前記合同非線形デルタシグマ変調器はノイズシェーピング・フィルターを含み、信号を処理してN個の状態変数を生成する。ここで、は2以上である

Claim 6. The signal processing system as in claim 5, wherein the subset of the integrators consists of the Nth integrator through the N-xth integrators, wherein 2 ≤ X ≤ N-1.(公開された誤訳:【請求項6】前記積分器のサブセットがN番目の積分器から(N-x)番目の積分器で構成され、ここで、2≦x≦N-1である、請求項5に記載の信号処理システム。)

【改訂訳例】【請求項6】前記積分器のサブセットがN次の積分器から(N-x)次の積分器(2≦x≦N-1)で構成される、請求項5に記載の信号処理システム。

確かに、この特許は数式も多く、専門家以外には理解が困難な内容である。完全ではなくとも技術の基本的なことはきちんと理解して翻訳するという姿勢で臨まないと、専門家が読んで納得できる翻訳文には仕上がらない。

【教訓】

① 専門外の分野の翻訳の前に、基本になる技術を正しく理解すること

② Google、特にGoogle画像検索で技術の理解を高める

③ 技術的意味が通じない部分は調べ直すことが必要

④ 安易なカタカナ語を避ける

 

違いが分かる技術用語・特許用語(10)

      16   reflectanceとreflectivity, transmittanceとtransmissivity, absorbanceとabsorptivity 

これらは光などの電磁波の性質を述べる用語である。本論に入る前に、reflection(反射)、transmission(透過)、吸収(absorption)の関係について説明する。

 反射は、2つの媒体の境界で光や電波などの波動が当たって跳ね返る(表面反射)、あるいはある媒体内で跳ね返る(体積反射)現象のことである。透過は、媒体を光や電波が通り抜ける現象のことである。吸収は媒体中で光や電波が吸収されて熱エネルギーに変化する現象のことである。

 入射光に対する反射光の比率を表す語に反射率(reflectance)と反射能(reflectivity)がある。reflectivityは2つの媒体の境界での光の反射率を意味し、reflectanceは2つの特定の媒体の内部反射や内部散乱などの効果を加味した光の反射率を意味する。

 次の図は、空気からガラスを通って空気へ抜ける光の反射率を模式的に示している。

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 この図で、空気からガラスに入る光のreflectivity(反射能)は0.074である。従って、ガラスを透過する光の透過能(transmissivity)は1.0-0.074 = 0.926となる。ガラスを透過した光の一部は後面で内部反射されて上に向かう。この光の一部は外に出るが、一部は上の境界で内部反射されて下に向かう。このような内部反射が何度も繰り返されて内部反射光は減衰する。上の境界で内部反射光を全部合わせた値が反射率(reflectance)となる。従って、reflectanceはreflectivityより大きな数値を取る。一方の透過光に視点を変えると、透過能(transmissivity)は0.926だが、実際には内部反射で上面から上に逃げる光を差し引いた値がtransmittance(透過率)となる。当然のことだが、transmittanceはtransmissivityよりも小さくなる。不透明材料の場合は、光の透過は起こらないと考えられるので、reflectanceとreflectivityは実質的に同じとなる。

 こうしてみると、実際にはreflectanceとtransmittanceが実際の測定値を反映していると考えられる。

 では、実際の用例でこれらの語がどのように使用されているかを検証する。

用例1.     An electronically dimmable optical device, including, in sequence, an active absorbing polarizer; a first static reflective polarizer; an active polarization rotator; and a second static reflective polarizer; configured so that the reflectivity and/or transmissivity of the device can be controlled (increased or decreased) by application of a voltage across the active absorbing polarizer and/or the active polarization rotator. (USP 9,304,333)

公開公報の訳:順番に能動吸収偏光子12と、第1の静的反射偏光子14と、能動偏極回転子と、第2の静的反射偏光子18と、を含む電子的調光可能光学装置であって、同装置の反射率及び/又は透過率が能動吸収偏光子及び/又は能動偏極回転子の両端に電圧を印加することにより制御(増加又は低減)されるように構成された電子的調光可能光学装置。(特開2018-32042)

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 英語のreflectivityとtransmissivityがそれぞれ「反射率」と「透過率」と訳されている。

用例2.     The article of one or more embodiments exhibits superior optical performance in terms of light transmittance and/or light reflectance. In one or more embodiments, the article exhibits an average light transmittance (measured on the anti-reflective surface only) of about 92% or greater (e.g., about 98% or greater) over an optical wavelength regime (e.g., in the range from about 400 nm to about 800 nm or from about 450 nm to about 650 nm). In some embodiments, the article exhibits an average light reflectance (measured at the anti-reflective surface only) of about 2% or less (e.g., about 1% or less) over the optical wavelength regime. (WO2016/018490)

公表公報の訳:1つ以上の実施形態の物品は、光透過率および/または光反射率に関して優れた光学的特性を示す。1つ以上の実施形態において、物品は、光学波長領域(例えば、約400nm~約800nm、または約450nm~約650nmの範囲)で、約92%以上(例えば、約98%以上)の(反射防止表面のみで測定される)平均光透過率を示す。実施形態によっては、物品は、光学波長領域で、約2%以下(例えば、約1%以下)の(反射防止表面のみで測定される)平均光反射率を示す。(特表2017-519232改)

 測定値ということでreflectanceとtransmittanceが使用されている。

用例3.     The relative energies of the output pulses can be controlled by choosing the transmission and reflection coefficients of the beam splitters. (WO2015/195877)

公表公報の訳:出力パルスの相対エネルギーは、ビームスプリッタの透過率および反射率を選択することによって制御できる。(特表2017-525144)

 ここでは、transmittanceの代わりに、transmission coefficient(透過係数)が、reflectanceの代わりにreflection coefficient(反射係数)が使用されている。訳はどちらも「率」となっている。

用例4.     Adjacent microlayers also have a refractive index mismatch Δnz that provides the film with reduced reflectivity R1 and increased transmission for p-polarized light in the extended wavelength band incident on the film in a first plane of incidence at an angle θ oblique, where R1 is no more than half of the minimum of on-axis reflectivity. (WO2010/059566)

公表公報の訳:隣接するマイクロ層はまた、斜角θの第1入射面においてフィルムに入射する拡張された波長帯域にて、p偏光に関して、低減した反射率R1及び増加した透過率をフィルムに提供する、屈折率不整合Δnzを有し、R1は軸上反射率の最小値の半分以下である。(特表2012-509509)

 用例1と同じく、reflectivityとtransmissivityがそれぞれ「反射率」と「透過率」と訳されている。

 次に、日本語明細書の英訳例を示す。

【課題1】フィルム幅方向中央部から5cm×5cmのサイズでサンプルを切り出した。次いで、分光光度計((株)日立製作所製、U-4100  Spectrophotometer)を用いて、入射角度Φ=0度における透過率及び反射率を測定した。

訳例:A sample of 5 cm square was cut off from the center along the width of the film.  The transmittance and reflectance at an incident angle Φ = 0 degree of the sample were determined with a photospectrometer U-4100 made by Hitachi, Ltd.

【課題2】光源から測定光をハーフミラーに照射した場合、理想的にはハーフミラーの表面からの入射された光に対しても、ハーフミラーの裏から入射された光に対しても、反射率および透過率は同じであることが望ましい。しかしながら図6に示すように、実際にはハーフミラーはわずかな厚みを有しており、表面が蒸着層となっていることが多い。そうすると、ハーフミラーの表面から入射された光に対する反射率(または透過率)と裏面から入射された光に対する反射率(または透過率)は、わずかに異なる可能性がある。そして絶対反射率測定を正確に測定する場合は、このハーフミラーの表面、裏面に対する誤差(表面と裏面の特性の違い)も考慮する必要がある。

訳例:It is preferred that the incident light on the front face of the half mirror and the incident light on the back face of the half mirror have the same reflectance and transmittance ideally in the case that the half mirror is irradiated with light from the light source.  However, the half mirror actually has a slight thickness as shown in Fig. 6 and is provided with a deposited surface layer; hence, the incident light on the front face and the incident light on the back face will have slightly different reflectance or transmittance.  Accordingly, the absolute reflectance should be measured in view of such a difference between the front and back surfaces of the half mirror.

 

 次に、absorbanceまたはabsorbencyは、ある物体を光が通った際に強度が弱まる度合いを示す無次元量のことで、「吸光度」と呼ばれる。吸光度は透過率(transmittance)の逆数の常用対数値で表現される。詳しく説明すると、波長ラムダにおける吸光度Aλ

  Aλ = - log(I/I0

で表される。つまり、入射光強度I0と透過光強度Iの比(透過率)の常用対数をとり、吸収のある場合を正とするために負号を付けたものである。透過率が光路長に対し指数関数的に減衰するのに対し、吸光度は対数で表されているため光路長に比例して減少する。

 なお、absorptivityは、辞書では「吸光率」、「吸光係数」、「吸収率」、「吸収能」、「吸収度」、「吸収係数」、「吸光」、「吸収性」など多くの訳語が登録されているすが、「吸収能」がもっとも一般的な用語と考えられる。

用例5.     Upon addition of the H2O2, the absorbance increased rapidly at all wavelengths and then decreased rapidly.

訳例:過酸化水素を添加すると全波長で吸光度は急速に増加し、次いで急速に減少した。

【課題3】450nmおよび550nmにおける吸光度を測定し、これらの吸光度の差を求めた。

訳例:The absorbances at 450 nm and 550 nm were measured and the difference between them was calculated.

 

まとめ

  1. 反射能(reflectivity)は2つの物体の境界における光の反射率を表し、反射率(reflectance)はreflectivityに内部及び裏面での反射による寄与を加えた値を表す。従って、一般には、reflectanceの方がreflectivityより大きい。
  2. 透過能(transmissivity)は1からreflectivityを引いたものである。入射光のすべてが裏面から出射するわけではないので、透過率(transmittance)は透過能(transmissivity)よりは小さい。
  3. 明細書ではreflectance (transmittance)とreflectivity (transmissivity)のどちらを指しているのか明確でないことがある。

 

違いが分かる技術用語・特許用語(9)

14   吸収(absorption)、吸着(adsorption)、収着(sorption)

 吸収(absorption, 動詞はabsorb)は、物質(吸収質:absorbate)がある相から別の相(吸収媒あるいは吸収剤:absorbent)に移動する現象を意味します。語幹のabは「~から」、語尾のsorbは「吸い込む」の意味を持っています。吸収は物理吸収(physical absorption)と化学吸収(chemical absorption)に分類されます。スポンジが水を吸収するのは物理吸収で、塩化カルシウムや五酸化リンが空気中の水分を吸収するのは化学吸収です。「光の吸収」のように、物以外でも使用されます。

 

用例1.      It is apparent from FIG. 8 that as the absorbance for the band at 316 nm decreases, a new absorption appears at 516 nm which increases in intensity for approximately 100 s, but then it decreases back to its starting value. (USP 6,136,223)

訳例:図8から明らかなように、316nm帯の吸光度が減少するにつれて、516nmに新たな吸収が現れ、約100秒間強度が増加するが、また最初の値に戻る。

 

用例2.      The device will also bypass the proximal small intestine or the roux limb of the intestine in order to produce intestinal mal absorption, bilio-pancreatic diversion or both. (WO2017/52694)

訳例:この装置はまた、腸の吸収不良、胆膵バイパス、またはこの両方を達成するため、近位側の小腸または腸のルー脚を迂回する。

 

 吸着(adsorption, 動詞はadsorb)は2つの物体の界面で、濃度が周囲よりも増加する現象のことを意味します。具体的には、気相/液相、液相/液相、気相/固相、液相/固相の各界面で起こります。吸着される物を吸着質(adsorbate)、吸着する媒体を吸着剤又は吸着媒(adsorbent)と呼びます。adsorbはad(~の方へ)とabsorbが合わさってできた語です。要するにabsorbとの区別のために作られた語と考えて差し支えありません。吸着も物理吸着(physisorption)と化学吸着(chemisorption)に分類されます。前者では吸着時に吸着質と吸着媒の間に電子の授受がないのに対し、後者では電子の授受があります。

 冷蔵庫の脱臭剤などに使用される活性炭は、活性炭表面における分子間引力(Van der Waals力)による物理吸着の他に、被吸着物によっては、化学的な結合力による化学吸着作用を持つ場合があります。

 

用例3.      US 7,208,651 discloses flushing away from the adsorbent chamber the contents of a transfer line which previously has been used to remove the raffinate stream with one or both of a feed mixture and a material withdrawn from the adsorption zone.

訳例:米国特許第7,208,651号には、供給混合物と吸着区域から回収された物質の一方又は両方を含む抽残液流を除去するために前の段階で使用した移送ラインに液を勢いよく流して内容物を吸着剤室から洗い流すことが開示されている。

 

 固体/気体界面や固体/液体界面に気体分子や溶質が吸着されるとき、固体内部への吸着質の吸収を伴うことがあります。吸着と吸収が同時に起きる現象を収着(sorption)といいます。英英辞典には"take up a liquid or a gas either by adsorption or by absorption"と定義があります。例えば、活性炭やシリカゲルの多孔性固体の細孔内には吸着質が収着されて気相中や溶液内に比べてその濃度が大きくなります。収着という用語に対応して、収着媒(sorbent)、収着物あるいは収着質(sorbate)という用語が使われます。

 なお、吸収、吸着、あるいは収着された物質がそれぞれの媒体から抜け出す作用を脱着(desorption)と呼びます。

 

用例4.      The rotating sorption bed (1) is contained within a plurality of manifolds (8, 9) and the sorption bed (1) and the manifolds (8, 9) are sealed to one another via sealing means (10). (WO1988/006913)

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訳例:回転式収着床(1)は複数のマニフォールド(8,9)内に収容されており、収着床(1)とマニフォールド(8,9)は封止手段(10)二よりお互いに封止されている。

 

 なお、sorption isotherm(等温収着曲線)という語がありますが、実際にはadsorption isotherm(等温吸着曲線)であることがよくあります。

 

15    関連する語:吸蔵(occlusion)、インターカレーション(intercalation)

 吸蔵(occlusion)は気体や液体が固体内部に取り込まれる現象を意味する語です。例えば、パラジウムは体積で数百倍の水素を吸蔵することができます。パラジウム以外にも多くの水素吸蔵合金が知られています。吸収や吸着と異なり、吸蔵の場合は、金属あるいは合金元素と水素との間で固溶体と呼ばれる結晶構造が形成されるのが特徴です。又、マグネシウムと水素は水素化マグネシウムという化合物を作ります。この場合は化学吸蔵と呼ばれます。水素吸蔵合金はニッケル・水素蓄電池、水素自動車の燃料タンクなどに応用されています。

 

用例5.      Upon engine ignition, effectuates hydrogen flow from the high pressure alloy exchanger with rapid heating of the low pressure alloy in the low pressure metal hydride heat exchanger due to hydrogen occlusion. (WO1994/003710)

訳例:エンジン点火のとき、水素吸蔵による低圧合金の急速加熱によって、高圧合金交換器から低圧合金交換器への水素の流入を行なう。(特表平08-500875)

 

 医学、生化学の分野では、occlusionは「閉塞」の意味で使用されます。

 

用例6.      The success of interventions used to prevent or alleviate these conditions, such as thrombolysis and angioplasty are also compromised by platelet-mediated occlusion or re-occlusion. (WO2011/067571)

訳例:これらの症状を予防又は軽減するのに用いられる血栓崩壊及び血管形成術のような介入の成功もまた、血小板による閉塞又は再閉塞によって損なわれる。

 

 インターカレーションは2つの層間に原子あるいは分子が挿入される現象のことです。特に、リチウムイオン二次電池では放電時にanodeの2つのグラファイト層間にリチウムイオンが挿入(intercalete)されることをいいます。充電時には、逆にグラファイト層間からリチウムイオンが脱離(deintercalate)されます。

 

用例7.      The battery further comprises an electrolyte capable of supporting reversible deposition and stripping of aluminum at the anode, and reversible intercalation and deintercalation of aluminum or lithium at the cathode. (WO/2012/044678)

訳例:電池は、陽極におけるアルミニウムの可逆的な堆積・脱離ならびに陰極におけるアルミニウム又はリチウムのインターカレーション及びデインターカレーションを支援する電解質をさらに含む。

 

 次の例のように、日本語明細書では、この現象をいろいろな呼び方をしています。

 

翻訳事例1  セラミックス焼結体からなる正極板は、充放電に伴うLiイオンの脱挿入に伴い寸法変化する。

訳例:A positive electrode plate made of a ceramic sinter undergoes a variation in dimension by the intercalation and deintercalation of lithium ions accompanied by charge and discharge.

違いが分かる技術用語・特許用語(8)

      13  カスケード(cascade)とカスコード(cascode) 

これらの紛らわしい2つの語は電気回路を記述する用語です。

 カスケード(cascade)は滝あるいは、急峻な岩場にある多段の滝を意味する語が転じて、電気分野では、例えば、複数のアンプを直列に接続した一般的な回路構成のことを指します。

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 カスコード(cascode)はcascade connection(直列接続)とtriode(三極管)を組み合わせたいわゆるかばん語で、直列配置された2つのトランジスタのうちのQ1がエミッタ接地、Q2がベース接地となっていて、かつQ1の出力(コレクタ)にQ2の入力(エミッタ)が接続された回路のことをカスコード回路と呼びます。

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 例えば、特開2016-127496には、「第1トランジスタ23のエミッタが第1入力端子21に接続され、第1トランジスタ23のコレクタと第2トランジスタ24のコレクタが接続されることにより、第1トランジスタ23及び第2トランジスタ24はカスケード接続される」、さらに、「第4トランジスタ41及び第5トランジスタ42のそれぞれはnpnトランジスタであり、第4トランジスタ41はエミッタ接地され、第5トランジスタ42はベース接地されることによりカスコード接続される。」との記載があります。

 

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 これら2つの語は非常に紛らわしいのでよく誤用されています。例えば、次例のように、特に、「カスコード」とすべきところが「カスケード」となっている誤用が多くあります。

  1. The drain of the cascode transistor 516 and the drain of the cascade transistor 526 are each coupled to a first side of a transformer 540. The drain of the cascode transistor 526 and the drain of the cascode transistor 528 are each coupled to a first side of a transformer 544. (WO2015/148893)[カスコードトランジスタ516のドレイン及びカスケードトランジスタ526のドレインは各々、変圧器540の第1の側に結合される。カスコードトランジスタ526のドレイン及びカスコードトランジスタ528のドレインは各々、変圧器544の第1の側に結合される。(特表2017-510202)]

 

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 文脈および図面からも明らかなように、"cascade transistor"は"cascode transistor"の誤りです。PCT出願の翻訳文ということで、公表公報でもこの誤りは是正されていません。

 日英翻訳でも同じような間違いが見いだされます。翻訳者として細心の注意を払う必要があります。

 cascadeという語は、「次から次に起こる」という意味でも、よく使用されます。例えば、化学分野では「カスケード反応(cascade reaction)」という語があります。これは、一度の操作によって3つ以上の反応が連続して起こる反応様式のことです。最初に述べた、小滝の水が階段状に連なって流れ落ちる情景になぞらえた表現です。この連続反応はタンデム反応あるいはドミノ反応(domino reaction)とも呼ばれます。

 血液の凝固もカスケード反応と言われています。凝固カスケード(coagulation cascade)という用語があります。インターネットで画像検索すると、凝固カスケードの図解が数多くヒットします。興味のある方は是非ご覧ください。

 機械分野では、cascadeは翼列と呼ばれることがあります。これは、同じ翼を等間隔で、かつ同一の姿勢で直線的または円上に配列したものを意味する語です。

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特開2015-071968

 

違いが分かる技術用語・特許用語(7)

       12 resilient, elastic, flexible 

resilient (resilience), elastic (elasticity), flexible (flexibility)は物体が損傷を起こすことなく歪みに耐えうることを意味する形容詞(名詞)です。

 resilientは変形力あるいは圧力を除いたときに速やかに元の形状に回復する能力を意味する形容詞です(名詞:resilienceまたはresiliency、副詞:resiliently)。対応する日本語は「回復力のある」、「反発性のある」、「弾力的な」などです。例えば、a resilient innersoleは「反発性の靴の中敷き」のことです。

用例1.In the embodiment shown, the body 19 includes a protrusive resilient flap 22, which extends between the vanes 21 and is repeatedly struck by the vanes 21 as the ball 20 rotates. (2013/093469)[図示の実施態様では、本体19は突き出た弾性片22を備える。弾性片22は羽根板21の間にあり、球20が回転すると羽根板21に繰り返し叩かれる。(特表2015-502172)]

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 elasticは引っ張ったときの変形に抵抗する性質、すなわち元に戻る性質を意味する形容詞です(名詞:elasticity、副詞:elastically)。対応する日本語は「伸び縮みする」、「伸縮する」、「弾力性のある」などです。resilientは「回復力」に主眼が置かれているのに対し、elasticは力による伸縮に主眼が置かれています。例えば、an elastic waistbandは「伸縮性ウェストバンド」のことです。

用例2.Movement of the movable member 72 is transmitted via the elastic supports 74 and causes vibration of the component 69. (WO2013/093469)[可動部材72の動きは弾性支持部74を介して伝達され、要素69を振動させる。(特表2015-502172)]

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 elasticの反対語はinelastic(弾力性のない)です。また、elasticと対比してよく使用される語はplastic可塑性)で、名詞形はplasticityです。

 高分子化学の分野ではelastomerplasticがよく使用されます。elastomerは「弾性体」すなわち「ゴム」のことで、伸びたり縮んだりします。また、elastomer 製品は一般に高いresilienceを持っています。

 これに対して、plasticは「プラスチック」あるいは「樹脂」などと呼ばれていますが、その性状は複雑です。例えばplastic sheetは後で述べるflexible(柔軟な)なものもあれば、rigid(剛直な)なものさらには変形に対してfragile(壊れやすい)ものまで、多岐に渡っています。

 resiliencyelasticは境界領域が明確でないことが多くあります。そのために、英文ではこれらがor接続で使用されることがあります。

用例3.A measuring apparatus for measuring a semiconductor wafer, or a coating or a film on it, includes a conductive wafer chuck 4 and a probe 6 having a probe body 12 defining an internal cavity 14 in fluid communication with a conductive membrane 16 having elasticity or resilience. [半導体ウエハ、またはウエハ上のコーティングや膜を測定する測定装置であって、導電性ウエハチャック4と、弾性のまたは復元力のある導電膜16と流体接続した内部キャビティ14を画成するプローブ本体12を有するプローブ6とを含む。(特開2005-045216改)]

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 flexibleは破損なしに曲げるか折りたたむことができるがresilientでもelasticでもないものを意味する形容詞です(名詞:flexibility、副詞flexibly)。flexible plastic tubingは「可撓性プラスチック管」のことです。同義語にfloppyがあります。

 余談ですが、今や死語同然の「フロッピーディスク」は日本では商標登録されているため、特に特許請求の範囲でこの語を不用意に使用すると「公序良俗違反」という拒絶理由が発せられました。そのため、日英翻訳でfloppy diskとすると外国でも拒絶されるという都市伝説が生まれましたが、floppy diskしなやかなディスク)は一般名詞なので外国では商標登録されないはずなので、使用に問題ないのですが、それでも心配という方にはflexible diskを使用するように指導していました。つまり、同義語の言い換え技術を応用すればよいのです。ちなみに、diskette(ディスケット)も同じ物を指します。

用例4.The present invention relates to a pump (10) comprising a shaft (15) supported for rotation by a bearing (38) carried by a bearing carrier (48), said bearing carrier having a generally outer radial portion (52) which is fixed relative to a pump housing (12) and a generally inner radial portion (54) which is fixed relative to the bearing, wherein the carrier is stiff in a radial direction between said inner and outer portions and flexible in an axial direction for restraining radial movement of the bearing and allowing axial movement. (WO2012/004579)[本発明は、ベアリング担持体(48)により担持されるベアリング(38)によって回転支持される軸(15)を備えたポンプ(10)に関し、該ベアリング担持体が、ポンプハウジング(12)に対して固定される全体的に半径方向外側部分(52)と、ベアリングに対して固定される全体的に半径方向内側部分(54)とを有し、該ベアリング担持体が、該ベアリングの半径方向の移動を抑制し、軸方向の移動を可能とするために、該半径方向内側部分と半径方向外側部分との間で、半径方向に対しては剛直で、かつ軸方向に対しては柔軟である。(特表2013-531763改)]

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 この例に出てくるstiffrigidとともにflexibleの反意語で、「曲げにくい」あるいは「剛直な」という意味を持っています。名詞形はそれぞれstiffnessrigidityです。

 これらと類似の他の語にsupplespringyがあります。

 suppleは破損の兆しなしに簡単に曲げ、ねじり、または折りたたみ可能なものに使用する形容詞です。対応する日本語は「柔軟な」、「しなやかな」、「曲げやすい」などですが、力を除いても必ずしももとには戻らない点がflexibleと異なります。例えば、supple leatherは「しなやかな革」という意味です。

 springyはばねを表す名詞springから派生した形容詞で、圧力によるたわみやすさと元の形状への回復しやすさの両方を強調する語です。対応する日本語は「ばねのような」、「弾力(性)のある」などです。例えば、the cake is done when the top is springyは「上部に腰があればケーキはほどよく焼けている」という意味です。

 

違いが分かる技術用語・特許用語(6)

  10 cellとbattery(電池)

 電池を意味する英語にcellとbatteryがある。cellは本来は監獄などの非常に狭い部屋を意味する語であった。これが転じて、動植物の「細胞」の意味を持つようになり、電気化学の分野では、化学反応で電流を生じる物質を含む容器、すなわち「電池」あるいは光を電気エネルギーに変える装置、すなわち「太陽電池」の意味で使用されている。携帯電話をcell phoneと呼ぶのは電波の受信範囲が細胞のように細かく区切られているからである。

 一方、batteryはMerriam-Websterにはa group of two or more cells connected together to furnish electric currentとあるので、通常は複数のcellを組み合わせたものを言う。

 蓄電池バンク(http://batterybank.jp/)の専門用語集には、「セル(cell)」を「電池の構成単位の一つで、単電池とも呼ばれます。乾電池型以外の二次電池は、一定の出力・電圧・容量を得られるように複数のセルを接続して作られており、それをパッケージングしたものが一般にバッテリーと呼ばれるものになります。したがって、乾電池はセル(単電池)そのもので、バッテリーはセルの集合体であると言えます。例として、カーバッテリー(鉛蓄電池)では電圧2Vのセルを6個直列に接続し、12Vの電圧(起電力)を得ています。」とある。英語では、https://circuitglobe.com/difference-between-cell-and-battery.html に One of the major difference between the cell and the battery is that the cell is the single unit, whereas the battery is the group of cells.と説明があり、詳細な違いが表で要領よくまとめられている。

 従って、cellとbatteryを厳密に区別したい場合は、前者を「単電池」、後者を「組電池」とするとよい。なお、もっとも一般的な乾電池は一個の単電池で構成されているのでcellと呼ぶのがよい。これに対して、自動車に搭載される鉛蓄電池は複数の単電池を直列に配置して作られている。単電池の起電力は約2ボルトなので、6個を直列配置すると12ボルトの起電力が得られる。

 次に、cellの種類について述べる。

 乾電池(dry cell):乾電池は電解質(electrolyte)が通常は粉末の形態を取っている。現在では、電池の主流を占め、マンガン乾電池など多くの種類が市販されている。

 湿電池(wet cell):電解液を液体状体のままで使用する電池のことで、乾電池が普及するまでは、湿電池が主流であった。このように、電池にはcell(単電池)とbattery(組電池)の両方ある。

 蓄電池(reserve cell):鉛蓄電池のように充電可能な電池のこと。この呼び方は後で述べる二次電池(secondary battery)と混同を起こしている。

 燃料電池(fuel cell):水素と酸素を化学反応させて電流を発生させる装置。「電池」という名前は付いているが、蓄電機能は持っていない。単電池で約1.1ボルトの起電力を持っているが、実用電圧を得るために燃料電池を直列に配置したものを「燃料電池積層体(fuel cell stack)という。燃料電池にはbatteryという語は使用しない。

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 太陽電池(solar cell):光起電力効果(photovoltaic effect)を利用し、光エネルギーを電力に変換する装置。発光ダイオードと逆の原理を使用している。燃料電池と同じく、蓄電機能は持っていないのでbatteryという語は使用しない。太陽電池を複数枚直列接続したパネル上の製品をソーラーパネルまたはソーラーモジュールという。燃料電池と異なり、縦に積み重ねる(stack)することはできないので、こちらはpanelという。モジュールを複数個並列接続したものをソーラーアレイという。

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 モジュールは所定の電圧を得るためにセルを直列に配置し、アレイは所定の電力(電流)を得るためにモジュールを並列に配置している。

 次に、組電池(battery)の種類について述べる。

 一次電池(primary battery/cell):電池内の電気化学反応が不可逆で再使用できない電池。ほとんどの乾電池がこれに属する。実際には充電可能なものもあるが、充電できるように設計されていないので火災や爆発の危険性があるので、決して充電してはならない。筆者はあるとき間違って充電したことがある。幸い事故には至らなかったが気づいて冷や汗をかいた記憶がある。

 二次電池(secondary battery/cell):充電可能な電池。rechargeable battery/cellとも言う。鉛蓄電池は古くから使用されている二次電池であるが、「二次電池」という用語自体よりも古くから使われているので「蓄電池」と呼ばれている。現在使用されている代表的な二次電池は「リチウムイオン電池(lithium ion battery/cell)」である。

 

  11 陽極(cathode)と陰極(anode)

 電池以外の電機・電子機器ではanodeを「陽極」、cathodeを「陰極」と呼ぶが、電池では逆にanodeを「陰極」、cathodeを「陽極」と呼ぶ。これは、英語と日本語では定義の基準が異なっていることに由来する。

 英語のanodeとcathodeの語はファラデーにより命名され、ギリシャ語で上り口を意味する'anodos'と下り口を意味する'cathodos'に由来する。つまり、anodeは反応系(電池内部)から電子が流入する電極を意味し、cathodeは反応(電池内部)系に電子を流出する電極を意味する。

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 日本語の「陽極」は電位の高い方の電極を指し、「陰極」は電位の低い方の電極を指す。電流は電位の高い方から低い方へ流れる(電子は負の電荷を持っているので電位の低い方から高い方へ流れる)ので、上図のボルタ電池でも理解できるように、cathodeが「陽極」ということになる。

 電池だけが日本語と英語の関係が逆転している理由は、電池は他の機器にエネルギーを供給しているが、他の機器や装置は外部から電気エネルギー(直流電流)の供給を受けていることによる。

 ここで、素朴な疑問が発生する。二次電池を充電する場合は、外部からエネルギーを取り込んでいるので、電極の役割は放電時(使用時)とは逆になっている。日本語も英語も充電時の電極の呼び方は電気化学的には正しくないと言うことになる。しかし、電極の呼び方を放電時と充電時で変えることは、非現実的である。

 そこで、現在では電池の+記号の付いている極を「正極 (positive electrode)」、-の記号の付いている極を「負極 (negative electrode)」と呼んでいる。最近の二次電池の特許では、「陽極」、「陰極」と呼ばずに、「正極」、「負極」と呼んでいるのはこうした事情によるものである。

 蛇足だが、電池の電極をpoleとした訳は好ましくない。

           

 

 

 

違いが分かる技術用語・特許用語(5)

5       rejectionobjection[拒絶(理由)]

 今月は、法律用語の類義語について説明する。特許の審査過程で、rejectionとobjectionは頻繁に使用される。語源から説明すると、rejectionは動詞reject(投げ返す→拒絶する)の、objectionは動詞object(反対に投げる→反対する)の名詞形である。

 米国の審査実務ではこれらの語は次のように使い分けられている。

rejection: 審査中の発明に特許性がないと判断された場合にはrejection(拒絶理由)が出される。特許性の判断は主に第102条(新規性)と103条(自明性)に基づいて行われる。他に112条(明細書の記載要件)、101条(発明の有用性)に関するrejectionもある。

objection: 明細書の記載にスペルミスなどの不備がある場合や、図面の番号と明細書中の番号の不一致がある場合に出される方式違反通知。

 以上のように、米国ではobjectionは書面の不備などの形式的拒絶を意味し、rejectionは新規性・非自明性などの実体的拒絶を意味する。これらを合わせてoffice action(拒絶理由通知)と呼ぶ。

 下記に、方式違反理由に関する典型的な文を掲げる。

1.    Claim 1-5 are objected because of the following informalities.(クレーム1~5は形式違反により拒絶される)

2.    The drawings are objected under 37 CFR 1.83(a).(図面は37 CFR 1.83(a)の規定により拒絶される)

 実体拒絶理由に関する典型的な文は次の通りである。

1.    Claim 1 is rejected under 35 U.S.C. 101 because the claimed invention is directed to non-statutory subject matter as follows.(クレームされた発明は下記の通り非合法の対象に向けられているのでクレーム1は米国特許法第101条の規定により拒絶される。)

2.    Claim 2 is rejected under 35 U.S.C. 102(b) as being anticipated by (引用例)(クレーム2は引用例により実質的に同一であるので米国特許法第103(b)条の規定により拒絶される)〔新規性違反〕

3.    Claims 1, 8 are rejected under 35 U.S.C. 103 (a) as being unpatentable over {(主引例) in view of (補足引例) / (引例1,引例2,・・・,and 引例n)}.(クレーム1及び8は主引例に補足引例/(引例1から引例n)を組み合わせて特許性がないので米国特許法第103(a)の規定により拒絶される。)〔進歩性違反〕

4.    Claim 5 is rejected under 35 U.S.C. 112, first paragraph, as failing to comply with (Written Description/Enablement/Best Mode) requirement.(クレーム5は明細書の記載要件/実施可能要件/最良の形態要件を満たしていないので米国特許法第112条第1段落の規定により拒絶される。)

5.    Claims 1-7 are rejected under 35 U.S.C. 112, second paragraph, as being indefinite for failing to particularly point out and distinctly claim the subject matter which applicant regards as the invention.(クレーム1~7は出願人が自己の発明であると考える主題を特定的に指示し、かつ明確に主張していないため不明瞭であり、米国特許法第112条第2段落の規定により拒絶される。)

 

 次に、EPC特許庁による実務について述べる。EPC特許庁の拒絶理由通知は方式、新規性、進歩性に関するものを含めてすべてCommunicationと呼ばれる。「拒絶(査定)」はrefusalと呼ばれる。

 日本特許の審査における「拒絶」もEPCと同じく方式・実体ともにrefusalが使用される。動詞はrefuseである。

 以上のように、米国は2種類の用語があり、EPC及び日本とは異なる用語を使用しているので注意が必要である。

 

6       oppositionobjection[異議(日本)]

 特許実務用語和英辞典(日刊工業新聞社)によると、登録異議の場合はoppositionを行政不服審査法上の異議の場合はobjectionを使用するとある。従って、審査過程の異議に関してはoppositionを使用すればよい。EPCの異議もoppositionである。

 ついでに、「異議申立人」はopponent、異議申し立てを受けた「特許権者」はpatenteeである。

 

7       appealtrial[審判(日本)]

 審判には拒絶査定不服審判と無効審判の2種類ある。前者は審査で拒絶査定(Decision of refusal)に対する不服を申し立てるのでAppeal against decision of refusal(略してAppeal)という。用語appealは裁判では地裁判決に不服の場合に、高裁に控訴するときに使用される。特許の場合も審判で再審査を要求するので同じ語が使用されている。この場合の「審判請求人」はappellantという。呼び方が違うだけでapplicantと同一人である。「審決」はappeal decisionという。

 審決に不服の場合、出願人は知財高裁に審決取り消し訴訟を提起することができる。訴訟を起こす人をplaintiff(原告)といい、起こされる人をdefendant(被告)という。ここでは、plaintiffapplicantと同一人であり、defendantは特許庁長官である。

 これに対して、成立した特許に対して利害関係人が無効審判をを行う場合は、Trial for invalidationという。用語trialは訴訟における裁判・公判あるいは審理の意味で使用される語で、無効審判にもこの語が流用されている。無効審判は上訴事件ではないので「審判請求人は」appellantではなくrequesterと呼ぶ。被請求人はrequesteeであるが、特許権者(patentee)と同一人であり、requesteeはあまり使用されない英語なので、審判請求書を英訳する際には、patenteeを使用しても差し支えない。審決はtrial decisionという。

無効審判の審決で、requesterの主張が認められなかった場合、すなわち特許が維持された場合、requesterは知財高裁に審決取り消し訴訟を提起することができる。この場合は、requesterplaintiff(原告)となり、patenteedefendant(被告)となる。逆に、特許無効の審決が下された場合の訴訟ではpatenteeplaintiff(原告)となり、requesterdefendant(被告)となる。

 審判や審決取り消し訴訟関連の書類を翻訳する際はこれらの関係を正しく理解しておかねばならない。

 

8       仮明細書(provisional specification)と完全明細書(complete specification)

 日本特許法の第41条は国内優先権を規定している。これは、最初に出願した日から12ヶ月以内に発明の内容を補強した出願を最初の出願日を優先権主張して行うもので、1985年に導入された制度である。国内優先制度は他の国でも採用されており、米国では最初の出願を仮出願(provisional application)といい、完全な通常の出願をcomplete non-provisional applicationという。それぞれの明細書をprovisional specification(仮明細書)とcomplete specification(完全明細書)という。

 随分昔のことになるが、英国特許の訴訟事件の翻訳が日本の訴訟事件に使用されたことがある。その中に「不完全明細書」という表現があったので何のことかと思って調べてみるとprovisional specificationのことだった。確かに、complete specificationよりは不完全かも知れないが、あまりよい訳とは言えない。日本の国内優先と異なり、英国の仮明細書ではクレーム(請求項)の記載は不要だったので、翻訳者は書式が不完全という意味に捕らえたのかも知れない。もっともcomplete specificationと称する明細書の中身も、技術的には何がcompleteなのかが判然としないこともよくある。

 

9       おまけ 米国におけるapplicantinventor

 長い間、米国では発明者が特許出願するという建前を貫いてきたため、applicantは日本でいう「出願人」ではなく、「発明者」のことを指していた。米国からのPCT出願の書誌事項にInventor/Applicant (for US)と書いてあるのは「発明者」のことである。しかし、2011年の特許法の大改正に伴い、各国に歩調を合わせ、出願人(applicant)と発明者(inventor)が分離された。英日翻訳で旧法に従う明細書中にapplicantという語が出てきたときは、「発明者」と訳すのが正しい。

        

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