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実戦コラム

技術翻訳としての特許翻訳 第14回

第14回 「被処理基板」の意味

日英特許翻訳で気をつけるべきことのひとつに訳語選定がある。次の例で、訳語選定の問題について述べる。
 

【例1】被処理基板を処理室に入れ加熱する。次に被処理基板の上に半導体層を積層し、処理室から取り出して熱処理室に移す。
<ある訳例> The substrate to be treated is placed to be heated in a treating room.  Then, a semiconductor layer is laminated on the substrate to be treated and is removed from the treating room to transfer the heat-treating room.

最初の「被処理基板」は日本語自体が間違っている。これから処理される基板なので「処理対象基板」とでもいうべき語である。訳例はthe substrate to be treatedとなっているので、この部分は正しい。2番目の「被処理基板」は既に加熱処理されて次の処理中なので、正しくは「処理中の基板」でなければならない。従って、訳例のthe substrate to be treatedは正しくない。つまり、「被処理」という語自体が二重定義になっている。上記の訳例はこのような実情を無視して一律に訳語を割り当てたためにちぐはぐになってしまったのである。

この訳例には別の問題がある。処理室から半導体層が取り出されたことになっているが、実際には積層体が取り出されている。つまり、半導体層が積層された後に基板が取り出されている。このように、日本語は文の途中で主語が変わっていることがあるので、英訳に当たっては細心の注意を払う必要がある。

さらに、日本語は「処理室」と「熱処理室」と2つの室を区別しているが、不完全である。そこで、この日本語は次のように書き換えると論理的になる。

<日本語の書き換え> 処理対象基板反応室で加熱し、この基板の上に半導体層を積層する。次いで、この基板を反応室から熱処理室に移す。

<修正訳例> The substrate of interest is heated and a semiconductor layer is deposited on the substrate in a reaction chamberThe resulting substrate is then transferred from the reaction chamber to an annealing chamber.

以上のように、プロセスを翻訳する場合は、機械的に訳語を選択して翻訳するのではなく、何処で何が行われているのかを頭の中に浮かべながら翻訳することが重要である。

「被処理基板」は明細書でしばしば使用される問題の語である。次の特許請求の範囲の記載でその問題点を考える。
 

【例2】処理室内の被処理基板に対して所定のプラズマ処理を実行するプラズマ処理方法であって,
前記処理室の排気口に設けられた圧力制御弁の開度を調整しながら真空ポンプで排気することによって前記処理室内を所定の第1設定圧力に減圧し,前記処理室内にエッチングガスを導入してプラズマを励起することによって,前記被処理基板上に形成された被エッチング膜をパターニングされたレジスト膜をマスクとしてエッチングするエッチングステップと,
前記圧力制御弁の開度を調整しながら前記真空ポンプで排気することによって前記処理室内を所定の第2設定圧力に減圧し,前記処理室内にアッシングガスを導入してプラズマを励起することによって,前記レジスト膜をアッシングするアッシングステップと,
前記エッチングステップが終了すると,前記アッシングステップ実行前に,前記圧力制御弁を全開にして前記処理室内を所定時間だけ前記真空ポンプで真空引きすることによって,前記処理室内に残留したエッチングガスを排出する残留ガス除去ステップと,を有し,
前記各ステップを同一処理室内で前記被処理基板を搬出せずに連続して実行することを特徴とするプラズマ処理方法。

ここでも、「被処理基板」が二重定義になっている。最初は「これから処理される基板」だが、二度目以降は「処理中の基板」の意味で使用されている。次に、「被エッチング膜をパターニングされたレジスト膜をマスクとして」が分かりにくい。さらに、この方法クレームは前の工程を引用しているため表現が煩雑になっており、しかも工程の順序が時系列になっていないので、理解が困難である。これらの問題点を解消するために、次のように請求項を書き換える。

<書き換えた請求項> 同一処理室内の基板に対して所定のプラズマ処理を実行するプラズマ処理方法であって、
a)前記処理室の排気口に設けられた圧力制御弁の開度を調整しながら真空ポンプで排気して前記処理室内を第1設定圧力に減圧し,前記処理室内にエッチングガスを導入してプラズマを励起してレジストマスクパターンを経て前記基板上に形成された対象膜をエッチングするステップ
b)前記圧力制御弁を全開にして前記処理室内を所定時間だけ前記真空ポンプで真空引きして,前記処理室内に残留したエッチングガスを排出するステップ、および
c)前記圧力制御弁の開度を調整しながら前記真空ポンプで排気することで前記処理室内を所定の第2設定圧力に減圧し,前記処理室内にアッシングガスを導入してプラズマを励起して,前記レジスト膜をアッシングするステップを含み、
前記各ステップを前記処理室内で前記基板を搬出せずに連続して実行するプラズマ処理方法。

<書き換えた日本語に基づく訳例A> A method of plasma-processing a substrate in a single processing chamber, comprising:

              a) etching a target film on the substrate through a patterned resist mask in an excited plasma field generated by evacuating the chamber with a vacuum pump up to a first pressure while controlling the extent of opening of a pressure valve provided at an outlet of the chamber and then introducing an etching gas into the chamber;

              b) discharging the etching gas remaining in the chamber by evacuating the chamber with the vacuum pump for a predetermined time while fully opening the pressure valve; and

              c) ashing the resist mask in an excited plasma field by evacuating the chamber with the vacuum pump to a second pressure while controlling the extent of opening of the pressure valve and then introducing an ashing gas into the chamber,

              steps a) to c) being continuously performed in the chamber without discharge of the substrate from the chamber.
 

<書き換えた日本語に基づく訳例B> A method of continuously plasma-processing a substrate in a single processing chamber without discharge of the substrate therefrom, comprising the steps of:

              a) etching a target film on the substrate through a patterned resist mask in an excited plasma field generated by evacuating the chamber with a vacuum pump to a first reduced pressure while controlling the extent of opening of a pressure valve provided at an outlet of the chamber and then introducing an etching gas into the chamber;

              b) discharging the etching gas remaining in the chamber by evacuating the chamber with the vacuum pump for a predetermined time while fully opening the pressure valve; and

              c) ashing the resist mask in an excited plasma field by evacuating the chamber with the vacuum pump to a second reduced pressure while controlling the extent of opening of the pressure valve and then introducing an ashing gas into the chamber.

訳例Bで下線部は省略できる。また、この訳例では工程の引用がないのでa)~c)の記号も省略できる。


最後に、「被~」についてまとめると次のようになる。

① 本来、「被」は既に何かを受けたものに使用する。
② 実際には、「被」が「未」の意味で誤用されていることが多い。
③ 「被」の意味が途中で変わっている場合がある。
④ 従って、「被」にとらわれずに、適切な英語をあてはめる。安易にan element to be treatedなどとすると新たな誤解を生む。「未」に対しては問題ないが、文字通り「被(既)」の場合はthe treated elementでなければならない

なお、「被処理物」という日本語に対しては、workあるいはworkpiece(仕掛品)という訳語がふさわしい場合が多い。   

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