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2020年12月

技術翻訳としての特許翻訳 第13回

第13回 電気化学的に卑な金属

 

ある英文特許を読んでいたところ、次のような表現が見つかった。

The material constituting the sacrificial layer is preferably a metal electrochemically less base than Cu.  Examples of such preferable metals include Cu-Zn alloy, Cu-Sn alloy, Cu-Mn alloy, Cu-Al alloy, Cu-Mg alloy, Fe metal, Zn metal, Co metal, Mo metal and oxides thereof, and a combination thereof, and particularly preferably a Cu-Zn alloy.

英文の太字の部分が理解できないので、対応する日本特許を当たったところ、次の通りであった。
「犠牲層を構成する材料はCuよりも電気化学的に卑な金属が好ましく、そのような好ましい金属の例としては、Cu-Zn合金、Cu-Sn合金、Cu-Mn合金、Cu-Al合金、Cu-Mg合金、Fe金属、Zn金属、Co金属、Mo金属及びこれらの酸化物、並びにこれらの組合せが挙げられ、特に好ましくはCu-Zn合金である。」

「電気化学的に卑な金属」という表現は特許明細書でも非常に少なく、しかも日本からの出願に限られている。言い換えれば、これは日本語固有の表現なので、翻訳に際しては技術的な意味を正しく理解する必要があることを意味している。上記の翻訳のbaseは「卑金属」をbase metalと呼ぶことから引き出されたものである。そこで、baseの意味を形容詞の「劣った(=卑)」と読みとった場合、less baseは日本語と逆に「卑でない」という全く逆の意味になってしまうことを翻訳者は気付いていない。原語の技術的意味を理解せずに、自分の知っている単語を組み合わせただけの翻訳がいかに危険であるかを示している。

以前なら、電気化学に関する書籍で調べないと分からないことが、今はGoogle検索で簡単に見つけることができる。「電気化学的に卑な金属」を検索すると、いくつかの関連ページが見つかるが、《YAHOO!知恵袋》に「卑」の意味を質問している人がいる(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1458380044)。回答は、次のように、非常に要を得ている。
「各種金属の標準電位の序列を,電気化学系列,俗にイオン化傾向と呼び,その序列の中で高い電位に位置するものを「貴」,低い電位に位置するものを「卑」な金属と呼びます。 電位の極性は、酸化方向(貴)をプラス、還元方向(卑)をマイナスとするように統一されています。(電気化学測定マニュアル基礎編より)」

さらに、《コトバンク》には「卑な金属」の説明として世界大百科事典の次の部分が引用されている
「元素の化学的性質の一つである水溶液中での標準電位系列(イオン化傾向序列の逆)で水素よりも高い電位にある金属を一般に貴な金属といい,金,銀,白金,水銀,銅などが含まれる。他の多くは卑な金属である。」
https://kotobank.jp/word/%E5%8D%91%E3%81%AA%E9%87%91%E5%B1%9E-1399762

以上から、「Cuよりも電気化学的に卑な金属」は「Cuよりも低い電位にある金属」と読み替えればよいことが分かる。この電位は正確には、「酸化還元電位(redox potential)」と呼ばれている。修正訳例は次の通りである。

The material for the sacrificial layer is preferably a metal having a redox potential less than that of Cu.  Examples of such preferable metals include Cu-Zn, Cu-Sn, Cu-Mn, Cu-Al, and Cu-Mg alloys; elemental Fe, Zn, Co, Mo and oxides thereof; and combinations thereof.  Cu-Zn alloys are particularly preferred.

 

以下に、同様の表現の実例を特許から拾ってきたので、試訳とともに示す。

【例1】 自己放電反応抑制剤に含まれる、上記カチオンは、鉄よりも電気化学的に卑な金属のカチオンである。そのため、上記カチオンは、電解液中で負極金属である鉄とは反応し難い。(特開2018-078084)

試訳:Cations in the self-discharge reaction inhibitor are cations of metal with a lower redox potential than that of iron.  These cations barely react with iron of the negative electrode in the electrolytic solution.

【例2】 前記エッチング処理においては、前記除去対象粒子が、水素よりも電気化学的に卑な金属を含有することが好ましい。そうすることで、エッチング液に溶解しやすく、除去が容易になる。そのような金属としては、例えば、Zn、Al、Fe、Ni、Co、Snなどが挙げられる。また、前記導電体は、水素よりも電気化学的に貴な金属を含有することが好ましい。そうすることにより、前記エッチング処理において、前記エッチング液に溶解しにくい。  そのような金属としては、例えば、Au、Ptなどが挙げられる。

試訳:Preferably the particles to be removed in the etching treatment contain metal with a redox potential lower than that of hydrogen.  The particles can be readily dissolved in the etching solution.  Examples of such metal include zinc, aluminum, iron, nickel, cobalt, and tin.  Preferably the conductor contains metal with a redox potential higher than that of hydrogen.  Such metals are barely dissolved in the etching solution.  Examples of the metal include gold and platinum.

例2で、「電気化学的に貴な金属」は「高い酸化還元電位にある金属」と読み替えられている。

【例3】 従来から、端子と電線の芯線とが互いに異なる材料で形成された端子付電線が知られている。概して、このような端子付電線の芯線はアルミニウム(電気化学的に卑な金属)で形成され、端子は銅(電気化学的に貴な金属)で形成される。(特開2018-014313)

試訳:Cables provided with cores and terminals are known.  Usually cores and terminals are composed of different materials.  The cores are made of aluminum, which is electrochemically base metal, and terminals are made of cupper, which is electrochemically noble metal.

例3で、「電気化学的に貴な金属」と「電気化学的に卑な金属」は通常の「貴金属」と「卑金属」の概念と同じ使い方をしている。従って英文も比較級で書く必要はない。

【例4】 しかしながら、アルミニウム芯線と銅端子とを電気的に接続する場合、この接続部分に雨水や洗車、結露などによって水等の電解液が付着すると、電解液を介してアルミニウム芯線と銅端子との間に電池回路が形成され、電気化学的に卑な金属であるアルミニウムが電解液中に溶出して腐食される現象(ガルバニック腐食)が生じる。(特開2017-220294)

試訳:If electrolyte, such as rain water, car washing water, or dew condensation water, adheres to the electric connection between the aluminum core and the copper terminal, a cell circuit formed between the aluminum core and the copper terminal through the electrolyte causes erosion of the electrochemically base metal aluminum into the electrolyte (referred to as galvanic corrosion).

下図は例4に出てくる、「ガルバニック腐食(電界腐食)」の模式図である。

https://aluminumsurface.blogspot.com/2009/04/corrosion-between-anodized-aluminum-and.html

2020122215924.jpgのサムネイル画像

ガルバニックはイタリアの物理学者Luigi Galvaniの名にちなんでいる。トタン板(亜鉛メッキ鉄板)をgalvanized plateと呼ぶのは、電池反応で亜鉛が腐食することで鉄の腐食を防ぐからである。検流計(galvanometer)も彼の名に由来する。彼は、死んだ蛙の筋肉が電気火花でけいれんすることを発見したので、galvanicには「けいれん的な」、「電気刺激の」という意味もある。実際の電池の発明は同じイタリア人のIl Conte Alessandro Giuseppe Antonio Anastasio Voltaである。電圧のボルト(volt)は彼の名にちなんでいる。

違いが分かる技術用語・特許用語(12)

18. weighとweight
 

 この2つの語は似ているが、意味は異なる。まず、weighは「の重さがある」(自動詞)と「の重さを量る」(他動詞)という意味を持つ動詞である。これに対して、weightは「を重くする」、「に重みをつける」という意味を持つ他動詞である。なお、weightは名詞の用例の方が多いが、ここでは述べない。
 

 まず、weighの自動詞の用例を掲げる。

用例1.The distillate weighs 684.2 g, 97.74% of the starting weight. (WO2014/149816)
公表公報の訳:蒸留物の重量は出発重量の97.74%の684.2gである。(特表2016-514128)

用例2.In brief, the V50 value represents the speed at which one half of the 17 grain FSP projectiles penetrate a test laminate that weighs one pound per square foot.(WO2013/130160)
公表公報の訳:簡単に説明すると、V50値とは、複数の17グレインFSP発射体の半数が1平方フィート当たり1ポンドの重量の試験積層体を貫通する速度を表す。(特表2015-505756)

 上記の用例で分かるように、動詞weighを日本語にする場合、「重量」という名詞に変えて訳すと自然になる。用例1では、weighをbe動詞に置きかえて訳しても日本語は不自然ではない。

 

 次に、weighの他動詞の用例を挙げる。特許や技術文献ではweighは実験の手順の記述に使用されるので、受動態で使用され、時制は通常過去形である。

用例3.The heart was weighed, frozen, and cut into 2. 5-mm-thick slices. (WO03/039528)
公表公報の訳:心臓を秤量し、凍結して2.5 mm厚の切片に切断した。(特表2005-511590)

用例4.The coupons were then reweighed. (USP 4,511,480)
訳例:腐食試験用の金属片を再秤量した

用例5.To obtain a solution of testosterone of 1 mM, 2.88 mg of "unlabelled" testosterone were weighed and dissolved in 10 ml of ethanol. (US 5,827,887)
訳例:1mMのテストステロンの溶液を得るために、2.88mgの「非標識」テストステロンを秤量し、10mlのエタノールに溶解した。

 上記の用例で分かるように、実験操作は発明者が行うが、英語では主語を隠して受動態表現がとられる。これに対して、日本語は受動態よりは主語なしの能動態表現の方が読みやすい。

 

 次はweightの用例である。

用例6.In addition to term weighting, web pages can be weighted using other strategies.
訳例:用語の重み付けに加えて、他の方法を用いてウェブページに重みを付けることができる。

 用例6は、インターネット検索の際のノイズを減らすために用語やウェブページに重み付けをしていることを述べている。

用例7.Many microwave dielectric materials can be classified as perovskites, which have the general structure ABO3, where the weighted sum of the oxidation states of metal ions A and B is equal to +6. (USP No. 6,900,150)
訳例:多くのマイクロ波誘電材料はペロブスカイトとして分類することができる。このペロブスカイト構造はABOの一般構造を持ち、金属イオンAとBの酸化状態の加重和は+6に等しい。

用例8.By varying the rules of composition, and the weighting applied to elements of interest, the crop boundaries produced may be varied.WO03/005702
公表公報の訳:構図規則及び対象となる要素にかけられる重み付け(weightingを変えることにより、生成されるトリミング枠を変更することができる。(特表2004-534334改)

 

 次に、日本語明細書の英訳例を示す。

用例1.ペン48の重量は数十グラムと極めて軽量である(特開2016-187689)
訳例:The pen 48 weighs several tens of grams, which is extremely light.

 用例1に示すように、英日翻訳と逆で、日英翻訳では「重量」を自動詞のweighに置き変え可能な場合がある。

用例2.雄性Hartley系モルモット(日本エスエルシー、静岡)を3日間以上予備飼育した後、体重300-500gの個体を試験に用いた。
訳例:Individuals of Hartley male guinea pigs (Japan SLC, Inc., Shizuoka) that were preliminarily breed for three or more days and weighed 300 to 500g were used for testing.

 用例2は日本語の体重を、他動詞のweighに置きかえて表現している。

用例3.炭酸カルシウム102グラムと硝酸ナトリウム45グラムを秤量しボールミルを用いて混合した。
訳例:Calcium carbonate (102 grams) and sodium nitrate (45 grams) were mixed in/with a ball mill.

 用例3では、102グラムや45グラムという数値自体に秤量するという動作が暗黙のうちに含まれているのでこの語を翻訳しないほうがすっきりする。

用例4.2つの評価指標に係数により重みをつけて合算することで1つの評価指標として用いることもできる。これにより、複数の評価指標であっても1次元的にルート候補を限定することができる。
訳例:Two evaluation indexes may be weighted with weighting factors and summed into a single evaluation index.  In this way, multiple evaluation indexes can one-dimensionally narrow the route candidates.

 用例4ではindexの複数形がindexesとなっている。本来、indexはラテン語起源の語で複数形はindicesであったが、英語の複数形の法則に馴染めないため、いつの間にかindexesも辞書に登録された。

用例5.また、WO2013/187150号に記載のように、微分位相画像と吸収画像を微分した微分吸収画像に重みをかけて差分する、または微分位相画像を積分した位相画像と吸収画像に重みをかけて差分することで、骨や金属などを除去した画像を生成する処理がある。
訳例:WO2013-187150 discloses another process of generating an image from which bones and metals are removed.  In the process, a differential phase image and an absorption image are weighted and a difference between the weighted images are determined.  Alternatively, a phase image formed by integration of the differential image and the absorption image are weighted and a difference between the weighted images are determined.

 

【まとめ】

1.weighは「の重さがある」という意味の自動詞と「を計る」という意味の他動詞の両方で使用される。

2.自動詞のweighは日本語では名詞の「重量」表現が自然である。

3.他動詞のweighは英語では受動態表現が、日本語では主語を隠した能動態表現が自然である。

4.weightは「重みをつける」という意味の他動詞である。

 

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