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実戦コラム

技術翻訳としての特許翻訳 第10回

第10回 技術を意識した翻訳

 私の仕事は主に他の人の行った特許翻訳をチェックすることである。チェックをしていて非常に気になることは、原語の技術的意味を理解せずにただ字面で目的語に訳す翻訳が多いということである。以下に、「レーザーアブレーション」に関する特許の原文(日本語)と対応する英文を示し、問題点とその改善策について説明する。

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【例1】:容器11は上面が開口された、断面が略矩形の容器である。容器11の開口部には平板状の蓋体12が

装着される。容器11の上端面と蓋体12の周縁部との間には、リング状パッキン(図示省略)が介装されており、
両者を密着できる構造になっている。

《目にした訳例》:The vessel 11 has an opening portion at an upper surface thereof, and has an approximately rectangular-shape in section. The opening portion of the vessel 11 is equipped with the plate-shaped cover
body (lid) 12. A ring-shaped packing (illustration abbreviation) is interposed between the upper end surface
of the vessel 11 and the peripheral portion of the cover body 12, thereby to form a structure in which both the
cover body 12 and the vessel 11 are closely contact to each other. (82 words)

 

 この訳例は非常にまずいが、その原因は日本語の不正確さにある。まず第1文で、「上面が開口された」とあるが、図から明らかなように、容器には上面自体が存在しない。「上部(または頂部)が開口された」とすべきである。容器は、底部、側部、および上部(頂部)で構成されるが、この例のように「上部」の存在しないものもある。存在しない上部に、上面はあり得ないので、訳例の表現"an opening portion at an upper surface thereof"は意味不明である。 従って、読者はこの図でupper surfaceの位置を特定することができない。間違った日本語がそのまま訳されているので、結果的に意味が通じないことになる。第2文は意味が通じるがthe plate-shaped cover body (lid) 12が冗長の極みである。単に"a flat lid 12"でよい。第3文も非常に冗長である。日本語のすべての単語を逐一訳していることが原因である。全体として、単語を拾って並べただけの翻訳で、読者に何を訴えたいかがこの英文から伝わってこない。 

 筆者はこの事例を目にしたときに、容器の上面図が見たくなったが、残念ながらこの特許には上面図が掲載されていない。「リング状パッキン」と言う表現は、この容器は箱形ではなく円筒形であることを示唆しているので、それを確かめたかったからである。以上を踏まえて、修正訳例を下に示す。

《日本語の書き換え》:(円筒形の)容器11は実質的に矩形の断面を持っており、その上部は開口されている。容器11は平板状の蓋12で覆われている。容器11の上端面と蓋12の周縁部との間には、リング状パッキン(図示省略)が配置されており、両者を密着している。

《修正訳例》:The (cylindrical) vessel 11 has a substantially rectangular cross-section and its top is open.  The vessel 11 is covered with a flat lid 12.  An annular sealant (not shown in the drawing) is disposed between the top end of the vessel 11 and periphery of the lid 12.  The vessel 11 can thereby be in tight contact with the lid 12. (60/61 words)

 

【例2】:容器11内には液体31が貯留され、液体31中にはターゲット32が浸漬されている。容器11及び蓋体12の材質等は特に制限されず、ポリプロピレン等の合成樹脂製で構成できるし、ガラス製でも良い。

《目にした訳例》:The liquid 31 is stored in the vessel 11 and the target is immersed into the liquid 31. A material for constituting the vessel 11 and the cover body 12 is not particularly limited. However, a synthetic resin such as polypropylene or the like can be used. Further, glass may also be sufficiently used as the material.
(57 words)

 この例では、第1文の主語と動詞の選定が間違っている。古い情報を主語にするという原則からはvessel 11を主語にすべきである。日本語の「貯留」は「貯めること」を意味するが、この技術では水を「貯める」のではなく「水が入っている」のである。日本語の2文目が英語では3文に分けられているが、必然性がない。最後の文の "sufficiently used" は何が言いたいのか全く伝わってこない。successfullyにすれば意味は通じるが、この文自体独立させる意義がない。

《日本語の書き換え》:容器11の底にはターゲット32が置かれ、液体31が入っている。容器11及び蓋体12は任意の材料、例えば、ポリプロピレンのような合成樹脂あるいはガラスでできている。

《修正訳例》:The vessel 11 contains a target 32 on the bottom and is filled with liquid 31.  The vessel 11 and the lid 12 may be made of any material, for example, a synthetic resin, such as polypropylene, or glass. (39 words)

 

【例3】:集光レンズ31によって集束されたレーザー光Lは、ほぼその焦点位置で液体31中のターゲット32の表面に照射されるように構成している。

《目にした訳例》:The laser light L which is focused by the focusing lens 23 is configured so as to be irradiated to a surface of the target 32 arranged in the liquid 31 at almost a focal point position of the laser light L. (42 words)

 ここも、日本語のくどさがそのまま英語に置き換えられているが、irradiatedの主語がlightになっているという致命的な間違いを犯している。The target is irradiated with the laser lightは正しいが、The laser light is irradiated to the targetは誤用である。この翻訳者は基本的なことが理解できていない。

《日本語の書き換え》:レーザー光Lは集光レンズ31によって液体31中のターゲット32の表面に実質的に集光させる。

《修正訳例》:The laser light L is substantially focused by a collective lens 23 onto a surface of the target 32 in the liquid 31. (23 words)

 

【例4】:なお、図1に示す液相レーザーアブレーション装置では、ターゲット32を容器11の底面に水平に配置しているが、照射されたレーザー光Lがターゲット32の平面に対して略垂直に照射されるように、ターゲット32を傾斜させて配置しても良い。

《目にした訳例》:In this connection, in the liquid phase laser ablation apparatus shown in FIG. 1, although the target 32 is horizontally positioned on a bottom surface of the vessel 11, the target 32 may also be obliquely arranged so that the irradiated laser light L is perpendicularly irradiated to a plane surface of the target 32 from an almost vertical direction with respect to the plane surface of the target 32. (70 words)

 文頭の「なお」がin this connectionと訳されているが、特に意味を持つ語でないので訳す必要はない。Although構文を使用しているが、独立した文にする方が読みやすい。日本語は「水平に配置」、「傾斜させて配置」となっており、英文でもpositionやarrangeが使用されているが、これらの語を使用しない表現の工夫が求められる。

《日本語の書き換え》:図1に示す液相レーザーアブレーション装置では、ターゲット32を容器11の底面に水平に配置しているが、レーザー光Lがターゲット32の面に対して実質的に垂直にあたるように、ターゲット32を傾斜させてもよい。

《修正訳例》:In the liquid-phase laser ablation device shown in FIG. 1, the target 32 lies on a bottom face of the vessel 11.  Alternatively, the target 32 may be tilted such that the laser light L substantially perpendiculaly impinges on the surface of the target 32. (45 words)
 

 以上のように、技術内容を正しく理解すると正確・簡潔・明瞭な英文に仕上げることができる。

 ここで、光の進行に関する基本的表現をまとめておく。

The light is incident on a medium.(光は媒体に入射する)
The light impinges on a mirror. (光は鏡に当たる)
The light travels/propagates/passes through the midium(光は媒体中を進む)
The light exits the slab. (光は薄板から出る/出射する)
Glass transmits light. (ガラスは光を通す)

光に関する技術翻訳では、これらの基本的表現が欠かせない。

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