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実戦コラム

技術翻訳としての特許翻訳 第8回

第8回 技術の理解と法律的観点(2)-数の表現

今回は、英文明細書でよく使用されるa plurality ofとa number ofの関係について考察する。

 

【ケース1】日本語クレーム中の「多くのセル」

 私がかつて翻訳会社の品質管理を担当していたとき、ある翻訳者から「native checkerの修正が間違っている」という苦情の電話があった。「日本語クレームの中の『多くのセル』をa number of cellsと訳したところ、そのcheckerはa plurality of cellsと修正したのでけしからん」、というのがその翻訳者の苦情の内容だった。私の回答は、「native checkerの修正は間違っていない」というものだった。その理由、皆さん理解できますか?

【ケース2】PCT翻訳文中のクレームに見られる「多数の量子井戸熱電パネル」

 ある英語によるPCT出願の翻訳文に次のような記述を発見した。

 「マイクロ発電機は、マイクロ燃焼器及び、多数の量子井戸熱電パネルで構成される熱電モジュールを有する。その量子井戸熱電パネルは、間隔を空けて設けられているヒートスプレッダの間で接続し、そのうちの1つはマイクロ燃焼器と熱的にやり取りできるように設けられている。」 

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もとの英文は次の通りである。

The micro-generator includes a micro-combustor (20) and a thermoelectric module (22) consisting of a number of quantum well thermoelectric panels (44) connected between spaced heat spreaders (40), one of which is mounted in thermocommunication with the micro-combustor.

 

 

この特許の他の箇所の関連する記述を訳文および原文のペアで以下に示す。 

 前記第1端部と前記第2端部との間で接続する多数の熱電パネルを有し(請求項1)«a number of thermoelectric panels connected between said first and second ends

 前記バッテリー充電器が、多数のリチウムポリマーバッテリーと接続し(請求項2)«said battery charger is a lithium polymer battery charger connected to a number of lithium polymer batteries arranged is series

 前記第1ヒートスプレッダと前記第2ヒートスプレッダとの間で接続する多数の量子井戸熱電パネル(請求項5、明細書段落0005)«a number of quantum well thermoelectric panels connected between said first and second panels

 

これらの訳文の中で「多数の」が極めて問題の多い翻訳であることが、皆さん理解できますか?

これらの質問に答える前に、以下に、数に関する特有の英語表現をまとめておく。

a pair of:一対の、一組の(同じものが2つで組)(動詞はpairに呼応)

a couple of:一対の、一組の(2つの異なるもので組)(動詞はcoupleに対応)

a set of, a suit of:一組の、一連の、~一式(動詞はset, suitに呼応)

a group of, a family of:一団の、一群の(動詞はgroup, familyに呼応)

a series of:一連の、一続きの(動詞はseriesに呼応)

a plurality of:複数の(動詞はpluralityに呼応)

a multitude of:多数の、いくつかの

a number of:いくつかの、多数の(単数形が正式だが、現在ではしばしば複数扱い)

a batch of:一束の、一群の、一団の、一組の(動詞はbatchに呼応)

an array of:一連の(動詞はarrayに呼応)

a matrix of:マトリクス状の(動詞はmatrixに呼応)

 上記以外にもこの種の表現は多くあるが、いずれも複数のものを1つの単位に集約した表現と考えればよい。したがって、これらは文法的には単数形とされているが、最近はa number of、a plurality of、a multitude ofなどを複数形とみなす書き方も多くなってきている。しかし、特別な場合を除き、これらを単数として処理する方が合理的である。というのは、two pairs of glassesやthree groups of chemicals等の言い方があり、これらの複数の表現と区別する必要が出てくるからである。

 事実、次のような例がある。

The device (10) also includes a distal plurality (20) of fibers having an average distal fiber length, associated with and extending away from the distal end (18) of the member (12), as well as a proximal plurality (24) of fibers having an average proximal fiber length, associated with and extending away from the proximal end (16) of the member (12).(中略)The distal and proximal pluralities (20, 24) of fibers each preferably include 8 to 10 individual fibers composed of polyester, nylon or silk of about 40 denier. The vasoocclusive device (10) is particularly advantageous in that it can be used in vessels which are significantly narrower than those in which prior devices could be used, yet its asymmetric arrangement of the distal and proximal pluralities (20, 24) of fibers allows it to enjoy significantly improved lodging in such narrow vessels. (WO1999/051151)

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[装置10は平均遠位繊維長を有し、部材12の遠位端18に繋がり、かつそこから遠ざかる方向に延在する複数の遠位ファイバ20および平均近位繊維長を有し、部材12の近位端16に 繋がり、かつそこから遠ざかる方向に延在する複数の近位ファイバ24をも含んでいる。(中略)遠位ファイバ20及び近位ファイバ24それぞれ約40デニールのポリエステル、ナイロン、あるいは絹製の8本から10本の個々の繊維を含むことが好ましい。この血管閉塞装置10は従来装置が使用されているかも知れない血管よりはずっと狭い血管中で使用でき、遠位ファイバ20と近位ファイバ24の非対称配置によりこのように狭い血管内に留まる状態が非常に改善されるという特筆すべき利点を備えている。]

 2つの繊維束20と24をそれぞれa distal plurality (20) of fibersa proximal plurality (24) of fibersと呼んでいる。この部分を日本語にするのは少し技術を要する。「遠位複数の繊維」や「近位複数の繊維」はぎこちないので「上記訳例のように、「複数の遠位ファイバ20」、「複数の近位ファイバ24」と訳すと日本語らしくなる。さらに、The distal and proximal pluralities (20, 24) of fibers each preferably include 8 to 10 individual fibersの部分のeachはpluralitiesにかかっている。言い換えるとEach of the distal and proximal pluralities of fibers preferably includes 8 to 10 individual fibersとなる。

 日英翻訳だけをやっていると、このようにpluralityを形容詞で識別する手法を見いだすのは困難だが、英文特許ではさほど珍しいことではない。A plurality of ~sは単数扱いですか、それとも複数扱いですか?という質問をよく受けるが、この例が示すように単数扱いである。逆の言い方をすれば、もしかするとpluralities ofという表現があるのかもしれない、と見当を付けてインターネットでフレーズ検索すると、簡単に複数表現を見つけることができる。

 話を少し元に戻す。先ほどの例示の中で、a pair ofとa couple ofを除けば、すべて複数(2つ以上あるいは2種以上)のものを一つにまとめる表現であると述べた。従って、日本人には信じがたいことだが、a plurality ofとa number ofは同じ意味である。A number of を「多数の」と思い込んでいる日本人が極めて多いが、必ずしも多数ではないことは次のような表現からも明白である。

a number of:いくつかの

a large/great/huge number of:多数の、おびただしい数の

a fair/considerable number of:かなりの数の

a small number of:少数の

a constant/fixed number of:一定数の、固定数の

a specified/particular number of:特定数の

a given number of:所定数の

a variable number of:可変数の

a finite number of:有限数の

a maximum/minimum number of:最大・最少数の

a known number of:既知数の

a reasonable number of:妥当な数の

 技術論文や特許に出てくる頻度は極めて低いと思われるが、a good number ofやa surprising number ofという表現もあるのには驚かざるを得ない。

 以上の例を見れば、a number ofを「多数の」と訳すのは間違いであることは明白である。請求項でこれを「多数の」と訳すことは致命傷と言い切れる。なぜなら、いくつ以上が多数であるかは誰も客観的に判断を下すことができないからである。従って、この特許は、権利行使できるかどうかは定かではない。「複数の」であれば2つ以上あるいは2種以上のいずれの数でも良いので、堂々と権利行使できる。

 a number ofを「多数の」と思い込んでいる日本人が極めて多いのは、英和辞典に原因がある。手元にある『ジーニアス英和辞典』(大修館)には、a number ofを『多数の』、『若干の』のいずれの意味かは前後の文脈によるが、現在では『いくらかの』の意ではa certain number ofを用い、a number ofを『多くの』の意に用いるのが普通」、とあるが、これは信じてはいけない。他の英和辞典も大同小異である。

 従って、a number ofとa plurality ofの間には実質的な意味の違いがないと言うことになる。ケース1の修正が必要か否かは別として、修正が間違いではなく、翻訳者の認識が間違っているに過ぎない。ついでに言うと、a large plurality ofやa small plurality ofといった表現も希にあるので、両者の区別はないことになる。

 英語を母国語とする人たちにとっては、a plurality ofとa number ofは同義だが、日本人は先ほどの理由で異なる意味を持っていると思い込んでいる。従って、「多くの細孔」という日本語に対しては、非常に多くの翻訳者が"a number of micropores"としてしまう可能性がある。従って、「前記多くの」は"the number of micropores"となる。しかし、この文は日本語に戻すと分かるように、「細孔の数」という意味に化けている。これが"the plurality of micropores"なら「前記複数の細孔」ということで問題が起こらない。「複数」ではなくどうしても「多数」を英文に入れたいというのなら、"the large plurality of micropores"とすればよい。

 では、「多数の細孔」をa number of microporesとしてしまった場合、「前記多数の細孔」をどう訳せばよいかという問題が発生する。この解決方法は"said number of micropores"である。現在は、クレームでもsaidを使用しない傾向にあるが、この場合はtheではなくsaidを使用すべきである。

 複数のものをまとめる表現については次号に続きを述べる。

【まとめ】

(1)  a number ofは「多数の」ではなく「複数の」の意味を持つ。従って、a plurality ofと同義である。

(2)  the number ofは「~の数」という意味を持つ。従って「前記複数の」を表現するためにはthe plurality ofあるいはsaid number ofを使用する。

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