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実戦コラム

技術翻訳としての特許翻訳 第7回

第7回 技術の理解と法律的観点

 今回は、化合物半導体特許のクレームの翻訳について、技術的見地と法律的観点の両方から考察する。

 その前に、化合物半導体(compound semiconductor)について簡単に説明する。化合物半導体は2つ以上の原子が弱い静電引力で結合したものである。典型的な化合物半導体は、周期律表のIII族とV族の組み合わせ(GaAs、GaP、InP等)である。ほかにもII族とVI族の組み合わせ(CdTe、ZnSe等)や、IV族同士の組み合わせ(SiC)があり、それぞれ異なった機能を発揮する。

 III族とV族の組み合わせの代表的な化合物半導体のうち、窒化物半導体は窒化アルミニウム(AlN)、窒化ガリウム(GaN)、および窒化インジウム(InN)である。ただし、窒化アルミニウムは実際には絶縁体だが、このカテゴリーに含まれている。リン化物半導体には、リン化インジウム(InP)やリン化ガリウム(GaP)がある。ヒ化半導体には、ヒ化ガリウム(GaAs)のような2元素系とヒ化アルミニウムガリウム(AlGaAs)のような3元素系のものがある。

 化合物半導体の日英翻訳で注意すべきことがある。例えば、「ヒ化ガリウム」は、日本語では「ガリウムヒ素半導体」と化合物名ではなく、単に元素名を並べただけの表記がまかり通っていることである。化学の分野ではGaAsはgallium arsenideという化合物名を持っているが、元素名をそのまま訳すとgallium arsenicになってしまい、これでは化合物にならない。「リン化インジウム」も「インジウム燐」などの表記が見られるが、これは正しくないのでindium phosphide(phosphorusではない)と、きちんと訳さないといけない。

 今回は、III族とⅤ族の組み合わせに関する化合物半導体特許のクレームの翻訳を試みる。

【請求項1】 互いに導電型の異なるIII-V族窒化物半導体(InXAlYGa1-X-YN、0≦X、0≦Y、X+Y≦1)が積層されて発光層を備えるIII-V族窒化物半導体発光素子において、前記発光層を構成するIII-V族窒化物半導体層よりもバンドギャップの小さい層が、発光層ではない層に少なくとも一層以上形成されていることを特徴とするIII-V族窒化物半導体発光素子。

【請求項2】 前記発光層がインジウムを含むIII-V窒化物半導体よりなることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。

【請求項3】 前記発光層よりもバンドギャップの小さい層に電極が形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の発光素子。

20191114102942.png

【符号の説明】

1・・基板、2・・nコンタクト層、3・・nクラッド層、4・・活性層、5・・pクラッド層、6・・pコンタクト層、88、88’・・小バンドギャップ層

 各層の材料についての明細書の記述をまとめると下記のようになる。

材料

基板

サファイア他【0012】

n型コンタクト層2

n型クラッド層3

Si、Ge、Sn等のn型ドーパントを含むInX AlY Ga1-X-Y N(0≦X、0≦Y、X+Y≦1)。好適例はGaN、GaAlN【0013】【0014】

活性層4(発光層)

インジウムを含むIII-V窒化物半導体。より好適には前記n型ドーパントおよび/またはZn、Mg等のII族元素であるp型ドーパントを含んで低抵抗にしたInX AlY Ga1-X-Y N(0<X、0≦Y、X+Y≦1)【0015】

p型クラッド層5

p型コンタクト層6

Zn、Mg等のp型ドーパントを含むInXAlY Ga1-X-Y N(0≦X、0≦Y、X+Y≦1)。好適例はMgをドープしたGaN、またはGaAlN【0016】

小バンドギャップ層 
 88、88’

活性層4よりもバンドギャップの小さいInXAlYGa1-X-YN層。活性層よりもインジウム含有率(X)を高くすることで達成できる。【0018】

 

 翻訳に先立って、請求項1で理解すべきことはつぎのとおりである。

(1)    この化合物半導体のV族元素が窒素に限られていることである。一方III族元素は、インジウム、アルミニウム、および/またはガリウムで構成されている。このうちガリウムは必須成分である。言い換えれば、GaN半導体に、第3成分と場合によっては第4成分が入り得ることを表している。

(2)    「発光層」の定義を明細書と図面から読みとる必要がある。図面のnコンタクト層2からpコンタクト層6までの5層で発光層が構成されていることが理解できるまで明細書を丁寧に読む必要がある。ただし、この明細書では「発光層」は実は二重定義になっている。請求項1を読む限り、発光層は積層体であるから5層であると理解しないとつじつまが合わないが、段落【0015】では発光層があたかも活性層4であるかのような書き方になっている。しかし、【0013】から【0018】までの記述を見ると、すべての層がインジウム(In)を含むことが好ましいことが記載されているので、発光層は活性層に限定すべきでないと判断すべきである。

(3)    「互いに導電型の異なる」は、III族元素の割合が異なると導電型も異なることを意味している。

(4)    「バンドギャップの小さい層が、発光層ではない層に少なくとも一層以上形成されている」の意味を正確に把握する必要がある。ここが本発明のポイントなので、技術的理解と同時に法律的にどうカバーするか表現に工夫を要するところである。逆に言えば、この部分をうまく表現できれば、残りの部分は何とかなる。図面を見ると小バンドギャップ層88、88’と2つあるが、明細書の記述によれば88’が必須で88は必須ではない。

(5)    物の発明なので、「積層されて」や「形成されて」などの流し書き表現を無視して、純粋に構造的な記述に修正して翻訳する。

(6)    【請求項3】における「バンドギャップの小さい層に電極が形成されている」が言葉足らずである。図面を見るとp電極のことで有ることが明らかなので、「p電極」と補強して訳す必要がある。

 以上の考察を踏まえて、訳例を以下に示す。

1.   A group III-V nitride semiconductor light-emitting device comprising:
      a luminous layer comprising a stack of semiconductor layers (InXAlYGa1-X-YN、0≦X、0≦Y、X+Y≦1) having different conductivity types;
      one or more small-band-gap layers outside the luminous layer, the small-band-gap layer having a band gap smaller than the band gaps of the semiconductor layers.

2.   The group III-V nitride semiconductor light-emitting device of claim 1, where the luminous layer comprises group III-V semiconductors containing indium.

3.   The group III-V nitride semiconductor light-emitting device of claim 1 or 2, further comprising a positive electrode on one of the small-band-gap layers.

 上記の訳で「少なくとも一層以上」をat least oneではなく、one or moreとしたのは、請求項3では一層のみの記述になっているので、整合性を取るためである。仮に、請求項1でat least one small-band-gap layerとすると、請求項3ではa positive electrode on the at least one small-band-gap layerとなり、論理的につじつまが合わないし、a positive electrode on one of the at least one small-band-gap layerも奇妙である。

 実は、日本語の「少なくとも一つ」や英文のat least oneは、実際は複数あるのが一般的だが、単数のケースも担保するという場合に使用されている。ネイティブライターの英文でも、at least oneの単複の取り扱いに苦慮しているケースがよく見られる。数の概念の厳密な英語の問題点の一つである。

 いずれにしても、日本語の字句をそのまま訳すのではなく、技術的意味をよく理解し、法律的な観点も考慮して最適な英文にする技術が求められる。

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