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実戦コラム

技術翻訳としての特許翻訳 第6回

第6回 技術用語の選択

電池には()と表示された極と()と表示された極の2つの電極があることは誰でも知っている。前者を「陽極」、後者を「陰極」と呼び、対応する英語はそれぞれcathodeとanodeである。一方、電気分解では「陽極」をanodeと呼び、「陰極」をcathodeと呼ぶ。つまり、電池と電気分解では「陽極」と「陰極」に対する英語が逆になっている。この原因は,英語と日本語の極の定義が異なっていることにある。

英語では、電池と電気分解のどちらも電極から電解質に正電荷が移動する電極、すなわち電解質から電子(e-)が流入する電極をanode(アノード)と呼び、電解質から電極に向かって正電荷が移動する電極、すなわち電解質に向かって電子(e-)が放出される電極をcathode(カソード)と呼ぶ。このメカニズムは下記URLに図説されている。

201982614365.jpg

http://chemistry.stackexchange.com/questions/16785/positive-or-negative-anode-cathode-in-electrolytic-galvanic-cell

前掲の図において、(+)は電位の高い方の極、(-)は電位の低い方の極を意味する。左側の電池(galvanic cell)ではcathodeの電位が高いが、右側の電気分解ではanodeの電位が高い。この違いは、電池は自らエネルギーを発生し、電子の流れ(電流の逆)を作り出しているが、電気分解は外からエネルギーの供給を受けて電子の流れ(電流の逆)を作り出していることにある。

日本語では、電位の高い方の極を陽極、電位の低い方を陰極と定義したために、電池と電気分解では同じcathodeとanodeに対して全く逆の日本語が対応することになってしまった。従って、電気化学(電気分解・電池など)に関する翻訳の際にはこのことをよく理解しておかないと致命的な間違いを犯すことになるので、細心の注意が必要である。なお、電池では、電位の高い側を「正極」(positive electrode)、低い側を「負極」(negative electrode)と呼ぶ別の定義もある。この呼び方は、一次電池の電位を基準にする定義である。従って、一次電池では、「陽極」=「正極」、「陰極」=「負極」が成り立つ。

ところが、二次電池の普及に伴って、新たな問題が発生した。二次電池は古くは自動車の鉛蓄電池から最近のリチウムイオン電池まで多くの産業分野で利用されているが、下図に示すとおり、充電時(charge mode)と放電時(discharge mode)では電流(電子)の流れは全く逆である。充電時(左図)には電子はanionの形でanode(陰極:-で示す)から電解質(electrolyte)に放出されるが、放電時(右図)には、電子はcathode(陽極:+で示す)から電解質に放出されている。つまり、充電時には、cathodeとanodeは本来の定義とは逆の働きをしていることになる。

2019826144033.jpg

http://taufiqaccu.blogspot.jp/

電位に関しても、充電時はanodeの方がcathodeより電位が高いが、充電時は逆にcathodeの方がanodeより電位が高くなる。従って、放電時の「陽極」あるいは「正極」は、本当なら充電時は「陰極」あるいは「負極」になるはずだが、そうすると同じ電池で、放電時と充電時で電極の名称を変えないといけなくなる。この混乱を避けるため、実際には(+)の記号のある極を「正極」、(-)の記号のある極を「負極」と呼んでいる。つまり、「正極」と「負極」は使用時を基準に決められていて、本来の定義とは異なるが、この方が実際的である。

 

次の例はリチウム二次電池の特許請求の範囲とそれに対応する英訳文である。

例1.  リチウムイオンを吸蔵放出する正極と、リチウムイオンを吸蔵放出する負極と、が電解質とセパレータを介して形成されるリチウムイオン二次電池において、
 前記正極が、正極活物質を有し、
 前記負極が、負極活物質と、バインダーと、を有し、
 前記負極活物質が、少なくとも炭素材料を含み、
 前記バインダーが、スチレンブタジエン共重合体ラテックスと、セルロース系増粘材とからなり、前記炭素材料の黒鉛層間距離d002が0.345nm以上0.370nm以下であって、真密度ρが1.7g/cc以上2.1g/cc以下であって、前記正極に含まれる単位面積あたりの前記負極活物質量に対する前記正極に含まれる単位面積あたりの前記正極活物質量の重量比が、1.3以上1.7以下であることを特徴とするリチウムイオン二次電池。

対応する英文:    A lithium ion secondary battery in which a cathode for intercalating and deintercalating lithium ions, and an anode for intercalating and deintercalating lithium ions are formed by way of an electrolyte and a separator, the cathode having a cathode active material, the anode having an anode active material and a binder, the anode active material containing at least a carbon material, wherein the binder comprises a styrene-butadiene copolymer rubber latex and a cellulosic viscosity improver, the carbon material has an inter layer distance d002 of 0.345 nm or more and 0.370 nm or less and an intrinsic viscosity ρ of 1.7 g/cc or more and 2.1 g/cc or less, and the weight ratio for the amount of the cathode active material per unit area contained in the cathode to the amount of the anode active material per unit area contained in the anode is 1.3 or more and 1.7 or less.

日本語の下線を施した「正極」は負極の誤りである。英文は誤りのまま翻訳されている。さらに、英文のcathodeはpositive electrodeに、anodeはnegative electrodeにすべきであり、さらに下線で示した部分に誤訳あるいは不適格な訳が含まれている。致命的なのは「真密度」を「固有粘度」と読み違えていることである。以下に修正訳を示す。

修正訳例:A lithium ion secondary battery comprising:
              a positive electrode for intercalating and deintercalating lithium ions, the positive electrode comprising a positive electrode active material;
              a negative electrode for intercalating and deintercalating lithium ions, the positive electrode and the negative electrode being separated by an electrolyte and a separator, the negative electrode comprising an negative-electrode active material and a binder, the negative-electrode active material comprising at least a carbonaceous material, the binder comprising a styrene-butadiene copolymer latex and a cellulosic thickener,
              wherein the carbonaceous material has an interlayer distance d002 in a range of 0.345 nm to 0.370 nm and a true density ρ in a range of 1.7 g/cc to 2.1 g/cc, and the weight ratio of the positive-electrode active material per unit area contained in the positive electrode to the negative-electrode active material per unit area contained in the negative electrode is in a range of 1.3 to 1.7.

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