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2019年7月

技術翻訳としての特許翻訳 第5回

第5回 原文の技術的誤りの対処

 微粒子に関する特許は、染料、磁性粉、二次電池、トナー、樹脂やゴム組成物、電子部品など、ありとあらゆる分野で出願されている。これらの特許の中では微粒子の大きさやその分布を規定したものが多く見られる。

<例1>   前記蛍光体の平均粒径が0.5~6.0mmの範囲であり、中央粒径が2.0~10.0mmの範囲であることを特徴とする請求項1に記載の希土類燐バナジン酸塩蛍光体。

 これはある特許の1従属クレームであるが、これ自体の翻訳は難しくない。

【訳例】The rare earth vanadate phosphor of claim 1, having an average particle diameter in a range of 0.5 to 6.0 μm and a median particle diameter in a range of 2.0 to 10.0 μm.

 厳密に言うと、蛍光体は微粒子なので、発明の主題(subject matter)はparticulate rare earth vanadate phosphorとした方がよいが、例2の文との調和を考えて上記のように訳した。この例のように、構成要素の数値限定が入っている場合、明細書でその測定方法が明記されていないと、その特許は権利行使できない可能性が高い。なぜならば、第3者がその数値を客観的に決めることができないからである。

 この例では、明細書中に次のような記載がある。

<例2>   本発明の希土類燐バナジン酸塩蛍光体は、粒子形状が多面体であって、平均粒径が0.5~6.0mmの範囲であり、中央粒径が2.0~10.0mmの範囲であり、且つ分散度が0.35~0.80の範囲にある。ここで、平均粒径は空気透過法によるフィッシャー・サブ・シーブ・サイザー(F.S.S.S)を用いて測定した値であり、一次粒子の大きさを示す。中央粒径は電気抵抗法のコールターマルチサイザーII(コールター社製)を用いて測定し、50%粒子径(体積基準)を示す。この場合、粒子が強く凝集していると一次粒子にまで分散させることは難しく、凝集した二次粒子が測定にかかる。

【訳例】The inventive rare earth vanadate phosphor consists of polygonal particles having an average particle diameter in a range of 0.5 to 6.0 μm, a median particle diameter in a range of 2.0 to 10.0 μm, and a variance in a range of 0.35 to 0.80. The average particle diameter indicates the size of primary particles and is determined by an air permeability technique with a Fisher Sub Siever Sizer (F.S.S.S). The median particle diameter indicates 50% particle size on the volumetric basis and is determined by electrical resistivity with the Multisizer 3 COULTER COUNTER®. In the case of strong aggregation of primary particles, the aggregated or secondary particles are served for measurement without disintegration of the aggregates into primary particles.

 

 例2の中の「分散度」は粒子径のばらつきの尺度の一つなのでvarianceが使用される。「分散(variance)」の平方根が「標準偏差(standard deviation)」である。統計学の基本を理解していないと適切な用語を見いだせないかもしれないので注意が必要である。標準偏差と分散の定義については、インターネットで簡単に見つけることができる。

 この特許では、平均粒径と中央粒径は定義されているので問題ないが、翻訳者はこの2つの違いを理解しておく必要がある。

 一般に集合体としての粒子の大きさは、多数個の粒子の大きさを測定して、その分布で表すのが一般的である(粒度分布という)。粒度分布は頻度で表す場合と累積として表す場合がある。

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 しかし、粒度分布を常にこのようなグラフで表すのは不便なために、次のような指標がよく使用される。  

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      ●   モード径:出現比率が最大の粒子径。または分布の極大値。

    ●   メジアン径(d50):粉体をある粒子径から2つに分けたとき、大きい側と小さい側が等量となる

      径のこと。この他に、d10、d90などもよく使われる。

    ●   算術平均径:粒子径分布の算術平均径。

 平均径には算術平均径以外にも右に示すようなものがあるので、特許ではどの平均径を使用しているのかを正しく理解する必要がある。

<例3>   「平均粒径D50」は以下の方法で測定した。即ち、イオン交換水により固形分5%に希釈したバインダー樹脂を、室温で30分間、500rpmの条件で攪拌後、粒度分布計(日機装(株)社製「マイクロトラックUPA150」)にて3回測定した粒度分布におけるD50(50%の粒子がこの粒子径以下の大きさであることを示す)の平均値を、平均粒径D50とした。

【訳例】The “averaged median diameter D50” was determined as follows: a dispersion of 5% binder resin particles in deionized water was agitated at 500 rpm at room temperature for 30 minutes, the particle diameter was measured three times with an ultrafine particle analyzer Mirotrac UPA 150 (NIKKISO), and the three median diameters D50 were averaged where D50 indicates that 50% particles have diameters less than the median diameter.

 例3における「平均粒径D50」は3回の平均値を意味するので、正確には「メジアン径D50の平均値」と書くべきところである。

<例4>   前記無機充填材粒子の平均粒径D50が0.1~100μmであることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。

 例4の明細書には「平均粒径D50」の定義も測定法も書かれていない。従って、鋭い審査官ならそれを理由に拒絶するところだが、仮に特許になっても権利行使できるか微妙である。というのも、上に説明したとおり、D50はメジアン径であって平均粒径ではないからである。このような場合の訳例Aを示す。

【訳例A】(パリ条約に基づく出願):The method of claim 1, wherein the inorganic filler particles have a median diameter D50 in a range of 0.1 to 100 μm.

パリ条約に基づく外国出願の場合の翻訳では、日本語の不備は可能な限り是正して翻訳するのがよい。もちろん、「平均粒径D50」を「メジアン径D50」と読みとった旨のコメント(依頼主宛)を記す必要がある。

【訳例B】(PCT出願の翻訳):The method of claim 1, wherein the inorganic filler particles have an average diameter D50 in a range of 0.1 to 100 μm.

PCT出願の翻訳文は原語の意味範囲を超えない翻訳が求められる。仮に「平均粒径D50」が誤りとしても、その通りに訳しておいて、後に補正書でこの部分を正しい表現に改める方が無難である。このような翻訳の場合でも技術的におかしいところはコメントした方がよい。

 

【教訓】

①    特許翻訳は技術翻訳のひとつ

②    粒子径に関する翻訳は、粒度分布とその専門用語の定義を正しく理解してから翻訳にかかる

      ③    定義がおかしいときは、必ず依頼主にコメントする

 

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