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実戦コラム

技術翻訳としての特許翻訳 第2回

第2回 英日翻訳における技術の理解(2)

今回は電気・機械分野における専門技術を理解していないために起こった誤訳例を述べる。

  1. Typical high performance delta sigma modulators include fourth (4th) order and higher loop filters although filter 104 can be any order.

【公開された誤訳】典型的な高性能デルタシグマ変調器は、4番目(第4)の高ループフィルターを含むが、何番目のフィルター104であってもよい。

この特許は、非線形デルタシグマ変調器でアナログ信号を量子化するシステムに関するものである。この訳のfourth (4th) orderany orderorderは「高次のノイズ」のことであって、「順番」ではない。

この誤訳は、この分野の技術が全く理解できていないことを露呈している。この記述はアナログ信号に含まれている「高次成分の雑音」を除く技術に関するものである。アナログ信号は特定の周波数を持つ波で表されるが、その整数倍の高次の周波数成分を高調波(harmonic wave)と呼んでいる。高調波は音楽や音響工学分野では倍音と呼ばれる。 元々の周波数を基本波、2倍の周波数(2分の1の波長)を持つものを2高調波(second harmonic)、さらに n倍の周波数(n分の1の波長)を持つものをn高調波(n-th harmonic)と呼ぶ。波に関するこれらの最低限の知識がないと、この特許の翻訳はおぼつかない。

なお、音楽では、「一オクターブ上の音」というが、これは基準となる音の倍音のことで、第2高調波に相当する。バイオリンなどの弦楽器では基本となる音とその倍音を一本の弦で同時に出す特殊な奏法があるが、これを「ハーモニック奏法」と呼んでいる。仮に物理の知識があやふやでも、音楽のこの種の知識があればそれを手がかりに高調波について調べることができるはずである。どんな知識でも知っておくと、翻訳には有利に作用する。

今は、Googleの画像検索や動画検索で高調波を視覚的・聴覚的に理解することができる。非技術系翻訳者は技術の理解をおろそかにして訳語の選定にばかり関心を持つ傾向が強いが、ウェブページや電気に関する書籍などから正しい知識を学ぶ習慣を身につけるべきである。そうしないと、今回示したような恥ずかしい誤訳を生み出すことになる。

以下に改訂訳例を挙げる。

【改訂訳例】典型的な高性能デルタシグマ変調器は、4次以上の(高調波)成分を除くループフィルターを含むが、フィルター104の次数はこれらに限定されない。

つまり、”any order”は「何次(以上)であってもよい」という意味である。

この特許翻訳では、以下に示すように、高調波に関する部分が一貫して誤訳になっているが、これらの部分の技術的な意味を理解する努力をすると、逆に最初の文が誤訳であることに気付くはずである。

変調器に関する冒頭の説明は、次のようになっている。

Figure 1 depicts a conventional delta sigma modulator 100 that includes a monotonic quantizer 102 for quantizing a digital input signal x(n), where “x(n)” represents the nth input signal sample.  The delta sigma modulator 100 also includes an exemplary fourth (4tu) order noise shaping loop filter 104 that pushes noise out of the signal band of interest.(公開された誤訳:図1は、デジタル入力信号x(n)を量子化する単調量子化器102を含む従来のデルタシグマ変調器100を示す。ここで「x(n)」はn番目の入力信号サンプルを示す。また前記デルタシグマ変調器100は、雑音を関心の信号帯域外に押し出す典型的な4番目(第4)のノイズシェーピングループフィルター104を含む。)

2019426153922.pngのサムネイル画像

【改訂訳例】図1は、デジタル入力信号x(n)を量子化する単調量子化器102を含む従来のデルタシグマ変調器100を示す。ここで「x(n)」はn次の入力信号サンプルを示す。また前記デルタシグマ変調器100は、目的とする信号帯域から雑音を取り除く典型的な4次のノイズシェーピング・ループフィルター104を含む。

ノイズシェーピングはデルタシグマ変調において、ノイズ成分を高い周波数領域(この例では第4高調波領域)まで押しやる操作のことである。こうすることで信号領域のノイズ成分を減らすことができる。

さらに、明細書の図10に関する次のような説明部分も間違っている。

Figure 10 depicts a lookahead, jointly non-linear delta sigma modulator 1000 that includes an Nth order noise shaping filter 1004, such as filter 104 and a quantizer 1001 implementd by a jointly non-linear function generator 1002. (公開された誤訳:図10は、フィルター104などのN番目のノイズシェーピングフィルター1004、および合同非線形関数発生器1002によって実装される量子化器1001を含むルックアヘッド合同非線形デルタシグマ変調器1000を示す。)(紙面の都合で図10は掲載省略)

この英文中のjointly nonlinearも、訳文の「合同」も意味がわかりにくいが、明細書中にjointly nonlinearの定義があるので当業者には理解できるのかもしれない。訳は「N番目」が間違っているほか、「ルックアヘッド」が安易である。

【改訂訳例】図10は、フィルター104などのN次のノイズシェーピング・フィルター1004、および合同非線形関数発生器1002に実装される量子化器1001を含む先読み合同非線形デルタシグマ変調器1000を示す。

次の部分とそれに関連する特許請求の範囲の訳も技術的に全く意味が通じない。

The jointly non-liner delta sigma modulator includes a noise shaping filter to process a signal and generate N state, variables, wherein N is greater than or equal to two.(公開された誤訳:前記合同非線形デルタシグマ変調器はノイズシェーピングフィルターを含み、信号を処理して状態変数を生成する。ここで、は2より大きいかまたは等しい。)

【改訂訳例】前記合同非線形デルタシグマ変調器はノイズシェーピング・フィルターを含み、信号を処理してN個の状態変数を生成する。ここで、は2以上である

Claim 6. The signal processing system as in claim 5, wherein the subset of the integrators consists of the Nth integrator through the N-xth integrators, wherein 2 ≤ X ≤ N-1.(公開された誤訳:【請求項6】前記積分器のサブセットがN番目の積分器から(N-x)番目の積分器で構成され、ここで、2≦x≦N-1である、請求項5に記載の信号処理システム。)

【改訂訳例】【請求項6】前記積分器のサブセットがN次の積分器から(N-x)次の積分器(2≦x≦N-1)で構成される、請求項5に記載の信号処理システム。

確かに、この特許は数式も多く、専門家以外には理解が困難な内容である。完全ではなくとも技術の基本的なことはきちんと理解して翻訳するという姿勢で臨まないと、専門家が読んで納得できる翻訳文には仕上がらない。

【教訓】

① 専門外の分野の翻訳の前に、基本になる技術を正しく理解すること

② Google、特にGoogle画像検索で技術の理解を高める

③ 技術的意味が通じない部分は調べ直すことが必要

④ 安易なカタカナ語を避ける

 

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