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実戦コラム

技術翻訳としての特許翻訳

第1回 英日翻訳における技術の理解(1)

 特許翻訳の業界に入って不思議に思ったことがいくつかあるが、そのうちの1つは非技術系経歴の翻訳者の数が非常に多いということである。筆者も多くの翻訳者を知っているが、やはり非技術系の翻訳者の方が多い。統計的にいえば、非技術系翻訳者の英語の方が技術系翻訳者の英語よりは優れているが、非技術系翻訳者の盲点は技術理解力にある。非技術系翻訳者の翻訳を見ていると、技術的な内容の理解が浅いと感じることがよくある。また、翻訳の相談を受けるときに、技術的な把握をよそにしてどう翻訳するかにばかり関心を寄せる人も少なくない。

 一方で、特許翻訳業界にも、技術的な観点よりは表現上の技法を優先した教え方が主流のように思われる。言うまでもなく、特許は技術思想をクレーム(特許請求の範囲)に表現するものであるから、翻訳者はその技術の裏付けをしっかりと理解していなければならない。特許は、通常公開公報の形で公になるので、第1国出願明細書と翻訳された外国出願明細書を容易に対比することができる。そのような対比を行う過程で技術的に理解度が浅いと思われる表現にであうことがよくある。

 そこで、このシリーズでは、特許翻訳も技術翻訳の一ジャンルであるという意識を高めることを目的に、具体例に基づいて考察する。

<例1>  The present invention relates to a container with telescope-type closure, e.g. a telescope-type capsule for pharmaceuticals, and in particular to a telescope-type closure with prelock and closure for fully closing the container.

【公開された訳】本発明は、入れ子式蓋を備えた容器、たとえば、薬剤用の入れ子式カプセルに関するものであり、特に、容器を完全に閉鎖するためのプリロック・閉鎖手段を備えた入れ子式蓋に関するものである。

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 図に示されるとおり、これは医薬品を充填するカプセルに関する記述である。太字で強調した部分を比較して間違いに気付かない人は、技術の理解ができていない人である。カプセルを工場で製造する場合、本体と蓋は別々に作られるが、2つを一緒にして、即ち、カプセルを仮止めして製剤工程に運搬される。製剤工程では、一旦蓋を取り外して中に薬の成分を充填して、今度は蓋を完全に閉める。

 ここまで説明するとprelockが「仮止め」であるということが理解できる。しかし、公開された訳では「容器を完全に閉鎖するための」が「プリロック」と「閉鎖手段」の両方にかかっている。「容器を完全に閉鎖」したら「プリロック」すなわち「仮止め」ではなくなり、簡単に蓋を外すことができなくなる。

 prelockについてはこの公報の別の箇所に次のような記載がある(括弧内は公表公報の訳)

<例2>   Moreover, it is problematic to suitably maintain the prelock condition. On the one hand, it is necessary for the capsule parts to be readily separable in the filling machine (low prelock force desired). On the other hand, the preclosed capsules must withstand the transport to the filling unit without separation of the capsule parts. This requires not only to set a specific prelock force, but also to keep the prelock force variation of individual capsules as low as possible.(さらに、プリロック状態を適切に維持することが問題である。一方、カプセル部分が充填機械で容易に分離できる必要がある(プリロック力が低いことが望ましい)。他方、予め閉じたカプセルは、カプセル部分が分離することなく充填ユニットまでの移送に耐えなければならない。これには、特殊なプリロック力を設定する必要があるばかりでなく、個々のカプセルのプリロック力変化をできるだけ低く保つことも必要である。)

<例3>   The prelock mechanism of the container consists of protrusions 20 on the hollow-cylindrical inner wall 5 of the first connection unit 3, serving in the present case also as a first prelock unit, said protrusions 20 being capable of being slid on an indentation 21 provided as taper on the cylindrically shaped outer wall of the connection unit 4, serving in the present case also as second prelock unit to thus ensure the prelock position of the two container parts. Preferably, 4 to 6 protrusions 20 are provided around the circumference of the hollow-cylindrical inner wall 5.(容器のプリロック機構は、第1連結ユニット3の中空円筒形内壁5上に設けた、本ケースでは第1プリロック・ユニットとして役立つ突起20からなる。これらの突起20は、連結ユニット4の円筒形外壁上にテーパとして設けたくぼみ21上で摺動することができ、本ケースでは第2プリロック・ユニットとして役立ち、2つの容器部分のプリロック位置を確保する。好ましくは、4ないし6つの突起が中空円筒形内壁5の円周に沿って設けてある。)

 実はこの特許は、カプセルのprelock(あえて英語で記す)機構の改良に関する特許である。prelockの機能としては、①prelockしてから薬を充填するまでの間に蓋が勝手に外れないようにすること、②薬を充填する際に蓋を外しやすくすること、③薬を充填した後、蓋をスムースかつ完全に閉めることができること、の3つがあり、上記の図と明細書の記述はその根幹部分の説明である。ここまで書けば技術的な常識のある読者はprelockがいかなるものであるかは容易に理解できるはずである。にもかかわらず、この翻訳者は誤訳をしていることが重大な問題なのである。

 この種の誤訳は始末が悪いが、かなり頻繁に遭遇する。そこで、このような誤訳をどのようにして防ぐべきかについて述べる。

 まず、prelockを安易に「プリロック」とした点にある。prelockが辞書に登録されていないためにカタカナ語をあてはめたと思われるが、これが誤訳の根本原因である。現在はカタカナ語が氾濫しており、本来の日本語があるにもかかわらずカタカナ語で済ませる安易な風潮があるが、それがこのような誤訳を招いている。接頭辞のpreは時間又は空間的な「前」を意味する。従って、「予備止め」ということになるが、それよりは「仮止め」の方がピンと来る。辞書は万能ではないので言葉の意味を正しく理解して、後は日本語の作文能力で読み手に伝わる翻訳に徹すればよい。

 第二は技術常識の欠如である。公開された訳はもっともらしいが意味の通じない文の典型例である。技術の把握の弱いあるいは無関心な翻訳者が陥りがちな訳と言える。2つの並列要素のprelockとclosureの技術的意味の違いを追求すればclosure以下の修飾語句がprelockにはかからないことは容易に理解できるはずである。英語を日本語に置き換えることに一生懸命になるとこのような結果になってしまう。

 第三に、危険予知能力の欠如である。並列要素を含む文の係り受けを間違えることによる誤訳はかなり多い。このような並列要素の後につく修飾語句がその前の要素すべてにかかるのか、直前の要素だけにかかるのかは常に気をつけないといけない。係り受けの間違いを指摘された人は、よほど注意をしないと必ず間違いを繰り返すといっても過言ではない。重点項目として自己管理を徹底する以外に解決策はない。何度も同じ間違いをする人は、プロ翻訳者としての自覚に欠けている。より客観的な見方をするなら、プロ翻訳者に向いていないといえる。

 改訂訳例をここに示す。

【改訂訳例】本発明は、入れ子式蓋を備えた容器、たとえば、薬剤用の入れ子式カプセルに関するものであり、特に、仮止め部および容器を完全に閉鎖する閉鎖部を備えた入れ子式蓋に関するものである。

 なお、細かいことをいうと、例3の部分の訳には他にも問題がある。on the hollow-cylindrical inner wall 5が「中空円筒形内壁5」と訳されているが、図面からも明らかなように「中空円筒形内壁」とすべきである。丸いものだから上下関係は存在しない。また、first prelock unitがそのまま「第1プリロック・ユニット」になっているが、これも「第1仮止め部」とした方が分かりやすい。安易なカタカナ語は読者に余分な負担を与える。

教訓

  1. 並列要素の修飾語句の係り受けに注意すること
  2. それには技術の正しい理解と論理が必要。時には常識がものをいう
  3. 技術的理解と適切な訳語の選定は明細書全体から判断すること(全体と部分の整合性、言い換えれば一貫性)
  4. 安易なカタカナ語は誤訳に繋がる
  5. 辞書依存型翻訳から脱却すること
  6. 翻訳文の読み直しは、技術的意味が通じているかを中心に行うこと

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